狼を食べた赤ずきん

小田牧央

 教室は朽ちかけていた。すべての窓は夜の闇に塗りつぶされている。明かりは足元にあるランタンの形をしたLEDライトのみ。かすかに黴と埃の匂いが漂う。終わりのときが訪れるのを木造校舎は無言で待ち続けている。

 暗い教室に二つの椅子がある。座面と背もたれだけ木製の板を鉄パイプにネジ留めした簡素な椅子だ。若い女と少女が向かいあって座っていた。

 春洲菜々歌はるす ななかは深く息を吸った。心を落ち着けると、ゲームの始まりとなる問いを発した。

史郎しろうさんは誰かに殺されたの?」

 灰月薬子はいづき くすこは頷いた。イエスということだ。深紅のケープコートを羽織った少女は、半ば瞼を閉じて夢うつつの表情を浮かべている。

「事故でも自殺でもない」

 ――イエス。

「るららテラスにいる誰かが犯人だよね」

 ――イエス。

 よし、と菜々歌は頷いた。ここまで来れば後は簡単だ。一人ずつ名前を挙げて確かめればいい。誰からにしよう。やっぱり男の人のほうが怪しいか。

「犯人は、大門敬次だいもん けいじさんである」

 少女は首を左右にふった。ノーということだ。

「犯人は越木飛雄ごしき とびおさん」

 ――ノー。

「それじゃあ、鎌ヶ家雪乃かまがや ゆきのさん?」

 ――ノー。

 菜々歌はとまどった。もう犯人になりそうな人がいない。

「まさか千香ちかさん?」

 長雨の影響による川の増水で橋が水没している。事件発生当時、千香はここへ帰れなくなっていた。凄いアリバイトリックでも使ったんだろうか。頭が良さそうだし、ミステリードラマに登場する犯人みたいなことを本当にしたのかもしれない。

 薬子は首を左右にふった。ノーということだ。足元にあるランプから斜め上に照らされているせいか、まだ中学生とは思えない妖しい笑みが一瞬浮かんだように菜々歌は感じた。

「そんなわけないと思うけど……薬子ちゃんが?」

 ――ノー。

 どういうことか理解できず、菜々歌は混乱した。これでもう全員確かめた。この山中のシェアハウスでは五人が共同生活を送っていた。一人ずつ名前を挙げて確かめた。他に見知らぬ者がいるはずもない。それなのに五人全員が犯人ではないという。

(ひょっとして)

 ふくらんだ風船に針を突き刺したように、混乱が一気に萎んだ。

 なんだ、そんなことか。こんな小さな女の子が不思議な力で真相を知るなんて現実に起こるわけがない。本当かどうかじゃなくて、この子がどんな推理をしたかが大事なんだ。

「はいはい、そういうことね」

 菜々歌は胸を張った。私は海亀うみき史郎を殺していない。私が犯人ではないことを私は誰よりもよく知っている。でも、この可愛らしい少女がなにか勘違いしてしまうのはありえる話だ。

「犯人はこの私、春洲菜々歌なんでしょ」

 薬子は首を左右にふった。眉の上で切り揃えられた前髪が左右に揺れた。

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