01-04
「部室着いた!うわ、あっつ!」
端末からヒカリの声が響く。
「どしたー? 大丈夫かー?」
乾麺の袋から一食分のうどんの束を取り出しながら問いかける。
「大丈夫!この部屋エアコンないからさ、すっごく蒸し暑くなってた。窓開けなきゃ。ゆでダコになっちゃうよ」
どうやら部室が思ったよりも暑かったらしい。
バタバタとした足音が聞こえる。部屋中の窓という窓を開けようとしているようだ。
鍋のお湯が沸いた。
手に持っていた乾麺の束を鍋の中に沈める。
徐々に柔らかくなっていく様をぼーっと眺める。
「ふぃー! 窓を開けると風が入ってきて気持ちいいね、温いけど!」
「そっちも今日は暑いんだな」
「うん、そろそろ梅雨に入りそうってニュースでやってたんだけどね。今日はそれが嘘みたいな晴れ間」
「……そうか、そういえばそっちには梅雨があったな」
基本的に、電脳空間は物理空間をそっくりそのまま仮想的に移行しているが、唯一、気候や自然環境だけは、地球温暖化の影響が顕在化する直前の地球をベースにモデル化されているそうだ。
つまり電脳空間は地球温暖化問題だけがリセットされた地球だ。
――ちゃっかりしてると思う。小賢しさすら覚える。
自身に都合のよい用に周囲の環境を変えるのは人類の得意技であり悪癖でもあるが、まさにここに極まれり、だ。
鍋の中で泳ぐ麺を箸で持ち上げてみる。
そろそろ頃合いのようだ。
ザルに麺をあけて、水で締める。
大きめのお椀にうどんを盛り、刻み海苔と揚げ玉を振りかけて、麺つゆをサッとかける。
シンプルイズベスト。これでいい。これがいい。
「お待たせ、飯できたわ」
「はーい、じゃあ食べよう! 今日のご飯はなに?」
「安定と信頼のシンプルうどん」
「またそれ? 2日くらい前もそれ食べてなかった?」
「定番メニューと言ってくれ。ヒカリの弁当は?」
「今日はサンドイッチ弁当なのだ! どう? 彩りが良いでしょう?」
「ほんとだ、良くそんなにキレイに作れるな」
「へへーん、すごいでしょ! ん、味もグッドだ」
ヒカリはえっへんと言わんばかりに無い胸を張っている。……失礼。
肩にかかる程度の長さの茶髪に鮮やかなネイル、ほんの少し濃い目のメイクと、華やかな出で立ちを好むヒカリは、一見家事などは不得意そうに見えるが、このお弁当が示すように料理の腕はそこそこのものだ。
スタイル含めた容姿は悪くなく、むしろ良い方なので、華麗な装いと料理上手な一面と、そしてダメ押しでこの朗らかな性格とが相まって、男性からの人気は高い。
良く男子学生から彼氏の有無とか連絡先を教えろと頼まれる。
ヒカリがそういうのを苦手としていることを知っているから、毎度やんわりと断っている。
だから人気の割に男の影は全く見えない。
それこそ俺を除いて。
だから偶に付き合ってるのかと聞かれる。
ただの幼なじみなだけなんだけどな。
けどもし幼なじみじゃなければ、俺だってきっとその他大勢の男と変わらない。
ヒカリとここまで近い存在にはなっていなかっただろう。
それこそサークルを二人で立ち上げるほどには。
うどんをすすりながらヒカリに話しかけた。
「……で、今日はサークルの活動日って息巻いてたが、なんか予定でもあるのか?」
どうせないだろうと内心思いながら聞いた。
我らがサークル。その名は「手助けクラブ」。
――ほらそこ、ダッサイ名前とか言わない。
悩める学生の相談にのり、願いがあれば叶えられるよう手伝う。つまり、人助けをするサークルだ。
メンバーはヒカリと俺の2人だけ。
最後にクライアントが来たのはいつのことやら。
閑古鳥が常連だ。
今日も客人の来ないだらりとした午後を過ごすことになるだろうと高を括っていたが、聞こえてきた回答は予想を裏切るものだった。
「ふふふ。それがあるのだよ。来客予定。」
「……は? マジ?」
うどんが変なところに入りそうになった。
むせかけるのを無理矢理押さえ込む。
「マジマジ。手伝ってほしいことがあるんだって。そろそろ来る頃だと思うけどなぁ」
「マジかよ、だったらゆっくり飯食ってる場合じゃねーじゃんか」
「それな!」
「いや、それな、じゃねぇのよ。急いで食べなきゃ」
「えー! せっかくキレイに作れたお弁当だから味わって食べたいよぅ! 食べながらお話したらだめかなぁ」
「良いわけねーだろ! どこの世界にモグモグしながら顧客対応するヤツがいるんだ!」
人並み外れたマイペースさに辟易しながら、頬を膨らますヒカリを急かす。
――コンコン。
ドアからノックの音がする。
……うわぁ、もう来ちゃったよ。
ヒカリは相変わらず食べ続けている。まだ半分も食べ終わってない。
ここで食べるのやめさせたら怒るだろうなぁ……。
まぁ、もう良いか。変に取り繕っても仕方がない気がしてきた。
ありのまま、Let it go.
かなり昔のアニメかなんかにそんなのあったな。
「どうぞー」
ドアの向こうの人物に声をかける。
いつまでも待たせるわけにはいかない。
ひと呼吸の間を置いて、ドアがキィと鳴る。
今回のクライアントの姿がゆっくりと顕になる。
「…………は?」
思わず口から声が漏れた。
そこには恐ろしいほどの美人がいた。
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