…………1-(7)

 時の合図と共に、受付を通ったお客の真正面に、深沢となつめは並んで迎えている。次々と入って来るお客の凄さに、なつめは内心びびりながら、満面の笑みを浮かべ、一人ひとりに頭を下げている。

 スタジオの生徒は勿論、知らない人までもが、深沢のところに集まって来る。一人ずつ丁寧に挨拶をしていく。先程の疲れも見せず、遣り遂げなければならないという野望だけが、深沢を奮い起たせている。すべての感情を内へと押し込めて、満面の笑みで迎えている。その輝いた大きなオーラに、

「深沢先生、男前が一段と上がっているじゃないですか」

「有難うございます。そのドレスもとてもお似合いです。美しいですよ」

「まあ…」

 みんなが頬を染めて、熱い視線で見つめている。

 いつもなら憎まれ口の一つでも言っているなつめだが、大人しく居心地の悪さを感じていた。改めて、深沢の人脈の凄さに驚いて声も出ない。そして、深沢の隣に立つことの、羨望と嫉妬の眼差しに殺されるんじゃないかっていう、身の危険さえ感じていた。

「………」

 だが、なつめの内心とは別に、深沢の隣に立つパートナーとして、その存在は輝いていた。今までの深沢のパートナーとしては、あまりにも異色だった。長い手足とスレンダーな体。色素の薄い茶色の髪をサイドから流れるようにセットしている。面長の綺麗な顔に、付け睫毛と長めのアイラインが色っぽさを誘う。ピンク色の唇は濡れたように輝いていた。思わず、ほぅと溜息を吐き出す者もいた。

「紹介します。パートナーのナツメです」

 珍しい事の一つが、深沢自身がなつめの肩を抱き、紹介していることだった。これは今までには見たことがない事だった。驚いたように見ていた招待客は、なんとなく二人を見て納得してしまった。揃えたパステルブルーの色合いが、二人を引き立てている。ワイルドだけをアピールしていた深沢が、どこかなつめを守るように見つめ、穏やかさを醸し出していた。今までとは違う何かが見られると、そう直感し、ワクワクした。

「………」

 その時、自然に空気が変わったことに、誰もが気づいて振り返る。なつめも同様、笑った表情のまま、入り口を見つめた。

 白いドレスにパールのイヤリング。ロングの髪をモダンタイプに纏め、上品な物腰と顔立ちは、圧倒される何かがある。噂は、風と共に流れて来る。

「雛元財閥の奥さまだわ…」

 この地域で一番の大企業である。知らない人はいないはずだ。なつめにとって、全く無縁そうな世界の人が、優雅に深沢に歩み寄ってくる。なつめは思わず深沢を見上げた。珍しく嬉しそうな顔で彼女を見る。今まで見たこともない表情に戸惑う。二人の入れない独特の雰囲気に、眉間に皺を寄せた。

「いらっしゃいませ」

「久しぶりね、宗司」

「……っ!」

 深沢が名前で呼ぶことを許している女性を初めてみた。雛元の手を取り、その手の甲にキスをする。

「有難うございます。楽しんで行って下さい」

 彼女も楽しそうに笑みを浮かべ、

「宗司のパーティーですもの、何があっても必ず駆け付けるわ!」

 彼女の言葉に親密さが伺える。なつめが蹴散らした女性たちとは明らかに違う。深沢により身近にいた人が目の前にいる。少なからず、ショックは隠せなかった。

 彼女は、なつめへと優しい瞳を向け、ゆっくりと手を差し出した。その細く綺麗な手に軽く触れながら、

「初めまして。新藤なつめと言います」

「初めまして、雛元潤子ひなもとじゅんこです。よろしく」

 花のような笑顔を向けてくれる。落ち着いた大人の女性。それだけで勝てない気がした。絶望的な瞬間に、深沢の手がなつめの頭を撫でる。

「随分と好みが変わったのね」

 穏やかに笑っている深沢に、潤子は楽しそうに呟いた。

「違うわね。元に戻ったのかしら」

「…っ…!」

 思わず、なつめを凝視した。確かに、真っ直に見つめるこの視線は、彼に似ているのかも知れない。だが、彼とは違うことを深沢自身が一番よく知っている。

「…いや、こいつだからだ」

「そうね。これはアレでしょう?」

 少しも着飾らなく、なつめの胸元にあるブローチを触れることなく見つめた。それに触れないことが、深沢との親密さをより強調する。懐かしむその雰囲気までもが、なつめの不安を掻き立てていく。

