第九章 閉幕 賢悟

ドーン!


 


爆音と共に全員の足が止まる。




倒れ込んだのは・・・・・ハイジャック犯の方だ。




左胸から出た大量の血が床に垂れ落ち、鉄臭い匂いが僕達を慄然とさせる。




僕は初めて見るその光景にただただ唖然と恐怖するしかなかった。




いや、何も考えられないと言った方が正しいか。




「・・・・・とっ、利恵さん、大丈夫ですか?」


 


ついそう言ってしまった。




いつもの僕ではない。




頭が可笑しくなっているのか?




その時、突然、防音扉が開かれた。




「おい、お前、何をした!お前が撃ったのか!」


 


戻って来たハイジャック犯が倒れて血を流している仲間を見て、その近くにいる利恵さんに向かって怒声を上げた。




他にも二人の仲間が来ている。僕の頭の中は恐怖で一杯だった。




体が硬直している。




「おい、お前がやったんだな!そこを動くなよ!銃を床に置け!」


 


ハイジャック犯が利恵さんに銃を向け、利恵さんは無言で大人しく言われた通りにする。




「さっさと部屋から出ろ!お前達全員だ!」


 


僕達は言われた通りに動く。




そうしなければ殺されるのだが、意外な事にハイジャック犯達は仲間が死んだにもかかわらずそこまで攻撃的には感じなかった。




僕達の反撃に脅威を感じて、内心怯えているのか?




「俺はこいつを連れて行く!」


 


リーダー格のハイジャック犯が利恵さんに銃を突き付ける。




左手には利恵さんが床に置いた銃も持っている。




「残りのお前達はこの二人に付いて行け!さぁ、さっさとしろ!」


 


そう言われた僕達八人は銃を突き付けられながらハイジャック犯二人に付いて行く。




一体僕達をどうするつもりだ。




もしかして死刑場に連れて行かれるのか?




さっきまで比較的気持ちにゆとりがあったが再び怖くなってきた。








僕達八人は十階の1007号室に連れて来られた。




さっきまでの部屋と比べると見劣りする感は否めない。




いやそんな事、今はどうでも良い。




僕達はここで殺されるのか?




ここが死刑場なのか?




「良いか!全員この部屋に入っていろ!今度一人でも逃げ出したり、妙なまねを起こしたらロビーにいる人質諸共全員殺すからな! 俺達のどちらかがお前らがそのような事をしないか外から監視する!分かったな!」


 


どうやら助かったようだ。




「そんな事を言っても良いのかい。俺達を人質に出来なくなるよ」




 


煽られたハイジャック犯が無言で桜庭さんに銃を向ける。頼むから、もう余計な事は言うな。




「悪かった。分かったよ」


 


桜庭さんが両手を挙げてそう言うと、ハイジャック犯が銃をおろし、引いて行く。




「利恵さんもああ見えて凄い方ですね。銃を持っているハイジャック犯に歯向かうなんて。・・・・・おや皆さん、無視ですか?」




「・・・・・桜庭さん、空気を読んで下さい」


 


氷室がそう言った。


 


それから無言のまま十分が経過した。




「皆さん、気晴らしにトランプでもやりませんか?」


 


遠野さんがそう提案した。




この人もそうなのか?




「いや、私は結構だ」


 


福田が昨夜に引き続き断る。




「私もだ」


 


関本さんもそれに続く。




「私もです」


 


氷室さんまでそれを拒否した。




「皆さん、冷たいですよね。二人でやりましょうか?」




「いえ、大丈夫です」




「自分から言い出しておいて」


 


桜庭さんがそう不満を口にした。




それから一時間経過した。




誰一人口を開こうとはしない。




こういう状況では居場所がない。




「あのー」


 


半籐が全員に唐突に切り出した。




「なんだい?」


 


関本がそれを問い質す。




「利恵さんは一体どうなるんだと思いますか?」




「どうでしょうね。普通に考えればただじゃ済まされないでしょうね」


 


桜庭が冷たく言い放つ。




「君はもっと婉曲的な言い方が出来ないのか!」


 


関本が叱咤した。




しかし、桜庭の態度は変わらない。




「私は正直な考えを言ったまでですよ」




「だからといって・・・・・」




「そういう媚を売るような態度いい加減止めた方が良いと思いますよ」




「なんだと!」




「止めないか!」


 


福田社長が仲裁した。




皆、肉体的、精神的疲労のせいで参っている。




いや、フラストレーションが溜まっている。




さっきから昨日よりも全体的に言葉使いが荒い。




一体、何時まで拘束されるのか?




