第8話 決するとき

 『熱刃溶断式ねっぱようだんしきブレード』のボウッとした光。


 それに反する黒のブレード基部——刃のみねに当たる箇所は、耐熱耐久共に優れた特殊合金から形成されている。


 そのため敵のブレートを受ける際、熱刃を長持ちさせるため峰で受けるのが定石だが、その事実を知る者は実は少ない。


 本来打ち合うので無く、すれ違い様高速で切り付ける武器であるために。


 よって『傲魔鬼巾ごうまききん』の操術師たるメルキールは己がブレードを多少すり減らしつつも敵のブレード破壊を目的に斬り合いを演じた。


 その意図のもと構成された剣の光の綾目あやめ、殺意の軌道とも呼べるソレは、執拗にナガトの乗る搭乗席を狙いプレッシャーをかけつつ、ブレードを壊しにかかる二つの意図を重ねていた。


 その最中でメルキールは思考を止めない。


(こいつが、トジバトル・ハーン様以上の技量とは認めねばなるまい……)


 不服ながらも彼は結論を噛み締めた。


 かたや左腕のみの保持で振られるブレード。

 受け止めず、受け流す流麗なる剣技。


 一瞬でも気を抜けば自身のブレードの損耗が早い予感。


(数を頼みにせねば勝てない……)