「本気なのね…」

「ばれたか。勝てないなぁ…」

 なつめがブローチに指をかけた。外そうとすると、その手を掴み、指を絡めて制する。取るなという無言の表示。そんな二人を楽しそうに見ていた潤子は、なつめの頬にキスをした。

「君に期待しているわ」

 見送っていると、直ぐに他の招待客がやってくる。見えない所で、絡めた指を離した。挨拶を始めてしまった深沢を横目で見て、取り残されたなつめは、入り口をきつく睨みつけた。化粧をした顔では、その顔はキリっとした威圧感さえある。その口許が楽しそうに緩んでいく。今までの緊張が嘘のように、自然と顔までが綻んでいった。

「いらっしゃいませ」

 会場の入り口を占領している女性たちの前に立ち塞がった。ズラッと並んだ顔触れには、とても見覚えがある。睨み付けるようにして立っている彼女らへと、なつめは楽しそうに歩いていく。ドレスアップした深沢の元遊び友達である。なつめに噛みつかれた彼女たちは、できれば二度と顔を見たくはなかっただろうが。深沢の雄姿は見たい。なつめに負けたと思われるのも癪に障る。深沢のパートナーとして認めないために来たのだ。

 どれだけ化粧をしようが、なつめの凶暴さを知っている彼女たちは、近寄っていくと少しずつ下がっていく。一人愛美だけが、なつめに肩をぶつかるようにして立ち、小さな声で呟く。

「逃げるのは今のうちよ」

「…ふざけんな」

「まあ、せいぜい頑張ることね」

 そう言って会場へと入っていった。他の女性たちも、金魚のフンのように愛美を追い掛けついていく。振り向き様に揃いも揃って、なつめを睨み付けて入っていった。

「おまえ、乱闘は止めてくれ」

 険悪な雰囲気に、まさか喧嘩を始めるのではないかと思って、深沢は焦ってやってきた。

「されたことを、何倍かにして返しただけだ」

「…まぁ、今日は俺たちが主役だ。あいつらを口惜しがらせてやろうぜ」

「顔も見れないくらいにな」

 二人して思わず吹き出した。何故か、緊張が解けた気がした。


 着々と進められていく進行に、壁際の隙間からホールを見ていた。ダンスタイムである今、お客達は、それぞれに楽しそうに踊っている。その中に、深沢が何人かの女性の手を取り、踊っている。多分、ウォーミングアップをしているに違いないが、踊ってもらっている女性たちは、本当に嬉しそうだ。そんな深沢から視線を逸らすと、トイレへと向っていく。トイレに入ろうとドアに触れた瞬間、問題は起こった。受付係の夏川が血相抱えて飛んできた。

「なつめさん!」

 思わず、男子トイレに入ろうとした自分を見られたことに内心焦ったが、様子が変だ。その顔は青くなり、どうしたらいいのか分からないと言った感じだ。

「どうかした?」

「急に帰りたいっていうお客さまがいて。先生は…?」

「ホールにいるけど」

 少しの間考えていた。

 時間を見れば、あと一〇分後には、深沢は次の演技の準備に入ってしまう。出来るならば、そっとしておいてやりたい。このまま黙って帰していいのか、それとも無理にでも引き止めていいのか。考えながらも、スッと受付へと歩き出した。やはり、そこでは、押したり引いたりの揉め事になっていた。なつめは夏川と共に、その輪の中へ入って行った。笑顔でお客である二人の女性の顔を見つめた。なつめに見つめられ、一瞬困ったように眉を寄せたが、

