第3話 その白は夜に輝く

 クヴァール都市連合軍と事を構えた2日後。


 ひとまず手頃な村を発見したマルムーク率いる一族。そのうち脅しのため村を訪れたのは3機の軽量『鋼骨塊』とその搭乗者。


(なるほど、辺境にしては豊かな村だ……)


 マルムークは最初、威嚇の意を込めつつ、上空から村とそれを取り囲む長閑な麦畑を観察。


 手本の様な豊かさ。


 こんな見るからに上手く切り盛りされてる村の村長は頭が回る。

 だからこそ、下手な抵抗はせず要求を呑むか、手を回し返答を先延ばしにし、都市へ救援を要請する両極端な2択のいずれかを取る。


 後者の場合、事前に察知できるよう手は打ってあるが——などと考えつつ、めぼしい村の広場を見つけ、降り立とうとすれば蜘蛛の子散らす様に離れる村人達。

 3機、静かにふわりと舞い降りて両膝をつく安定姿勢で止め、マルムークは搭乗機たる『紫檀鋼晶したんこうしょう』の胸部ハッチを開き、飛び降りた。 


 踏み締めた土は柔らかく、わずかに土埃が舞う。


 黒一色の装束デールの裾を直し、そのタイミングで『紫檀鋼晶したんこうしょう』の背後に駐まった2機から、1人ずつ部下が降り立つのを察知。


(さて、どんな反応をするか……)


 と、慣れた風に目線を村人へ配れば、存外敵意は感じられず、そもそも自分たちのような部外者と長らく無縁だっただろうことが窺えた。

 農民にしては肌艶も良く、良い暮らしをしているのだろう。

 そんな村から物資を奪うことに良心の呵責は欠片も無い。欠片も。

 全ては慣れの問題だ。


 部族を存続させるため他者から奪い、武を向けてくるなら武を以って叩き潰す。


 それが世界の単純な図式だと、とっくの昔に受け入れた。


 そして、口を開こうとして遠く、ふと建物の影で見つめてくる若い男女を見つけた。

 一方は黒髪短髪で働き盛りな猟銃を持った男、もう一方は大人と子供の中間の見かけの少女。


 それがやけに気にかかる。

 少女の方はいい。不安げなその視線は慣れたもの。ただ、男の方は——


(いや、気のせいか……)


 どうやら疲れている。

 あの視線に何か得体の知れないものを気取ったのは気のせいだ。

 その証拠に今はそれを感じない。

 だから、さして考えず口を開き、


「この村の代表者と話がしたい!その者は私の前に来られよっ!」


 と叫び、直立不動の姿勢を取る。

 そしてやや手持ち無沙汰にさきほど気にかけた男女の方を再び見てみれば、男の方は消え、少女はその男が消えたことに驚いてるらしかった。


◆◆◆◆


「で、どうなったんだ。ナガト」


「あー……それが詳しい話は村長の家でやるってんで、こっそり後付けて壁越しに聞いたんですがね。概ね予想通りです。師匠」


 師匠。

 俺がそうやって呼ぶのは後にも先にもこの人だけだった。

 この村に落ち着いてから、その呼び方をやめるよう彼女は言ってきたが、長らくの習慣はそうそう簡単に消えるものではない。


 それほどこの人との旅は長かった。


 だから、最近は諦めて指摘されることもなくなった。

 本人は『リョウコ』と呼び捨てにされたいらしかったが、どうも頭の中で馴染まない。


「……ん、なるほど。食糧に加え、若い娘か。相当追い詰められてるね」


 それが、奴ら六道衆の提示した要求だ。

 食糧はともかく、村にとって若い働き手、それも娘を差し出すのは到底呑める条件では無い。

 そもそも、この村は見るからに豊かであり、食料のみなら渋られつつもすんなり通ると分かるはず。


 その上で要求してきた。


「余程消耗してるよ。大方国境を越え逃げてきたってとこか」


 そう言って師匠の長い金髪をかきあげる仕草。

 鼻筋の整った白い顔。

 そして表情は、なんと言うべきか。

 皮肉げに笑ってるようにも、面白くてたまらないみたいにほくそ笑んでいる様にも見えた。

 この表情を見せるのはここ数年、俺の前だけだ。


「全く、アレらを狩って回るのはもう無いとたかを括ったが、こういう因果なのかね」


 なんて喉の奥で笑いを押し殺す。

 その顔をジッと見つめる。

 