そして、今、利恵さんはどうなっているのか?




その答えを知るのはもっと先になりそうだった。








十二時十分。




相変わらず悪い雰囲気が流れているだけであったが、この時のある一人の発言により、ここから急展開を見せる事となった。




「あのー」


 


唐突にずっと扉の付近に立っていた遠野が七人にそう呼び掛けた。




「何ですか?遠野さん」


 


関本がそう訊く。




「さっきから外にハイジャック犯達がいる気配がありません」




「それで?」




「外を覗いてみます」




「おい、ちょっと、それは止めてくれ!」


 


遠野が関本の制止を振り切り強引に扉を開け、外を確認した。




「おい、君、勝手に何をしているんだ!」


 


ストレスのピークなのか。




言葉が更に荒くなる。




「少し確認しただけですよ。・・・・・それにやっぱりハイジャック犯達が外にいる気配がありません。・・・・・皆さんで利恵さんを詮索しに行きませんか?」




「一体何言っているんだ、君は!」




「それは止めといた方が良いと思いますよ。もしハイジャック犯達に見付かったら一階のロビーにいる人質諸共全員が殺害されてしまう」


 


桜庭も関本に応戦する。




「では多数決で決めませんか?」


 


遠野がそう提案した。




「・・・・・まぁ、良いだろう、どうせ君の浅はかな案は却下されるに違いない」


 


関本がそう強気な態度を執る。




「他の皆さんもそれで良いでしょうか?」


 


遠野が他の六人に訊き、六人が一斉に「はい」と言った。




「では少し考える時間を取り、多数決を採りたいと思います。あくまで他人の事は気にせず、自分の意思で決めて下さい。また、もし利恵さんを探しに行く事になったら全員で行く事にします。理由は分かりますよね」


 


僕はまるで学校にいるような気分になった。




いや、今はそんな事を考えている場合ではない。




自分の命は勿論大切。




でも利恵さんも助けに行かなければ。




僕の心の中の天秤はまだどちらにも傾かず、平行でいる。




「ではまず利恵さんを詮索しに行く事に賛成な方、挙手をお願いします」


 


遠野さんがそう言うとまず真っ先に自分で手を挙げる。ここまでは予想通りだ。




次に福田社長が手を挙げる。




これも当然の選択か。




利恵さんに身代わりになって貰ったのだから。




あっ、意外な事に桜庭さんも挙手しているではないか。




どうしてだ?




さっきまで反対派だったのに。




「さっ、桜庭君、何しているんだい。君はこっち側の人間だろ」


 


関本さんが思わず造反した桜庭さんに声を荒げた。




「いや、こっちの方が面白いと思ったのでやっぱり変えちゃいました」




「おっ、面白い!? きっ、君っていう男は!」




「関本さん、私は先程他人の事は気にせず、自分の意思で決めて下さいと言った筈ですよ」


 


そう言われた関本さんが「くっ」と言いながら引き下がった。




それより桜庭さんは唐突に嗜虐心が芽生えたのか?




半藤君と同じで理解出来ない。




続いて大谷さんも手を挙げた。




彼女は他人想いの性格だからこれも予想通りと言えば予想通りだ。




「四人ですか。・・・・・では次に利恵さんを詮索しに行く事に反対な方、挙手をお願いします」


 


関本が高く手を挙げる。




氷室さんも申し訳なさそうに手を挙げる。




半籐君も。




彼は意外だった。




さっき桜庭さんが言った事を気にしているのか?