「すみませんが、もう帰りたいんです」

「何かありましたか?」

 出来るだけ優しく尋ねると、二人の女性は顔を見合わせた。溜息を吐きながら、小さく呟いた。

「こんなダンスパーティは初めてで、物凄く場違いな気がしてきて…。なにか、嫌で仕方がなくて。それに席を此所と変えてくれとか言われたり、それは嫌だと言ったら、文句ばかり言われて」

 なつめは眉間を寄せた。

 確かに、ダンスを趣味でしている人たちは、さぁ、踊りましょうと言われれば、誘われるままに踊る。ただ見ているだけのパーティじゃない。お客も一緒に楽しめるから、お客の方も、ドレスアップして、その時間を楽しむ。ただなんとなく誘われて、見に来ただけの人には、別世界と見え、居心地も悪いに決まっている。席も決まっているのだが、友人関係までは深沢もタッチしていないだろうから、適当に振り分けている。ずうずうしく席の交換なども、平気でやってしまうのだろうが、それは出来るだけ、両者合意の上でやってもらいたい。

「だから、もういいです」

 心細い心境が、なつめにも分かる気がした。でも──。

「お客様に、お願いがあります。折角、この貴重な時間を此処までおいで下さっていますし、どうかもう少しだけ帰るのを、待ってもらえないでしょうか」

「でも…」

 顔を見合わせる二人の女性に、これだけは伝えたい。

「せめて、深沢宗司の演技だけは、見て帰ってください。ダンスタイムは、別に踊ってくださいという強制ではないですし、ヘタな踊りを見て笑ってもいいわけです」

 スタッフや受付係の夏川と佐々木も笑っている。少し和んだ雰囲気になり、最後の駄目押しだとばかりに、言葉を繋ぐ。今日は一人でも多くの人に見て欲しい。

「どうか深沢と、私の演技を観て頂けないでしょうか?」

「えっ?」

 驚いた二人の女性の丸い目は、夏川を見る。可笑しそうに笑っていた夏川は、なつめを見ると、胸を張って紹介する。

「深沢先生のパートナーのナツメさんです」

「えっ!」

 二人の女性は顔を見合わせて、押し黙ってしまった。二人の目線が迷っているのが分かる。

「どうかお願いします」

 なつめが深く頭を下げると、女性の一人がなつめの手を掴んだ。

「席を代えてもらえますか?」

 嬉しそうに笑ったなつめは、勿論とばかりに承った。

「特別席へとご招待しますよ」

 二人の女性を連れて、当然踏んでも蹴ってもただじゃ起きない、あの女たちのテーブルへと連れていった。事情を話し、その中央にいる潤子に返事を求めると、彼女は笑って、席を開けてくれた。戸惑っていた二人のお客を、優しい微笑みで受け入れてくれる。なつめ自身、初めて会った潤子に対して、既に特別な信頼感を持っていることに気が付いた。

「………」

 そんななつめを壁際の隙間から見ていた深沢は、笑みを浮かべた。

 このパーティは成功する。断言出来る。いつになく安心感があった。ひとえに、なつめの存在が大きかった。

 先程、スタッフから事情を聞いた深沢は、急いで玄関先へと走った。曲がり角まで辿り着いた時、深呼吸をして立ち止まった深沢の耳に、なつめの声が聞こえてきた。

『せめて、深沢宗司の演技だけは、見て帰ってください』

 この言葉に出ていくことをやめた。自分よりもなつめの方がいいと思ったからだ。結果的に、なつめはお客の心を引き止めた。なつめは気付いていないが、教室の生徒もスタッフもみんなその存在を認めている。

 今までのパートナーならば、お客を引き止めることなど、ましてや、深沢のために頭を下げることなどはしなかっただろう。純粋に演技を見て欲しい。楽しんで欲しい。その思いが、絶対的な安心感として、深沢を落ち着かせた。

