幕間3『師匠、比較的平和だった頃の勇者パーティでの日常を語る』

――これは、一年前の記憶。


私が勇者パーティと災魔獣討伐の旅路を共にし、その異常性を知り、やがて力を失い追放されるまでの記憶。


そして――



 「あぁ〜っ!! もっとぉ〜!! もっと蔑んで!! もっと弱い私に罰をぉ〜〜っ!!」


 「ねぇ〜戦ろう戦ろう戦ろう!! ねぇ戦ってよぉ〜!! 怒ってよぉ〜!! 戦う理由なんかないのぉ〜!?」


 「うるせえんだよゴミどもっ!! 調子乗ってるとテメェら全員ブチ殺すぞぉっ!!」


 (嗚呼、カザク……)



 ――そんな面子の中で、使命を果たし故郷への凱旋を果たすべく、まだ割と要領よく立ち回れていた頃の記憶である。





 旅路の途中で、よかれと思い自らの力を払った私へと突然向けられた勇者――オルディオ・ゼイビスからの憎悪と膨大な魔力。


 それをどうにかいなしてからというもの、オルディオからかつての猫被りは完全に消え失せ、敵意に満ちた目で見られるようになってしまっていた。


 こちらから何度か声を掛ければ、最低限のやり取りはしてくれる。

 だが彼個人のことなど、到底知ることは出来なかった。 


 そんな風に、私たちの旅路はどうにもギスギスした雰囲気で進行していた。

 サミィやシャオはあまり気にした様子ではなかったが……私には、かなり応える日々だった。


 ……そう、サミィ・ランペイン、そしてシャオ・ラクシア。

 この二人の同行者……オルディオの”不安定さ”を目の当たりにして、よくこれまで耐えてきたものだと、傲慢ながら同情の念を覚えたのだけれど……それは間違いだった。


 なんのことはない。この二人もオルディオに劣らず……いや、方向性次第でそれ以上の人物だったのである。



 「オルディオく〜ん? 今宵もぉ〜私のことを可愛がってくださいなぁ〜?」


 「あ? いやお前の相手もう飽きたし……って引っ張んな引っ張んな。たっく仕方ねぇなぁ〜」



 サミィ・ランペイン。彼女は宿につけばきまってオルディオにしなだれかかり、そのまま宿の部屋まで引っ張り込んでいった。


 そして部屋の中から聞こえてくる乱暴極まる何か……明らかに"そういう"行為を逸している暴力、暴言、その他もろもろの音――それら全てを覆い尽くすような大声量の耳に毒な程に甘ぁ〜〜〜〜い嬌声。



 「あ"あ"〜っ! オルディオくん最高ですっ! 弱い私にぃっ! もっと責苦をぉ〜っ!! 弱くてゴメンなさ〜い!!」


 「ひゃはは! いやぁやっぱお前さい――」


 「でも弱いからオルディオくんにこうしてもらえるっ! これって本当に弱さ!? "弱さは強さ"……そういうことですのねぇ〜〜っ!!」


 「うるせぇな!? 黙って喘げ!!」



 ……サミィ・ランペイン。彼女はいわゆる、その……超が付くほどの被虐性愛者……と、いうのだろうか。


 オルディオにどんな理不尽を突きつけられても……むしろ理不尽であればあるほど、悦んで身体をくねらすような女性……。

 そんなパーティの中で唯一……いや、おそらく世界の中でただ一人、オルディオ・ゼイビスの傲慢と理不尽を本気の笑顔で受け止められる……そんな女性だった。


 こういうのを"割れ蓋に綴じ蓋"というのだろうか……あっ、いや、今のは被虐性愛の方を"豚"と呼称しがちなことやオルディオが豚以下な人間であることと掛けたとかではなく……と、とにかく、そういう関係の二人だったのである。