 彼女と、俺の関係は大方『復讐』というシンプルな目的を果たすビジネスライクな繋がり——ということになっている。


「じゃあ、『灼光雀しゃっこうすずめ』の調子を見ようか」


◆◆◆◆


 『灼光雀しゃっこうすずめ


 かつて師匠が乗り回し、今は俺が引き継いだ『鋼骨塊こうこっかい』。

 何より目につくのは閃光の様な白さ。


 そして久々に乗った搭乗席はやけに冷たく、懐かしく感じられた。

 座り心地の良い席、傾斜のかかった背もたれに身体を預け、ちょうど自然な位置に手足を置くベストポジに付けられた太い接続筒に四肢を通す。


 人体の末端を通じ接続されたそれらは、数秒を脊髄を撫でるような不快を催すが、それは既に慣れたもの。

 そして胸部ハッチを閉じれば密閉空間の出来上がり。

 さながら鋼鉄の棺桶――なんて例えもあるが息苦しさはない。

 どんな時でも空調が働き、内部は新鮮な空気で満たされる。


 そして目の前にやや湾曲した画面、頭部両眼からもたらされた視界が映る。


 場所は村近くの山の中腹。

 普段、狩猟を行う場から離れた古い山小屋。


 もう使わなくなった小屋を狩猟をやるからという名目で俺と師匠が借り受けた。


 普段から、そのすぐそばに緑の防水布を掛け駐めた『鋼骨塊』——『灼光雀しゃっこうすずめ』が仰向けで寝そべる。今は俺が乗り込むことで両目に光が灯っていた。


 昼過ぎの木漏れ日が差す中、神経のつながった感覚を察知。


(『真核』の起動を確認。浮遊は……)


 力のベクトルを発生させ、浮かす。

 この力のベクトルを発生させるにはコツが必要だ。両手両足、頭部は体を動かす延長だが、こればかりは人体に備わらない機能。


 だから、慣らしも兼ね地面より数メートル離れ浮いて姿勢を起こす。装備は全て取り外し、この『鋼骨塊』の自重のみ浮かしている。


(問題なし、動作はいたって滑らか)


 他人事ひとごとみたいな思考。だが、それこそ好ましい。視野を常に広く、主観的な思考にこだわらない。


 そして『灼光雀』の視野の中、背の高い針葉樹の刈られたスペースが映る。師匠も十分な距離を取り前方で眺めている。

 そして、浮いたまま、手足の挙動も確認。


(手足も問題ない……)


 そして最後に上空で飛び回るのがお決まりだが、それを今はやめておく。

 それはあの『六道衆』の面々からこの村に『鋼骨塊』があることを隠す意図では無く、そもそもそんなものは早晩にバレる。

 村人にも別に隠してないし。


 だからといってあまり飛び回って刺激するのはしたくない。


 そのため上空での動作の確認は深夜に回した。


◆◆◆◆


——その日の夜更けのこと


 月は無く、新月だった。

 秋口の寒さが身に染みる中、複数焚かれた焚き火がそれぞれ人の輪の中心にあり、その輪がポツポツとあるその外側に馬車と普段はそれを引く馬がぼうっと佇み、そのさらに外側に威厳を発す『鋼骨塊』をめた配置。


 それが『六道衆』の面々が夜を過ごす陣形。

 そして1番外に並べられた『鋼骨塊』、全7機あるうち3機は見張りとして操術師が乗り込み地面からわずかに浮き、周囲へその目を向けさせる。


(さて、この先どうするか)


 物資がやや枯渇気味な中、貧相な食事を終え、国境を渡る際受けた執拗な襲撃の痕が残る暗い顔の集団。


 マルムークは少し離れた場所で1人、焚き火の輪から離れ黙考を続けた。


(都市連合領土に入った時点で襲撃が来ることは分かっていた。向こうも貴重な鋼骨塊4機が墜とされたなら慎重になる。つまり時間はやや余裕がある)