 すぐに着替えを終え、準備に取りかかると、お客は少しずつ自分の席に戻り始めた。その頃を見計らって、緊張の極限にいる隣の生徒を見る。

「さて、横田さん?準備はよろしいでしょうか?」

 頷くだけの緊張した趣に、笑顔でそっと答えてやる。

「大丈夫ですよ。俺にすべて任せてください」

 言葉と同時に、司会者に手をあげる。

 静まり始めた会場に、司会の声が響いていく。

「それでは、生徒さんによる演技へと入りたいと思います。まずは、深沢先生と横田一美さんによるワルツです。それでは、よろしくお願いします」

 ホールの中央に手を引いて立ち、滅多に見ることのない深沢の燕尾服に、会場から溜息が漏れる。一八〇センチの身長がより高く見え、珍しく前髪をサイドへ流している。それだけで、雰囲気が変わって見える。横田は、グリーンのスタンダード用ドレスで、裾の羽根が歩く毎に揺れている。光輝くライトに照らさせることに慣れている深沢は、穏やかに笑みを浮かべている。会場に流れ出したメロディーは、『ロミオとジュリエット』のテーマ曲である。

 深沢のホールドに、女性が重なり合う。舞台の影から、なつめは深沢のモダンの演技を初めて見ていた。あのドレスを着たいとは思わないが、踊りたいとは思った。

 スタジオのパーティは、先生と生徒の発表会のようなもので、この先生と踊れますよという、宣伝の意味合いも含まれている。自己申請であるため、誰でも出演出来るのが、それ相応の出演料は、払わなければならない。

 深沢はラテンだけではなく、スタンダードの演技指導を受けに、東京や大阪へと二、三か月に一度は行っている。新しい技術や技を得て、自分自身を高めていかなければならない。時代遅れは、ライバルらに鼻で笑われるのは当たり前。深沢自身もしてきたことだ。

 この演技発表は、深沢の力量が伺えられる。一番の見せ場は、なつめとの演技に全てをかけている。だからといって、その他の事について、手を抜いていいはずもなく、深沢の額を汗が流れていく。

「───」

 なつめは、食い入るように深沢を見つめていた。

 あんなに緊張していた生徒が、最後には満足気に笑って踊っている。気が付いたときには、歓声や拍手のまっ只中にいて、最高の笑顔を引き出していた。マジックだなと、内心笑っていた。

 今回のスタンダード部門は、ワルツとタンゴの二曲のみ。

 深沢は全身ビッショリの汗を流しながら、控室に入っていく。その後ろをついていきながら、なつめは見上げるほど、大きく見えるその背中を見つめていた。キチッとした燕尾服を脱ぐと、なかの白いシャツは、汗で体にべったりと貼り付いている。深沢自身、あまり着ることのないこの燕尾服に、うっとおしさを感じながら脱ぎ捨てる。濡れたタオルを投げて寄越したなつめに、