 まぁ当人が幸せならそれでいいのだろう……やはりカザクに近づけたくないという印象は、間違いではなかったけれど。


 そしてもう一人の同行者である少女、シャオ・ラクシア。


 パーティで最年少……どころか、我がカザクよりも歳下であろうシャオだが……どうにもオルディオでさえ手を余らされる問題児……では済まない少女だった。



 「いやぁ~すごかったよねぇ~前の山でのアレ! 寸止め喰らったときのオルディオの顔ってば……ぷぷっ、思い出しただけで笑える~!!」


 「……あ"? おいコラ、ガキテメェいい加減に舐めた――」


 「――怒った?」


 「あ?」


 「怒った? 許せない? このガキぶっ殺してやる! ってなった? ……戦う理由、出来ちゃった?」


 「……怒ってねぇ。もう部屋行くわ。サミィ、来い」


 「えぇ〜〜!? ねぇ怒ってよぉ〜! 戦ろ? 戦ろ? 早く戦う理由つくってよぉ〜もぉ〜〜!!」



 シャオ・ラクシア……彼女は幼い見た目に反して、"ド"が付くほどの戦闘狂だった。


 その性格ゆえ、魔獣との戦いでは前回の私が比ではないほどに前へ出て暴れ回る。

 そんな彼女を見て、やはりオルディオは忌々しそうな表情を浮かべているのだが、決して私の時のように実力行使に出ることはない。


 おそらくそんなことをすれば、シャオは嬉々としてオルディオに挑みかかったからだろう……そのマナか、ともすれば命が尽きるその瞬間まで。

 魔獣との狂気じみた戦いぶりを見る限り、そう思えてしまった。


 ただ幸運にも……というか、おそらくは誰かが彼女を制御するために強く擦り込んだのかもしれないが……シャオは戦いに際して、異様なまでに"理由"を重視していた。自分にも、相手にも。


 だからか、オルディオに対しても自分から一方的に襲いかかることはなく、先程の場面のように挑発して怒らせにかかる。

 オルディオもそのことが分かっているようで、シャオが挑発モードに入った瞬間に彼女から視界を切って部屋に閉じこもってしまう……毎回サミィを伴って。

 何故かは察するべきだろう。したくもないが。


 また、そんなシャオは出会ってからずっと私のことも強いかどうか観察していたらしい。

 そして先の戦闘で遂に私にも目を付けたようで、何度かこちらを怒らせようと接触してきたことがある……の、だが……その方法が……。



  「ねぇ見て! これね、そこの出店で売ってたんだ。えっと、えっとね、えー……なんかの串焼き」


 「はぁ、そうですか」


 「はむっ、ん! 美味しい! このタレがスゴく……スゴいよ! 美味しい〜! ねぇ食べたい!? あっ、でもダメか〜オルディオに止められてるもんね〜ダメかぁ〜」



 ……この調子で、私の前で買ってきた食事を美味しそうに食べてみせる……というものだった。


 空腹時にやられたときは危うく手が出かけたが、ちゃんと食べていた時はただ微笑ましいだけである。

 むしろ彼女の持ってくる食べ物は選択が見事で、どこで買ったかも律儀に教えてくれるので街へ食事に出たときの方針になっていたまである。



 「……それの売ってる横に、薬味とか置いてませんでしたか?」


 「えっ、なにそれ知らない」


 「それを付けて食べると味わいが変わってまた美味しいんですよ、それ」


 「そうなの!? えっ? えっ? じゃあ、それ付けて食べて見せた方が怒る? 戦う理由できちゃう?」


 「そうですねぇ、戦う理由も……出来るかもしれませんね」


 「じゃあ次はそれつけて食べたげる! またねお姉さん!」



 ……この旅路において、唯一無二と言っていい癒しの時間だった。



 超の付く被虐性愛者であるサミィ・ランペイン。

 ドの付く戦闘狂であるシャオ・ラクシア。

 そして理不尽男のオルディオ・ゼイビス……。


 彼らが何故そんな人間なのか、その背景は、ついぞ知りえなかったが……よくもまぁ、こんなとんでもない面子を集めたものだと感心……はしないか。ただただゾッとする。

 というか、オルディオを中心とする以上、必然的にこんな面子が残ってしまった、というのが本当だろうか。


 ――そう、オルディオ・ゼイビス。

 彼が勇者として鎮災の旅路の先頭に立っていることが、全ての問題の始まりと言って差し支えあるまい。


この旅路の面子に選ばれたのは、その圧倒的な力からだとレイスさんが言っていた。

だが、そもそも彼が”勇者”として認められたことに関しては……彼も何も言っていなかった。


 勇者とは、国から認められた冒険者の称号……の、ようなモノ……の筈だ。10年前の旅路のリーダーがそう誇らしげに語っていた……記憶がある。


 どのような経緯で"国に認められる"かは知らないが、果たしてオルディオのような人間が、どうすれば国どころか人から認められるのかすら皆目見当がつかない。



 ……つかない、のだが……一度だけ……その理由を、その一欠片を垣間見た……のかもしれない記憶が、一つだけある。


 それは、彼の人格でも、功績でもない……底の知れない"ナニカ"の断片……。


 でも、私は、知るべきではなかったのだ。そんなことは。


 そんなものに触れる前に……オルディオの異常性に気づいたときに……早く逃げるべきだったのだ……。


 そう、私はあの時に、あの場所――



 「オイ、目的地変更だ。国王が、俺とお前に会っときてぇんだと――」



 ――鎮災の旅路を発令させた大国である王都"ズィガンマ"……。


 その王城に招かれた時に聞いた、ただ数秒の会話……。

 そして、その後すぐに訪れる……私からすべてを奪った、”祝福”の瞬間が――。



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