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「それって、付き合ってる意味あんの?」


 女友達に言われた言葉に反論しようとして、僕は自らの記憶を思い起こす。既に僕は成人を済ませ、大学生としての日常を謳歌していた。


「いや、ずっと一緒にいるし、僕はまだ好きだし……」

「それ、本当に好きなの?」


 夕方過ぎのカラオケボックス。フリータイムで歌い疲れた僕は、相手の言葉から露骨に目を逸らす。


「君のそれはさぁ、愛というよりは崇拝なんだよ。話聞いてる限り、相手の子はめっちゃ塩対応だよ?」

「でも、ちゃんと構ってくれるし……」

「うちに言わせると、君のそれは“呪い”だよ。その子のためにもならない。他の恋を探したほうがいいと思う」


 手厳しいな。僕はそう思いながら、亜貴ちゃんとやり直してからの3年間を思い返す。

 あれから僕たちの関係は何も変わらず、僕は派手なアプローチをするのをやめた。僕の好意を受け入れるような女性が、あの日の元カノのように突如として音信不通になるのが怖かったのだ。それに、亜貴ちゃんに対する罪悪感がまだ癒えることはなかった。

 彼女の成人を境に、亜貴ちゃんは僕のことを周囲に“彼氏”として紹介するようになった。それまでは僕と付き合っていることすら内緒にしていたようで、それが恐らく彼女なりの“責任”だったのだろう。

 彼女の僕への呼び方が変わっても、関係性は何も変わらない。長い付き合いは関係を固定させ、錆び付かせてしまった。


「何年付き合ってるんだっけ?」

「……5年くらい」

「5年でキスすらしてないのは、もう無理だって。諦めなよ」


 崇拝。

 僕が亜貴ちゃんに抱く感情は、恋慕ではなかったのだろうか? 彼女の方を向いていれば気が楽で、彼女に従っていれば幸せだった。それが初恋の産んだ呪いなら、僕はどうしようもなく強い呪詛を浴びている。あの日の眩しい思い出が、僕の脚を止めて動かせないようにしている。


 大学生になると同時に街の外へ頻繁に出るようになり、自発的に移動する機会も増えた。あの日の憧れさえも追い越し、田舎の景色を眺める時間も徐々に減っていく。もう子供では居られない、心がそう告げている。

 ヒトが大人になるのは、何かを受け容れた時なのかもしれない。動かない脚へのコンプレックスは自分の中で少しずつ収まっていたが、それでも未だに「亜貴ちゃん以外に愛されるのか」という不安が顕在化して残っている。それでも前に進むしかない。歩くようなスピードでも、停滞してはいけない。

 わかっている。雁字搦めになった自分は滑稽で、同じところをぐるぐると回り続けている。それでも。それでも。自己暗示めいて何度も繰り返し、僕はひとつの結論を出した。


 亜貴ちゃんの返事はひどく単純で、思わず拍子抜けした。


『やっと解放されたわ! もう帰ってくるなよ?』


 僕のこと捨て犬だと思ってた?

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