彼もああ見えて実は臆病な性格なのか。




いや、そんな事より僕はどうしよう。




このまま挙手したら同票になる。




かといって賛成にすると利恵さんを探しに行く事が決定してしまう。




いや、どっちでも良いという選択は出来ない。




賛成派と反対派からの僕への痛烈な視線が痛い。








「で、三堂君、君はどっちなんだい?」


 


遠野さんが堪らず渋っている僕に迫る。




「・・・・・ぼっ、僕はどっちでも良いです」




「お前、それは駄目だろ。ちゃんとどっちかにしろよ」


 


半籐君にそう言われてしまう。




それはそうだが、僕の性格上こういう事は決めきれない事は君も知っているだろう。




こんな事になるのならば一階のロビーで人質にされていた方がマシだ。




いや、そもそも名古屋まで来るんじゃなかった。




ハイジャックされた事じゃない、そういう他人からの冷罵が嫌なんだ。




「貴方がどういう選択をしようが我々は貴方を責めたりはしませんよ」


 


遠野さんが僕にそう告げた。




これは僕に遠まわしに賛成しろと言っているのか?それとも本当に僕の意思を尊重してくれているのか?




・・・・・いつもの僕の本心だったら、波風立たずに穏便で安寧にしたい筈だ。




「わっ、分かりました。・・・・・僕は、はっ、反対です」


 


取り敢えずここは様子見だ。




いや、遠野さんよりも関本さんの方が怖い。




「反対ですか。困りましたね。意見が真っ二つだ」




遠野がそう嗟嘆する。




「あの、私やっぱり利恵さんを探しに行く事に変えます。これなら、文句なしで探しに行けますね」


 


氷室さんが突然意見を変えた。




何故だ。




こんな僕と同じ考えを持つ事自体、嫌になったのか?




「ひっ、氷室君」


 


関本が唖然としている。




「私は先程まで反対派にした理由は、正直に申し上げまして大勢の人質達の命を守る為ではなく、自分だけが助かれば良いという偽善的な考えを持っていたからです。しかし、先程から自分なりに考えて心変わりしました」




「しっ、しかし」




「未練がましいですね関本さん、何度も同じ事を言わせないで下さい」


 


関本が遠野に注意を喚起され引き下がった。




「これで決まりましたね。次に助けに行くのに必要なそれなりのルールを決めましょう」


 


遠野がそう提案した。




「そうですね。まずは単独行動にするのか、それともグループ行動にするのかを決めましょう」


 


氷室がそれに同意し、そう七人に提案した。




「それは個人の意思で決めませんか?単独行動したい人はそうすれば良いし、グループ行動にしたい人はそうすれば良い」




桜庭がそう提案した。 




「分かりました。そうしましょう。他の皆さんもそれで宜しいでしょうか?」


 


氷室がそう言うと様々な方向から「そうしよう」や「はい」の返事が氷室に向かって飛んで来た。




「では単独行動をしたい方、挙手をお願いします」


 


桜庭と福田の手が挙がった。




「グループ行動を希望する人はペアにしましょう。あまり大勢で動くとハイジャック犯達にばれる可能性が高い」


 


遠野がそう提案した。




「分かりました。では桜庭さんと福田社長以外はそれぞれペアを作りましょう」


 


氷室さんがそう促すと皆が動き出す。




僕はこの中では大谷さんと一番組みたい。




「おい、亜理紗、俺と組むぞ」




「なっ、何その上から物を言う態度は」


 


しかし、愚痴りながらも亜理紗と半籐のペアは決定した。


 


どうしよう。




僕は一体誰と組めば。




自分から声を掛ける勇気もない。




それに僕と組む人は嫌だろう。




「三堂君、私と組みませんか?」


 


えっ?




氷室さんが声を掛けて来たではないか。




唐突で意外な誘いに戸惑った。




「えっ、あ、はい」


 


ぎこちなく返した。




・・・・・でも何故、僕なんかと。しかし、安心した。




そして、残る遠野さんと関本さんが自動的にペアに決定した。




「但し、一階のロビーへは監視カメラに我々の姿が映る可能性があるという事で行かない事と利恵さんを見付けられなくても一旦、十三時半にこの部屋の前に集合する事、エレベーターを使わない事、出来るだけ声を出さない事を約束し、慎重に行動する事にしましょう」


 


遠野がそう七人に注意事項を伝達した。


 


十二時半、一斉に全員が利恵を詮索する為、動き出した。








十二時五十分、僕達は三十階を捜索している。




僕はただ氷室さんに随行しているようだった。




慎重に歩く事を肝に銘じ、当然さっきから会話がない。




僕達は一つ一つ、扉の隙間から部屋の中の様子を確認していた。




三分が経過した。




次は3004号室だ。




うん、なんだ?




なんだ、この匂いは?




