第10話 カヌレと火吹き①

 思わぬ寄り道があったけど、無事に次の国――ラマグレット周辺に到着した。


 人目のなさそうな森林の奥、大きな泉の近くに降り立つ。チェスローの時よりも街から少し遠い。行くだけで1日くらいかかるとヘラルドは言った。わたしが、こう……小さくなって、誰かに見られても――ヘラルドの隣にいても大丈夫な姿かたちだったらよかったのに。

 でも、そうだったら、わたしはヘラルドと出会えていなかった、と思う。微睡んでいるヘラルドを見つめる。


(竜で、よかったのか、な?)

「ん……より……?」

(ごめん、起こしちゃった……?)

「んー……だいじょうぶ、おやすみ、より」

(おやすみなさい)


 明日に備えてもぞもぞと寝袋の中に身体を収めて就寝するヘラルドを見ながら、わたしも眠りについた。



 ――翌朝。


「……よし。じゃあ、ヨリ。行ってくるね」

(うん、いってらっしゃい!)

「プラトと、数日間の食料と……ヨリはなにか欲しい物ある?」

(ううん。そのぷらと? っていうのだけで大丈夫!)

「ふふ、分かった」


 ……しまった。完全に食い意地が張っている発言をしてしまった。ヘラルドもそのことで笑ったんだ、きっと。あの地下で出会った時に甘い物が食べたいって言ったし、今さらかな。はは、と渇いた笑いが心の中で漏れる。


 再度荷物の確認をした後、ヘラルドは森を出発した。


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 ――三日後の夜。


「ただいま!」

(おかえり、ヘラルド! すごい荷物!)

「ああ、行くだけで時間かかっちゃうから、長めにいられるようにね」


 よいしょ、と言いながらヘラルドはたくさんの荷物を地面に置く。よく一人で持って帰ってこられたと思えるほどの量だ。この中に例のお菓子があるのだろうか。


 そんなことを考えていると、お腹がキュゥと鳴った。


(っ!)

「もう遅いから、明日の朝にしようかと思っていたけど……ひとつ食べようか、プラト」


 声には出さずに首を縦に動かして肯定の意を表す。

 お腹が空いていたわけではない、と思う。新しいお菓子がそこにあると思ったら、勝手にお腹が鳴ってしまった。また主張してきた食い意地に羞恥心が増す。顔が火照っている気がする。穴があったら入りたい。わたしが入れる穴なんて、竜の住み処以外そうそうないだろうけど。


「……かわいいなぁ……」

(? ヘラルド?)

「ん? なんでもないよ。すぐ用意するね」


 ガサゴソと荷物を探って、小さな紙袋を二つ取り出す。


「プラトは冷めてても美味しいから、温めなくてもいいかな? 明日は温めてみようか」

(焼き菓子?)

「そうなるかな? エクンプと同じような感じ」


 ヘラルドの手の上に紙袋の中身が乗せられる。薄い黄色の物体。確かにエクンプの焼き目がついてないところの色に似ている。

 そのまま口の中に入れてもらうと、ふわりとお酒の香りがした。そういえば、大人向けのお菓子って言っていたっけ。風味を楽しみつつ、一噛みしたらその初めての食感に驚いた。


(! ……もっちり? ねっちょり?)

「そうそう。言語化が難しいけど、その食感がこのプラトの特徴なんだ」


 独特な食感。もっちりだけど、おもちとはまた違って、ギリギリ生焼けじゃないというか。


 ……なんか聞いたことある。しっとりもっちりでお酒の風味があるスイーツ。テレビで見たような……なんだっけ。


 百年以上前の記憶を辿っていると、この身体には小さすぎるそれはもう口の中からなくなっていた。

 これは、ぷらとで……テレビで見たのも名前が短かった気がする……ぷらと……。


(……カヌレだ!)

「かぬれ?」

(あ、なんでもない! ぷらと、おいしい!)


 そうだ。死ぬ直前にたしか流行ってて、よくテレビで特集がやっていた。上にクリームやフルーツ、チョコなどがトッピングされているやつとかあったはず。あれも美味しそうだったなぁ。


 でも、カヌレはもっと周りがしっかり焼けていてカリカリって感じの見た目をしていたような……。焼き目というよりは焦げていると思えるほどの色だった。

 このぷらとは外側までもっちりで、これはこれで美味しいんだけど、カヌレみたいにカリカリにした方がもっと美味しいかもしれない。


「プラト、ヨリの口に合ってよかった。明日は温めたのも食べよう」

(……)

「ヨリ?」

(、なに?)

「いや、もう遅いから寝ようか」


 ヘラルドはそう言って簡単に片付けをした後、寝袋を取り出し就寝の準備を始めた。

 わたしの頭の中はぷらとを焼いてみたいということでいっぱいだった。ヘラルドの声が聞こえないくらいに。


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 ――翌朝。


(ねえ、ヘラルド)

「どうしたの、ヨリ」

(えっと、あのぷらとっていうの、焼いた方がいいと思うんだけど……)

「温める? 分かった」


 朝ごはんを食べた後に、昨夜と同じ小さな紙袋を取り出すヘラルドに提案すると、エクンプを温めたように、金属の板の上で温め始めた。


 少しして程よく温まったのを紙皿の上に乗せて差し出されるけど、見た目はほぼ薄い黄色のままだった。ほんのり焼き目があるくらいで、試しに食べてみたけど、思い描くカリカリとはかけ離れていた。字の通り、温めただけだった。

 あのカヌレの焼き色がつくために、一気に最大火力でやったらいい感じになるかもしれない。

 

 ……そういえば、わたし火吹けるんだっけ。


 幼いヘラルドが楽しそうに話していたのを思い出す。一度も吹いたことがないから、やり方が分からないけど、漫画とか映画とかだと、たしかこんなふうに――。


 ゴウッ


「ヨリ!?」


 紙皿に乗ったぷらととその周辺の草が炭へと変わった。

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