私が町長です



「ざわ・・・」「ざわ・・・」


 俺の言葉に街の人たちはざわついている。


 口々に違うことを喋っているが、ある一点が共通している。

 「目」だ。彼らの目には特有の「光」がみえる。


 きっとこいつらなら何とかしてくれるのではないか?

 そういう期待のこもった眼差し、その光だ。


「僕たちは『エネルケイア』を止めるために来ました。この町の偉い人はどこにいますか?」


「それなら――」


「あいや、それにはあたわず!!」


「ッ!?」


 僕が町の人に聞こうとしたら、野太い声が飛んできた。


 声のする方を向くと、そこには色の付いたヒモで飾られた馬に乗った、鎧とマントを着た人がいた。


 みるからに騎士様だ。

 っていうことは、彼がこの町のエラい人かな?


「馬上にて失礼つかまつる! 我はブルグント自由伯ストリガの子トリオン!」


「ど、どうも……」


 え、えっと……どうしよう。

 ここまでガチのお貴族さまが来るとは思わなかった。


 たぶん、名乗りをしたほうが良いんだよね?


「一応『デュナミス』のリーダーのユウです。ただのユウです」


 これで合ってるのかな?


「トリオンさま、この方が助けてくださったのです! 燃え盛る炎を消して、子供を助けてくれたのです」


「なんと……そのほうの助力、まことに痛み入る」


 トリオンと呼ばれた騎士はバイザーを上げ、顔を見せる。

 喋り方はおじいちゃんみたいだけど、思ったよりも若い。

 うちの父親よりも若いかもしれないな。最近あってないけど。


「それがしが家来どもを率いて、この猛火をいかに取りつめんとせし。急ぎ様子をおもへば、何事かと思いたり」


 不味いな……トリオンさんの喋り方は時代劇みたいだ。

 何が言いたいのは分かるが、細かい部分の意味がよくわからない。


 んー……なんて返したら良いんだろう……。


 突っ立って口ごもる俺の横から、ママが進み出て膝をついた。

 「んっ」とおもった次の瞬間、彼の口から流れるように言葉が出てきた。


「危うき様子を見て、われらが力の及ぶ限り人々を救わんと思いたれど、たはぶれにも勝手なことをなさせていただきたり。この度の勘事、申し開きいたしませぬ」


 ……ママー!?


「おお、またとなき貴紳にして心優しき恩人、そして友よ!」


「この惨事の委細、貴殿の館で詳しく話をさせていただきたく、伺ってもよろしゅうございますか」


「更にも言はじ、ついて参れ」


「ハッ!」


 トリオンさんと話すママの目は、らんらんと輝いてる。

 そういえばママって、歴史に詳しかったし、こういうのが好きなんだろうか?


 俺はママの頭の上でピンと立っている耳に向かって耳打ちする。


「何て言ってたのか全然わかんないんだけど、どういうこと?」


「えっと……トリオンさんは部下に火を消すように言ったけど、現場がどうなってるか気になって、先に来たみたい。で、もう消えてるもんだから驚いたって」


「なるほど。で、ママは何て言ってたの?」


「え~っと……放っておけなかったので、こっちで勝手に助けちゃいました。勝手なことしてごめんなさいって感じかな」


「なるほど……最後の方は俺でも何となくわかったけど、トリオンさんのお屋敷にこれからいくってことだよね」


「あ、うん。勝手に言っちゃったけど、大丈夫だよね」

「あぁうん、それはもちろん。最初からそうするって決めてたし」

「よかった」


 ママは気恥ずかしそうにアゴをかく。


「しかし、トリオンさんとの会話は大変そうだなぁ」

「大丈夫、慣れれば聞き取れるよ」

「だといいけど……」



 俺たちはトリオンと名乗った騎士についていって彼の屋敷に向かった。


 トリオンの屋敷は町の中にあるもう一つの壁で隔てられた区画の中にあった。

 たぶん旧市街とかそういうのかな?


 彼の屋敷は赤いタイルきの片屋根で、壁は石レンガを積み重ねた重厚な建物だった。窓も小さいし、屋敷というよりは要塞みたいだ。


 屋敷の中に通された俺たちは、屋敷の一階にあるホールに通される。


 どうでもいいけど、町や屋敷を移動するたびにママのウルバンの部分が顔を出す。見るものにいちいち「ほう……」「おぉ」「なんと……」とか、感嘆の声をあげていて、ちょっとうるさい。


「ウルバン、これってそんなに珍しいの?」って俺が聞くと――「あぁ……異世界とはいえ、こちらの文化にも似ている。興味深い。ユウ、部屋の中央にある暖炉が見えるか? 家の構造はその社会と関係があり――」なんて返す具合だ。


 ママは本当にこういうのが好きなんだろうな。

 ……なんだろ、本当に好きなものがあるって良いよな。


 俺はいまいち、そういうものがない。

 マウマウも、エミリンも、食べ物だったり、カワイイものだったり、逆にカチコチした機械みたいなモノだったり、これが好きなんだろなっていうのがわかる。


 それは彼らのアバターからも見て取れる。

 好きってのは、一見するとわかるものだから。


 だけど、俺は……俺のアバターは、漠然としている。

 ただ美しい人間ってだけだ。


 俺の好きってなんだろうか。


 強いて言うなら、誰かが良いなって思うものが好きだ。

 でもそれは、誰かの好きにのっかっているだけだ。


 俺の好きは特にない。


 俺には何もないんだろうか。


 

 「デュナミス」の仲間たちとホールで待っていると、俺たちが入ってきた入り口からは離れた、奥側の扉が開かれて鎧から平服に着替えたトリオンさんが入ってきた。


「待たせたな、皆のもの」


 彼はどすんと座り、手を広げた。ママを見るとホールの床に置かれていた丸太に腰掛けている。どうも「座れ」ということらしい。


「ちゃんとした紹介はまだだったな。――私はブルグント自由伯ストリガの子にして、このノトスの町を任せられている副伯のトリオンだ。」


(ママ、副伯って何……?)

(たぶんヴィスカウントのことかな。伯爵や公爵を補佐する地方の長官のことだよ。現代の日本で言うところの県知事かな?)

(なるほど! ホントにエラい人じゃん!)

(うん、失礼のないようにね)


「では、君たちの話を聞かせてもらおう」


「はい――」


 俺はトリオンさんにこれまでのことを説明することにした。

 もちろん、あること無いことり交ぜて、だが。

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