「どうだ?感想は…」

 意味深な流し目を向ける深沢に、興味もなくソッポを向いて、ソファに深く座った。

「まあ、認めるよ。あんたは凄いってことはな!」 

 まだ物足りないといった感じで、眉間に皺を寄せる。冷えた清涼飲料水を一気に飲み干すと、なつめの肩を抱き、楽しそうに笑っている。調子に乗るなと釘を刺しながらも、

「…もう、最高だよ」

「今頃分かったのか?半年も一緒に暮らしていて?」

 面白がっていたが、深沢が聞きたいのはそんな言葉ではない。そっと口調を変え、拗ねているなつめの横顔をみる。

「正直にいえよ」

「なにを」

「なつめ…」

「ったく!俺も、あんたと早く踊りたいって思った。踊っているときのあんたに惚れ直した。…どうしようもないくらいに」 

 遠い記憶が浮かび上がる。ある人の後ろ姿を思い出しながら、胸の高まる鼓動を感じた。

「バレエをやっていた頃、行き詰まったことがあった。その時偶然、出会った人に俺は憧れた。その広い背中を追い掛けながら、走ったのを思い出したよ」

 深沢は、クスッと微笑みを浮かべると、

「なんで走ったんだ?」

「荷物を運ばされたんだ」

「───」

 深沢は何か胸のあたりに、むず痒みのような、何かひっかかるものがあった。微かに記憶が遡ったが思い出さない。もうそれ以上は気にはしなかった。

「…で、俺に惚れたわけだ」

「あんた、危ないって」

「なぜ?おまえ、俺のこと好きだろう?」

「まあな」

「なら、いいじゃないか」

 嫌でも好きだと言わせようとしている。なつめはソッポを向くと、魔の手から逃げる。言わせられるのは嫌だ。

 いい感じだったのに、なつめの臍が曲がってしまった事に気付き、諦める。往生際が悪すぎる。素直に好きだと、本当に言うのか怪しくなってきた。

 なつめの頭を軽く叩くと、今は時間がない。大きな化粧箱を取り出した。上半身裸のままで、なつめの目の前に座り込む。腕を引っ張り、床の上に同じように座らせる。

「なに?」

「とりあえずは、おまえの化粧が最優先だ」

 深沢は何度もなつめの化粧をやってみたが、一度も納得した出来になった事がなかった。美容師を雇う事も考えたが、今のような女性の化粧だと、なつめ本来の美しさが隠れてしまうようで、嫌だった。だが、既に化粧をしたなつめの顔を見て、これを変化させるのは、至難の業のような気がして唸った。

 先程、夏川も同じように唸りながら難しい顔付で、化粧をしてくれていた。なつめはおもいっきり深い溜息を吐き出した。

「今のままじゃダメなのか」

「駄目だ」

「分かったけど、人前に出られるようにしてくれ」

「OK」

 顔を真剣に見つめ、眉間に皺を寄せている深沢に、

「本当に大丈夫なのか…」

「………」

 このまま化粧は諦めるかと思った時、部屋のドアが急にノックされる。

「誰だぁ?」

 邪魔されて、深沢は不機嫌な声を上げる。控えめにドアが開けられ、

「潤子です…」

 聞こえてきた声に、思わず驚きの目を開いて振り返った。まずいと思ったのか、深沢が立ち上がろうとすると、潤子はシッと指を立てて、部屋のなかへ入ってきた。

「女に化けるなら、奇麗に化けないと」

「潤子…」

「彼を見た時から、こんなことだろうと、予想はしていたわ」

 そっと深沢を押し退け、なつめの真正面に座ると、真剣な表情で見つめる。

「あら…。この子、女の化粧が地味なのね」

「そうなんだ…」

「宗司、化粧道具を全部持って来て…」

 壁際へと押しやられた深沢は、潤子の言われるまま動く。その深沢へと、意味深な目線を送ったなつめは、

「バレてる?」

「完敗ってヤツ…」

 深沢の言葉に、潤子はクスクスッ笑った。

「私は結婚する前は、スターシティっていう有名な高級クラブで、働いていたくらいだから、化粧は上手いわよ」

「クラブですか?」

「そう、あなたの想像通りのクラブよ。あの頃の私を知っているのは、宗司と雛元くらいかしら」

「えっ」

 深沢がクラブ通いをしていたことが、不思議に思える。

「スターシティでのお客は、宗司と雛元だけ」 

 そのクラブは、一流を売りにしていた。店は、ワンルームに僅かか数名のお客のみ。お客同士が顔を合わせることは決してない。最高のスティタスを味わうために、それぞれの分野で磨かれた女が、それのみを売りとする。雛元のように、潤子のみを貸し切り、一日何百万のお金を、平然と支払っているお客もいた。実際、潤子はお店に出ることよりも、雛元の側にいる方が多かった。