何やら部屋の中からかすかに鉄臭い匂いがしないか?




この匂いはまさか・・・・・。氷室さんは気付いていないのか?




「ひっ、氷室さん、何か部屋の中から変な匂いがしませんか?」


 


僕は勇気を出して訊いてみる事にした。




「えっ、そうですか?私は匂わないですけど、もし気になるようでしたら部屋の中に入れたら入りましょう」


 


僕にそう言うと、氷室さんは扉のノブを持ち開けようとするが案の定閉まっている。




僕は何て勇敢で荒肝の持ち主な人だと思った。




もし中にハイジャック犯達がいたらどうなるのか分かっていたのか。




いや、ここは大胆に動くべきなのか?




高校生には解らない感覚や世界が大人には纏っているのか?




だとしたらここは僕も勇気を出す時だ。




「チャッ、チャイムを鳴らしてみませんか?」




「そうですね」


 


今度は僕がチャイムを押す事になった。




右の人差し指が震えているが、覚悟を決め勇気を出してチャイムを強く押した。




しかし、暫く経っても中からは反応がなかった。




「・・・・・反応がありませんね。多分何かの勘違いでしょう。・・・・・行きましょう」


 


強引に氷室さんにそう言われ、僕達はこの部屋を後にした。




しかし、何処か腑に落ちない僕は去る時に後ろを振り返った。








十三時、僕達は三十一階を捜索している。




「透さん、いませんね」


 


また、氷室さんが僕に話し掛けた。




遠野さんの約束を遵守しなくても良いのか?




「あっ、あのー氷室さん」




「何ですか?」




「・・・・・僕達そんなに会話しても大丈夫なのでしょうか?もしハイジャック犯達に聞こえたりでもしたら・・・・・」




「私達の監視部屋の外にいなかったとなるとハイジャック犯達は何処かの部屋にいる可能性が高いです。つまり、このグランドタワーは全部屋防音で作られているので私達の話声等は聞こえない筈です。それにハイジャック犯達があれだけ怒ったにもかかわらず私達に対して稚拙で杜撰な監視をし、放置した事を考えると、もしかしたらハイジャック犯達は、今はここには籠城しておらず、利恵さんを置いてもうホテルから逃走しているかもしれません。実はそれをあの時、思い付いたので私は利恵さんを探しに行く事に変えたのです」


 


そうだったのか。




確かに言われてみればそうかもしれない。




・・・・・よし、この際あの事も訊いてみよう。




「もっ、もう一つ訊いても宜しいでしょうか?」




「はい、何でもどうぞ」




「ひっ、氷室さんはどうして僕なんかとペアになったのですか?」


 


勇気を出して訊いた。




「・・・・・三堂君が困ってそうだったからですよ。あの時、大谷さんが半藤君に取られて困った表情の三堂君を見てほっとけなくて・・・・・」


 


そうだったのか。




・・・・・良い人だ。




・・・・・うん?




何やらまた鉄臭い匂いがして来た。




うん、今度は間違いない。




強い匂いがする。




その匂いの元を探すと明かりが扉の隙間から溢れ出ている部屋を見付けた。




「三堂君、分かっていますね」


 


僕の動きの変化に氷室さんも気付いている。




「行きましょう」


 


氷室さんが小声でそう指示した。




僕は小さく頷いた。




匂いの元は3102号室からだ。




いざ、部屋の前に来てみたら急に大きな不安に襲われた。




「開けてみます」


 


氷室さんがそう言うとドアノブを手に持ち、それを下におろし引っ張る。




「かっ、鍵が掛かっていません。・・・・・入りましょう」


 


そう言うと氷室さんは迷いなく部屋に入って行く。




それに僕も勇気を出して続く。




暑い。




僕はまず匂いよりも気温の方が気になった。




・・・・・ん?




ベッドの横に誰か倒れている。




暗くて良く見えない。一人?




いや、二人だ。




緊張がピークに達する。




氷室さんが電気をつけた。




僕は目を凝らしてその二つの物体を見た。




・・・・・ハッ、ハイジャック犯達がそれぞれ右の顳顬と左胸を撃たれ血を流して死んでいるではないか!




