絶対やばいやつ



「待て、待て、待て……これ、絶対やばいやつじゃん!」


 俺はパニックになり、つい、ママの口癖「待て、待て、待て」が口から出た。

 俺が猶予を求めても、ほかほかと白い湯気を上げるラーメンは俺をじっと見据えている。現実は待ってくれない。とりあえず――


「食うか。伸びたら勿体ないし。」


 俺はハシを取り出し、ラーメンの前に正座する。


(……ふむ。)


 俺の創造魔法で出現したラーメンは、実にクラシカルな見た目をした、昔ながらの醤油ダシのラーメンだ。ハシを突っ込んでみたが、香りや質感に違和感はない。


(本当に食えるやつかな?)


 向こうの異世界で食べたマフィンは普通に食えた。しかしそれは、所詮電子データに過ぎないアバターが食べたわけだからな……。


(どーかんがえても怪しいよなぁ……)


 しかし、結構な時間ゲームしていたから、俺はお腹がペコちゃんなのだ。


 目の前に存在するのは、人類が生み出した深夜的・・・恐怖、脂肪と炭水化物が完全に備わった罪の具現化とでもいうラーメンだ。この悪魔の誘惑に打ち勝てというのは……ダメだ、無理がある。


(ええい、まま・・よ!!)


 もしダメだったら吐き出せば良いのだ。

 これがホンモノのラーメンかどうか、確かめるのだ!!


 俺はハシで黄色い細ちぢれ麺をつかみ、陶然とする醤油の匂いが染み付いたスープから持ち上げると、一気に吸い込んだ!!


<ズル……ズルズルズル!>


 ぬぬ……これは!!!!!


 ラーメンの味は様々な具材による連立方程式によって成り立っている。

 しかしこれはどういうことだ――ヤーバイ!コレヤーバイ!


 鶏ガラのスパイシーな香味と、チャーシューからにじみ出た豚肉のスイーティーなエッセンスが絡まり、それらはネギの指揮を受け、醤油の世界の上で踊りだす。


 おお、これが涅槃ニルヴァーナか。ブッダエイメン!


 俺は麺を口に運び、茶色い大地に流れていた黄色い小川を飲み込んでいく。


 チャーシュー、ノリ、コーン、シナチク。


 みるみるうちに、ラーメンの世界は衰退していく。

 ドンブリのなかに黙示録的な空白が生まれ、世界は虚無に包まれる。


 オレの心にも焦燥が浮かぶ。ああ、もう少しでこの世界は終わってしまう。

 しかしハシは止まらない。


 俺の快楽をもとめる貪欲な心が、このドンブリの中の調和が取れた世界を滅ぼそうとしている。しかし、それの何が悪い。


<ズズズズ、ッズウ!>


 俺は最後に残しておいたチャーシューと共に麺をかきこむ。

 掠奪りゃくだつは終わり、そして世界に終焉をもたらした。


「これで最後だ。ラーメン……ありがとう、終わったよ。」


 俺は冷蔵庫からウーロン茶を取り出して、体内の脂分を整える。

 いやぁ、普通に美味かったな。


「特に腹を壊しそうな感じはしないな……」


(ん、待てよ?)


 冷静になって考え直す。

 今、俺ってすごいことになってるんじゃないか?


 俺はゲームを通して異世界に行った。


 これだけでも十分すぎるくらいブッ飛んでるが、俺はその世界で『創造魔法』を手に入れた。それが現実でも使えるってことは……。


「メイム村の村長のゼペットじいさんは、熟練した『創造魔法』の使い手は、金やら銀やら、宝石やらも出せるようなことをいってたな……」


(……創造魔法によっちゃ、金とか宝石出せるんだよな、やばくね?)


 もしそんな魔法が手に入ったら、ウハウハどころではない。

 いや、むしろ俺達の世界の問題が一気に片付くのではないか?


 確か、世界のキンって、オリンピックのプール三杯分とかなんとか、雑学の動画で見た記憶がある。でも金は地球にある量が決まっていて、いつしか無くなるとも。


 金は先進的なコンピュータに使用する材料でもあり、俺たちが使っているNR機器にも使われている。NR機器の需要は増え続け、今やこの世界にはなくてはならないものだ。だが、金属の枯渇問題は深刻で、いまも物価は上がり続けている。


 俺の『創造魔法』があれば、そういった世界の資源問題が解決してしまう。

 なんせ、「クリエイトなんとか!」って呪文を言えばいいだけなんだからな。


 もしそんな『創造魔法』手に入ったら、俺、世界救えちゃうんじゃない?


「うぉぉ……マジかぁ……ッ!」


 ……あれ待てよ?

 『クリエイトウォーター』、『クリエイトフード』で、出てきたんなら――


「『クリエイトゴールド』!!」


(…………?)


 俺は試しに自分の考えた『創造魔法』を使ってみたが、何も起きない。

 何でだろう?


「あー、もしかして、アレか?」


 そういえば俺は村長から呪文が描かれた紙片をもらっていた。ひょっとすると、アレが『創造魔法』が使えるかどうかに関係するのかもしれない。


「ってことは、ゲームの世界で魔法を集めないといけないわけか。そうすればゲームで手に入れたものを売ってガッポガッポ……」


(いや……それはそれで危ないな?)


 もし、この国のえらい連中、政治家やら企業のおえらいさんがオレたちの使う『創造魔法』に気づいたら……そのままほっとくだろうか?


 俺たちの意識や精神は異世界に行っているが、身体はこの世界にあるんだ。

 もしプレイしてる最中に襲われたら、逃げることは出来ない。


(……ダメじゃん!!!)


 いや、それどころじゃない。

 うちのクラン『デュナミス』のメンバーだって危険にさらされるかもしれない。


「コレ、どうしよう……」


 俺はスープだけが残ったドンブリを前に途方に暮れるしかなかった。

 

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