「雛元に出会ってしまったんだから、仕方がないわね」

「どうして、そんなことを俺に?」

 もしかしたら、誰かに話をするかも知れない可能性だってある。

「あなたが、先程私を頼ってきたのと同じよ。今日出会ったのに、信頼出来るって思うのは、宗司の味方だからかしら」

「味方?」

「そうでしょう?…それで衣装は?」

 潤子の問いかけに、深沢はハンガーに掛かった二つのドレスを出した。

 サンバとチャチャチャの衣装は、ネックホルダーに大輪の花がついており、背中は大きく開いている。胸から腰まで、鮮やかな黄色のグラテーションとゴールドの長いフリンジが大きく揺れ動く。ダークブラウンの金の刺繍が入ったシースルーのパンツは、なつめの長い足を強調したものだ。ルンバの衣装は、赤紫色に細かな銀の刺繡が施されている。右腕だけが長袖のシースルーの手袋となっており、そのまま繋がっているパンツは、右足が一分丈、左足は十分丈で深いサイドスリットが入っている。アシンメトリーな個性的なデザインだ。腰に巻きつく真っ白な長いファーを見たなつめは、シッポがついていると言って、とても喜んでいた。

「宗司の見立て?」

「まあ、大体は。あいつに相談はしたが…」

「よく相談に乗ったわね…。今日は?」

「高熱でダウン…」

「そう…。でも、いい衣装だわ。とても良く似合っている」

 ドレスに合わせたアイシャドーと、表情がはっきりするようにアイラインを入れる。ホワイトで修正を入れながら、キリッとした顔立ちに仕上げていく。深沢は笑みを浮かべながら、その様子を眺めている。

「さすが…」

 出来上がった顔をしみじみと見つめる。なつめの顔立ちの美しさに、納得の溜息を吐き出した。化粧映えしたなつめの顔を眺めていた潤子は、満足げに笑みを浮かべる。

「我ながら、いい出来だわ」

「俺だったら、こうはいかないな」

 口紅を塗られていない状態で、なつめは鏡で自分の顔をみた。

「………」

 こんな化粧をすると、母親にそっくりだと内心苦笑いを浮かべた。妙に化粧映えしている自分にがっくりした。

 深沢に渡された黄色の衣装を貰い、一応壁に向かって、服を脱ぎ捨てた。黒のTバック一枚になると、シースルーのパンツを履いた。長い足にピッタリと張り付くが、伸びのいい素材の為、一八〇度開脚しても、肌にそった感じで違和感はない。

 その体を遠慮もなく、目を逸らすことなく見つめていた潤子は、

「なんて、素敵な体なの」

「だろう?」

 深沢の得意げな視線に、潤子は目を丸くして笑う。

「別に、あなたのモノではないでしょう?」

「俺が惚れた体だ」

 なつめは振り返り、深沢を見つめ小さく笑う。

「体だけが、目当てのくせに」

「決まっている。俺は、おまえの顔と体が好きなんだ」

 そんな二人を可笑しそうに見つめ、順子は抑えきれずに吹き出して笑った。

「変な人たちね」

 なつめは上半身の衣装を着ると、深沢がネックホルダーの留め金を止める。背中のゴム紐を交差して腰へと回して止める。なつめの動きが激しい為、幾重にも確認と調整が必要だった。意外にもこの衣装は重く、フリンジの動きでバランスも持っていかれる。なつめは練習の時、何度かタイミングを外した時があった。

「大丈夫そうか?」

「うん」

 なつめは足を高くあげると、深沢は、その足を片手で持ったまま、前後を覗いて確認する。クルッと二回転ほど回ると、フリンジが音を立てて揺れる。このフリンジが胸からお尻の下まで長さがあるので、女性特有の体のラインはほぼ修正なく、クリアした。

「大丈夫だな。男だって、俺でも確証出来ない」

「えぇ、女の私の目から見てもね。でも…」 

 濁した潤子の言葉に、深沢は苦笑いを浮かべた。

「一人いるんだよな。見破る奴が…。一体誰が呼んだ、あいつを?」

「誰…?」

 どうせ分かるからいいかと、諦めの溜息を吐いた。

平賀誠一ひらがせいいちっていってな」

「奇麗な男に目がないっていうのかしら?」

「いわゆる、ゲイ?」

「宗司もお目に止まった頃があったわよね」

 驚いて深沢を見つめる。

「やめてくれ!昔の事だろうが…」

 なつめは天を仰ぐと、大きな溜息が三つ呟かれる。

「なつめ、口説かれるなよ」

「任せとけ」

 絶対に心配だとばかりに、深沢は顔を顰めた。


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