 それでも、村からの返答の期限を明後日としたのは都市が傭兵を雇うことを危惧したからだ。

 使い捨てても惜しくない傭兵なら最速で5日程でこちらへ来ると考えられる。

 その間にキャラバンごと行方をくらまそうと思ったら時間の余裕はない。


 そうした思考を続けた折、部下の1人が報告にやってきた。

 暗がりの草っ原、マルムークの対面に腰掛けた彼のもたらした情報。


 それは——


「なに?『鋼骨塊』が村に一機駐留してる?」


「ええ、念の為言っておこうと思いまして。村の子供から聞いたんで嘘かと思ったんですが——」


 この部下は村へ要求を伝えに行った際、マルムークに追随した2機のうち片方の操術師だ。


 実際に村長と話を固める間、彼は建物の外、出入り口前で待機していたので、その時に無鉄砲な子供から聞かされたらしい。

 『うちの村の鋼骨塊がボコボコにしてやるぞ』と。


「——真偽が怪しかったんで、その子供の親を脅しつけ確認したんです。その親も嘘ついてるかもですけど、ちょっと嘘にしては具体的な気がしましてね」


「詳しく」


「なんでも旅の傭兵?が争い事が嫌になったとかでこの村に居着いたらしいんです。まあ女の操術師らしいんで大したことないと思いますけど」


 『女の操術師』というフレーズに、やや嘲笑を帯びていた。

 『六道衆』では男尊女卑の気が強く、女をみくびる傾向にある。ただ、マルムークはそれがただの油断でしかない事をよく知っていた。

 本当に、よく。


「女の操術師ね……」


 そこをやけに気にするものだから、部下は少し首を傾げるが、適当に流し、話を続けさせる。


「機体の特徴は?」


「いや、それが特徴を聞くに軽量機らしいんすわ」


「軽量機……」


「いや、こんな辺境の村ですから村の連中も『鋼骨塊』なぞ、そう見たことないでしょうし、見間違いの可能性もあると思いますがね、ただ……」


「気になるな……」


「ええ」


 少数精鋭で動くことの多い傭兵は軽量機を嫌う。

 

 そもそも軽量機とは特徴を活かすなら装備はまともに積めず、軽さの分、小ぶりで装甲の薄い機体だ。

 それゆえ自重を支えるベクトルが少なく、スピードに舵を切れることから偵察機として運用されるのが一般的。


 マルムーク達『六道衆』はその軽量機で突っ込み至近で切った張ったをするが、それは生まれながら操術を学び、特異なノウハウを積み上げたがゆえ。


 1発でも銃弾があたれば致命傷となりかねない軽量機で弾幕の中突っ込んで致命打を叩き込むなど、在野の傭兵がそうできるものではない。


 仮にそんな運用ができるほど才覚に優れていたとしても、その『六道衆』を連想させる運用は雇い主から評判が悪くなる。

 

 そうした背景もありつつ、傭兵はオールマイティな中量機を何より好むのだ。


 結局、他の操術師も追加で交え情報交換はしたが、たいした結論は出せず、わざわざ一機に大仰に警戒を割く時間もないので、なあなあで話しは終わった。


 しかし、


(軽量機を駆るはぐれ傭兵……)

 

 その後、時間が経ち皆が静まり、大方が馬車の中、身を寄せ合い眠りにつく中、マルムークは妙な胸騒ぎを覚え外に出た。


 月がなくとも星々は輝き、純粋な闇という黒に白を散りばめた空のもとでウロウロと行ったり来たり。


 この様に落ち着けないのはある予感から。


「まさか、お前なのか?」


 ボソリとつぶやきをこぼしたその時、不意に上を見上げれば、星の白さの中、流星の様に素早く飛ぶものが目に映る。


「……」


 それは人型に見えたが、翌朝、見張りに確認をとったところで首を傾げられるだけだった。

 

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