 敵は1機でこちらは2機——と同時に敵はブレード一振り、こちらは1機に一振りずつ、計二振り。


 『傲魔鬼巾ごうまききん』のブレードが折れても、カスパールの『月俸金華げっぽうきんか』が代わりを務めれば良い。


 カスパールもそろそろ気付いてるだろう。


 要は敵のブレードをとっととへし折ってしまえば良い、と。

 敵のもう一方の武装なる貫手ぬきては、格下相手か、不意をつけた状況のみ前提にすると見た。


 そして、設計の優秀さから、常に使われ続けてきた『熱波溶断式ブレード』の装甲での防ぎようの無さ。

 圧力に伴い瞬間的に発熱するその刃は、『鋼骨塊』を溶かし、裂くことのみに特化し、つまり当たれば一撃必殺なわけで——


 互いに武装はそれのみ。至近戦を頼みとするなら武器の有無一つで形勢は大きく傾く。


 理想は敵に武器がなく、こちら2機が『熱刃溶断式ブレード』を保持する状況。


 現実的なラインは敵に武器がなく、こちら2機のうち、1機が武器を持つ状況。


 これがメルキールが経験から導き、やや遅れ観察に徹したカスパールの見抜く敵の下し方。


 そのために光の線が交錯する剣舞へ『月俸金華げっぽうきんか』も迫り、『傲魔鬼巾ごうまききん』のサポートのため追撃を始めた。


◆◆◆◆


「なるほどね……」


 ナガトから見て敵2人が編み出した策を、彼もまた読んでいた。

 しかし、読んだところで、ここまで状況が進めば抜けようがない。


 目の前のやけに口数少ない男の軽量機の攻勢、それとのぶつかり合いは、簡単に抜けられるものではない。


 また軽量機の理想的な動きで高速に迫り、寄っては離れつを繰り返しヒットアンドアウェイに徹する、あの饒舌な『操術師』もプレッシャーをかけてくる。


 これは、良い。


 いつまでもこの状況。ナイフの先を押し付け合うようなヒリつきにいつまでも居たいと思ってしまう。


 とはいえ死んでは元も子もない——という迷い。

 このまま、この状況に居座れば不利に陥る状況で、ナガトはなおも楽しげに思索する。

 その狂気とウォーモンガーこそ、彼をこの域まで押し上げる原動力。


 胸の奥にしまい込んだそれを、ここではひけらかして良い自由。


 素晴らしい。


 本当に素晴らしい。


 今日は本当に、良い日だ。


 最初、この歴戦の2機に気づけなかった事実を詫びたくなってくる。


「いや、ここは……」


 この状況を脱する手を見せ、1つの詫びとしよう。


◆◆◆◆


 不意に、『灼光雀しゃっこうすずめ』の貫手ぬきてが『』の搭乗席を捉えた。


 正面で長々と『傲魔鬼巾ごうまききん』と斬り合い続け、『月俸金華げっぽうきんか』がヒットアンドアウェイを繰り返し、7度目になろうかという、その時だった。


 吐血。

 訳がわからなさの極み。

 視界の歪み。


 訳がわからないままカスパールは意識の潰えそうになるのを感ずる。


 この時、『月俸金華げっぽうきんか』とその操術師を捉えた貫手は、まるで一本の触手のように捻れ慮外りょがいの機動を見せつけ穿ったうがった


 視線は未だ『傲魔鬼巾ごうまききん』に据え、斬り合いを続けながらノールックでの一撃。

 技の起こりを見せぬ予期を不可とした一撃。


——あの貫手ぬきては格下か、隙を見せた相手にしか通用しない


 その読みは正しい。

 だが、その前提のもとこの武装の扱いにかけ、ナガトは人外じみた技量を持つ。

 その事実を読み違えた。


 結局、『傲魔鬼巾ごうまききん』を狙い澄まして見せた構えは、終始この状況を狙い、『月俸金華げっぽうきんか』が射程へ舞い込むのを待っただけの意図。


 さながら全方位を見張るかす第六感の如き感知能力と、その限界無き可動域を活かす挙動。


 その犠牲になったカスパールはそこで意識が潰れるが、その時、『月俸金華げっぽうきんか』はその自身を貫く腕が抜けぬ様渾身の力で抑えた。


——本来ならあり得ない


 いや、しかし穿たれた搭乗席で、カスパールの胸から上だけが残されていた。

 そして死の間際に強く念じた操術が奇跡的に両腕の接続筒を通じ数瞬ばかし『月俸金華げっぽうきんか』に届けられた、その、執念。


 『鋼骨塊』一機を充分に支える馬力は『灼光雀しゃっこうすずめ』に無い。

 まるでマルムークがあの時見せた拘束を正しくやって見せたような置き土産と、その千載一遇の好機を逃すはずなく『傲魔鬼巾ごうまききん』は——


◆◆◆◆


「全く、強すぎるってのは悲劇だねぇ」


 その戦闘の推移を最後まで眺めたリョウコは一言で、その全てを総括した。

 場所は先まで双眼鏡片手に空を眺めたあの小高い丘からやや離れ、が落ちてきた方へ移動した、森に面した地点。


 目の前に木々の広がるその場所へ移動を果たしていた。


「あの子は強さの代償として、闘争の中でしか生きられない呪いを受けた言っても良い。だから、説得してこの村に居着いたけど……どうもあまり意味はなかったみたいだ」


 独り言……にしては長すぎる。

 元々1人で旅をした時期の長い彼女にしてみれば昔はそんなふうに1人でボソボソ呟くのが多かったが、それはナガトと過ごす時間の中で消えてしまった習慣だ。


 つまり、この時彼女は一人ではなく、木の枝に引っかかるある人物と話していた。


「それを……俺に話して……」


「ああ?」


「それを俺に話してどうなるって聞いている……」


 やや語気を強め、発したマルムーク。

 自身の『鋼骨塊こうこっかい』、『紫檀鋼晶したんこうしょう』から投げ出された彼は風に攫われ、かろうじてこの木の上に落ち、今は一際太い枝に引っ掛かっていた。

 そのせいで視線が真下に固定され、原因は分からないが首は動かない。


 ちなみに、もう1人引き摺り出され落ちた『灘立方なだりつほう』操術師はやや離れた場所で地面にシミを作っていたと、わざわざリョウコから聞かされた。


「別に、最後だし話しておこうと思ってね。何か遺言があるなら聞いておくよ。伝える相手はいないだろうけど」


「遺言……遺言か……ああ」


 彼は明らかに後数分以内には死が待っているのが明白な状況にあった。


 痛みで思考が塗り潰される事は無く、なぜか口は効利けているものの、それは首から下の感覚がまるで無いからだろう。


 具体的に体がどんな状況になっているか、首がうまく動かないので確認はできない。


 だが、長くない。


 それが、何の因果か……いや、それよりいくらか建設的なことを話そう。


 それに痛みでのたうち回るよりは良い。


 一周回って落ち着き、そんな気になり始めた。

 それに、聞かされた話だが、上での戦闘もケリが付いたらしい。


 あの白い軽量『鋼骨塊こうこっかい』の圧勝。

 最後に残った2機が予想外に喰らい付いたが、一方は搭乗席を貫かれ、もう一方が白い機体を切り付け、その胸部を掠めたものの搭乗席まで届かず、逆に袈裟斬りにされて墜ちた。


「アレに乗ってるのは……お前の弟子か」


「弟子って言って良いのか……私がアレに教えたのは、それほどじゃない」


「でも、アレは確かにお前の動きを踏襲している……だからかな。今、こうして死にかけて安心してるってのもあるんだ」


 リョウコは黙って続きを促す。


「本当はな、あんな集まり嫌だったんだよ。その頭を張るのもな」


「じゃあ、抜ければ良かっただろ」


「お前ほど器用に生きられないのさ。嫌ではあったけど、そんなに嫌じゃ無い奴らもいたし」


「そう……そうか」


 そうして、しばらく沈黙が続く。

 マルムークには、何か話したいことがあった気がした。

 例えば、俺もお前と一緒にこの集まりを抜けたかった……とか、そうして、口を開こうとして——濁流の様に本音が溢れ始めた。


「いや、違うな。俺は、お前や、ひいてはあのお前の弟子みたいになりたかったんだよ。俺は色々半端すぎる。俺は強くなって、何にも囚われず自由になりたかった……ああ、クソ、それがなんで、クソ、遅い、遅すぎる……遅……」


 それからしばらくリョウコは待ってみて、もう全く口も利かず、表情が微動だにしないことを確認すると、軽々と木によじ登り、下半身がブッツリとどこかに行っしまい、断面から臓器がはみ出ているマルムークの死体を地面に下ろす。


 それから、持っていた鏡で陽光を反射させ合図を送り、ナガトとその搭乗機である『灼光雀しゃっこうすずめ』を呼ぶ。


そして、多少の言葉を交わしながら、殺した『六道衆りくどうしゅう』の死骸を森に深い穴を掘ってまとめて埋めた。


 そうして、最後には散々に空を飛び回っていた『鋼骨塊こうこっかい』の残骸が大地に残され、墓標のように佇んでいた。


 そうして作り上げてきた墓標の数がこれまでの人生で一体どれほどのものになったかは、ナガトにしろリョウコにしろ時折考える。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る