床には夥しい量の血が散らばっている。




その時、突然暖房が切れた。




タイマーになっていたのか。




いや、今はそんな事よりもハイジャック犯達の死体だ。




僕の心の中は呆気なさと安心と驚きが混在している不思議な気分だ。




「・・・・・死んでいますね。二体共、体温は少し冷たいです」


 


何時の間にか氷室さんがハイジャック犯達の死体に近づいていた。しかも、何か調べている。




僕はふとテーブルに目をやると一丁の銃とハイジャック犯達が被っていた黒色のニット帽二枚が置いてある事に気付いた。




「このハイジャック犯のポケットの中にはこの部屋のカードキーがあり、そして、手には銃が握られている。そして、テーブルの上には一丁の銃・・・・・これは片方のハイジャック犯がもう一人のハイジャック犯の左胸を撃ち、その後、銃を持っているハイジャック犯が自ら自分の右の顳顬を撃った。恐らくこの状況はそれを示しています」


 


しかし、氷室さんは何故こんなにも冷静で積極的なのだろう。




男の僕はただただ立っているのが精一杯だっていうのに。




暫く沈黙の時間が流れた。




「もう直ぐ集合時間ですから、取り敢えず戻りましょう」


 


部屋の時計を見ると十三時二十八分だった。




「わっ、分かりました」


 


そう返事をすると僕達は十階の1007号室へ向かう為に歩き出した。










十三時三十五分、僕達はまだ1007号室へ向かっている。




少し遅刻だ。




どうやら僕達が最後のようだ。




しかし、その遅刻の対価として皆、僕達が持っているビックニュースを聞いて驚くに違いない。




「はん・・・・・」




「みっ、三堂、俺達凄いもの発見したよ」


 


半籐君が興奮気味で僕が言う前に喋った。




凄いもの?




それは僕達の方だ。




僕も言いたくて堪らないが一先ず聞き手に回ろう。




「なっ、何?」




「ハイジャック犯の死体だよ。三十七階の3707号室でハイジャック犯が右の顳顬を銃で撃たれて死んでいたんだ」




「えっ、そうなのですか。・・・・・実は私達もそれぞれ右の顳顬と左胸を銃で撃たれていたハイジャック犯の死体を二体発見しました。ちなみにハジャック犯達が死んでいた部屋は三十一階の3102号室です」


 


氷室さんに先に言われてしまった。




それより皆やはり驚いている。




それはそうだ。




ハイジャック犯達が死んでいた?




自分の目で直接見るまではにわかには信じられないだろう。




そして、これで残りのハイジャック犯は一人という事になるが、後一人も死んでいるのだろうか?




「えっ、そうなんですか?もしかして扉にはオートロックストッパーが掛かっていたり、部屋は暑かったり、電気がついていたり、ハイジャック犯が銃を握っていたり、ニット帽がテーブルの上に置いてあったり、その部屋のカードキーがハイジャック犯のポケットの中に入っていたりしていましたか?」




「ええ、そうです。死体は少し冷たかったですけど」




「俺達が発見した状況と同じだ」




「兎に角、これから先は全員で利恵さんを探しに行きましょう」


 


遠野がそう全員に提案した。




「そうですね」


 


一人で行動していた桜庭がそれに賛成し、他の六人も同じ反応をした。




「しかし、まだハイジャック犯が一人生き残っているかもしれません。慎重に行動する事を心掛けましょう」


 


最後の一人のハイジャック犯が仲間を裏切ったのか?




それとも全員自殺したのか?




そして、利恵さんはどうなったのか?




僕には分からなかった。








十四時。




僕達は二十八階を詮索している。




この階はさっきも僕達が捜索した階だが、やはり、あの階のあの部屋が気になるが言い出せないし、氷室さんも言おうともしない。


 


全員で利恵さんを捜索し始めてから一時間経過した。十四時三十五分。




僕達は三十階を捜索している。




ずっと気になっていた3004号室はもう直ぐ目の前だった。




「利恵さん、本当に何処に連れて行かれたのでしょうね」


 


氷室がそう言った。




「実はもう何処かに逃走してたりして。・・・・・うん?何処からか鉄臭い匂いがしませんか?」


 


桜庭が七人にそう意見を求めた。




「ええ、しますね。この匂いは確実に血の匂いです」


 


遠野がそれに同意した。




「恐らく3004号室からです」


 


氷室がそう答えた。




「どうして分かるのですか?」


 


