第23話 竜の声④

「……っ」


 さすがは一国の長といったところだろうか。一言凄みを利かせただけで、圧倒的な存在感だ。萎縮とまではいかないが、少し言葉を詰まらせる。

 そんな俺を見ながら、バルナエル王は話を続ける。


「……それに、ランドルフ家は我が国に多大な貢献をしているんですよ。路上生活者に恵みをたまう奉仕活動もしていてね」

「っで、ですが、それとこれとは話が別で……」

「たしかに、ランドルフ家は竜の鱗売りを生業にしています。もちろん、合法的な手段で、ね」

「それはあくまで表向きであって、裏では捕獲しているんです!」

「――お帰りください」


 バルナエル王はそう言って、手のひらを部屋の扉の方へ指し示した。俺はそれに従い、王宮を後にした。


 帰るよう促されたからというのもあるが、これ以上話しても無駄だと思ったのが一番の理由だ。竜の言葉が分かるというのを理解されないのはまだしかたない。それは想定内だ。

 だけど、ひとつだけ想定外があった。王とランドルフ家の関係だ。あれだけ大きな屋敷だから、多少は国との関わりがあることは分かっていたが、ここまで親密だとは思っていなかった。しかも、悪い方向に、だ。


「地下、とは言ってないんだけどな」


『証拠もないのに、地下に竜がいるなんて言われましても……』


 竜を捕獲しているとは言ったが、どこにとは一言も言っていないのに、王は地下だとはなから決めつけていた。


 どんな人にも気さくで民の声を聞くことを大事にしていると使用人は言っていたが、その割には王宮の中は高級そうなものがたくさん飾ってあって豪勢だった。

 定かではないが、ランドルフ家が地下に捕獲してある竜から無理矢理剥ぎ取った鱗で儲けた金を、バルナエル王の元へと流しているのかもしれない。竜を捕らえていることを黙っている見返りとして、だろう。

 ランドルフ家は鱗で楽に儲けられるし、王は横流しの金で贅沢ができる。双方にとって好都合だから、これが崩れることはそうそうない。



 もう一度、ランドルフ家の屋敷の傍までやってきた。まだ、声は聞こえる。

 すぐそこに助けを求めている竜がいるのに、助けることができない。バルナエル王、つまりは国全体が敵になると考えると、ヨリの時みたいに強引な手段はとれない。手助けしてくれる仲間もいない。

 所謂いわゆる、詰み、だ。

 なにもできない。……いや、ひとつだけ、絶対にはやりたくない方法がある。


「ヨリ……」


 彼女がプラトをカリカリにしたかったから、と言って、吐いた炎を思い出す。あれで、この一帯を燃やし尽くしてしまえば、助けることはできるかもしれない。多くの犠牲を伴って。


 ヨリは誰も傷付けたくないから逃げなかったと言っていた。もしかしたら、ここにいる竜も同じことを思っているかもしれない。そんな彼女たちの考えを無下にはしたくない。

 竜がいる真上ではないだろうけど、地下へと思いが届くように地面に触れる。


「本当にごめん、ドラゴンさん。いつか、絶対に、助けに来るから……」


 それまではどうか、生きていて――。


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 太陽がジリジリと照りつけ、皮膚にじんわりと汗をかく。ヘラルドの言っていた通り、竜は暑さにはそこそこ強いらしい。前世は、持病のこともあって、できるだけ汗をかかないようにしていたから、どちらかと言えば暑いのは苦手だった。この身体は常に全身が痒いなんてこともなくて、本当に快適だ。


(あ! ヘラルド!)


 砂の地平の向こうによく知る人影が見えた。ヘラルドがようやく買い出しから戻ってきた。

 見つからないように街から遠い場所にしたとは言え、帰ってくるのが遅かったから心配した。それに、不安にもなった。もしかしたら、わたしを置いてどこかへ行ってしまうんじゃないか、って。わたしは、竜で、ヘラルドは、人だから。


 ヘラルドもわたしを視認したようで、視線が交わる。


(おかえり!)

「……ただいま」

(? なにかあったの?)


 ヘラルドは元気がなく落ち込んでいる様子だった。いつもなら帰ってきた瞬間、表情がぱっと明るくなり、嬉しそうにしているのに。この暑さで、体調でも崩してしまったのだろうか。

 心配して顔を覗きこむと、わたしの顔を見たあと、閉じていた口を開き言葉を発さないまま閉じてしまった。少し考え込んで、また口を開き街であった事の顛末てんまつを話してくれた。


「――ってことがあって……ヨリ?」

(、……)

「ごめんね。ヨリには辛い話だったね」

(わた、わたしみたいな、竜が、他にもいるっなんて……いや、いやだよぉ……っ)


 自然と涙がボロボロと溢れてきた。少し前まではわたしも同じ境遇だった。その時の気持ちを思い出したからなのか、それとも、助けられないと悔やむヘラルドの気持ちに寄り添ったからなのか。とにかく涙が止まらなかった。


(誰にも、あんな思い、してほしくないのに……)

「……俺も、その痛みを知ることはできないけど、同じ気持ちだよ」

(ん、ヘラルド……)


 ヘラルドの指がわたしの涙を掬う。

 助けたい、でも、今は何もできない。しかたのないことだと頭では理解できても、心のもどかしさや無念さは大きくなっていくばかりだ。


 何か食べようか、と、ヘラルドが買ってきたえるーとを差し出した。どんなものか想像できていなかったけど、フルーツタルトのようなものだった。口に入れると、タルト部分はサクッとして甘みが強く香ばしいのに対し、乗っているフルーツは爽やかで甘酸っぱい。バランスがちょうどよくて、とてもおいしい。生クリームをフルーツとタルトの間に入れてもいいかもしれない。


(こんなに、おいしいものが、ある国なのに……どうしてっ)

「ヨリ……」


 えるーとを作っているお店と竜を捕まえている人は全然関係ないことは分かっている。いい国だからこそ裏でむごいことが行われているその裏表のギャップに、余計に悲しくなる。


「ヒベルタウに着いてまだ少ししか経ってないけど、次に行く場所を決めたら早めにここを離れようか」

(……)

「長くいると、辛くなるし、それに、罪悪感も大きくなるから、ね」

(……うん、そうだね)


 それからわたしたちは、およそ10日間くらい滞在して次の国へと飛び立った。幽閉されている竜のことを胸に刻んで。

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