氷室の呆気ない回答に桜庭がその根拠を訊く。




「実は先程も三堂君と一緒に詮索している時、かすかに鉄臭い匂いがしたのでその部屋を訪れたのです。しかし、部屋の扉は開かず、匂いも微小で、部屋のチャイムを鳴らしてみたのですが中からは反応がなかったのでその部屋を後にしたのです」




「そうだったのですか。皆で集まった時、その報告をしてくれたらこんなに探すのに手間が掛からなかったのですがね」




「・・・・・申し訳ありませんでした」




「まあまあ、桜庭君。今はそれよりもこの部屋で死体となっているのがハイジャック犯なのかそれとも・・・・・」


 


関本が最後まで言おうとしたが福田が「関本」と制した。




「やはり、扉は閉まっていますね」


 


遠野がドアノブに手を掛け、下におろす。




「まぁ、オートロックですからね。・・・・・男性陣の総動員のタックルで無理矢理こじ開けますか?」


 


桜庭がそう男達に提案すると遠野が「そうですね」と言い、他の男達も同意した。










結局、福田社長は高齢という事でタックルする破目になってしまったのは僕、半籐君、遠野さん、関本さん、桜庭さんだ。




僕は不安に怯えながらそれに備えて両腕を伸ばした。




「せーの!」




五人が一斉に扉に向かってタックルする。しかし、まだ扉は開かない。




「よし、今度は位置を変えてみて、やりましょう」


 


遠野さんが僕達にそう言うと、僕達は適当にポジションチェンジをした。




僕は息を整えた。




「せーの!」


 


バシッ!扉から破壊音が鳴る。




十七回目の体当たりで扉が開かれた。




その勢いで、五人が部屋の中へ傾れ込んだ。




「さっ、寒い」


 


僕はこの部屋の寒さと倒れた時の痛みに堪らずそう言ってしまた。




・・・・・ん?




僕の視線の先にはベッドの横に誰か倒れている光景が映し出されている。




カーテンが閉まっていて暗くて誰だか良く判らない。




しかし、この大きさは男ではない。




まさか・・・・・。




誰かが部屋の明かりをつけた。




「・・・・・利恵さん」


 


誰かがそう呟いた。




血の気が引いた。




その正体は血を流して床に倒れ込んでいる利恵さんだった。




「うわーーー!」


 


半籐君がそう叫び、皆、暫く黙り込んだ。




人生の中で一番の恐怖と悲愴で一杯だった。




「右肩と左胸をそれぞれ一発ずつ撃たれていますね。死体も随分冷たいです。冷房の切りタイマーは十八時に設定されていて温度は十八度でした。通りで死体が冷たく、部屋も寒い訳だ」


 


桜庭さんが部屋の冷房を止め、利恵さんの死体に近づき、皆にそう伝えた。何故こんなにも彼は冷静なのか?




いや、さっきの氷室さんも。




積王商事の社員はこういう社員教育をされ、こういう冷酷でどんな時でも冷静な人が多いのか?




僕の体の中に虫唾が走った。




「しかし、何でまた利恵さんが・・・・・やはりハイジャック犯に殺されたのですかね」


 


遠野さんがそう口にし、壊れた扉を閉めた。




この人さっきまで頑なに利恵さんを助けに行く事に固執していたのにあまりにも感情の切り替えが早過ぎで軽薄ではないのか?




大人は皆そうなのか?




・・・・・そうだ、透さんはどうなるのか?




何て言ったら良いのか?




僕がそう危惧したその時、突然部屋のチャイムが鳴った。




誰か来た!




全員の視線がその方へ向く。




後一人生き残っているハイジャック犯か?




部屋に緊張が走る。




扉が開かれる音が鳴る。




少し後ずさりしている者もいる。




・・・・・現れた。




ここへ来て何度も見た事のある姿だ。




ハイジャック犯だ。




僕は後ずさりし、戦う態勢を執る。




しかし、ハイジャック犯の次の行動は意外なものだった。




何と、覆面とサングラスとニット帽を自ら取るではないか!




正体を自ら曝け出すのか?




僕達は怯えながらそのハイジャック犯の顔を凝視する。




・・・・・腰が抜けそうになった。




それはあまりにも意外な顔だった。




「・・・・・みっ、御神君!」


 


僕達高校生組は身内の登場に吃驚した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る