第15話 ドクン、ドクン、ドクン……

(芹葉)『じょ、冗談なら怒りますよ、その……本気ですか? 怒らないから教えて欲しいです。嫌いになんて……なれません』


 ドクン、ドクン、ドクン……


 心臓の高鳴りが収まらない。芹葉は言ってしまった後悔より、夕市の中でどう思われているか、どんな立ち位置か知らずにはいれなかった。


 立ち位置を知ったところで、芹葉の気持ちが変わる事はない。


 だけど……だからこそ知りたい。


 ドクン、ドクン、ドクン……


 芹葉は普段からお風呂はぬるま湯だ。ぬるま湯なのに顔が真っ赤なのはのぼせているワケじゃなく……いや、別の意味でのぼせてる。夕市にのぼせていた。


 ちぃろん♪


(夕市)『ごめん、見たいです』


 芹葉は風呂に入ったまま、倒れそうになった。これ以上のぼせないように慌てて湯船に水を足した。でも、実際は体の方はのぼせてない。のぼせているのは頭と気持ちだ。


(見たいんだ……私、変だよ。見たいんだ、私のこと。嬉しい、すごくうれしい……私ってエッチな娘だったんだ、知らなかった)


(芹葉)『もう……謝んないで。ユウちゃん、お部屋ですか? カギ閉めてますか?』


(私なに確かめてるんだろ……本気なの? ここで「なんちゃって」なんか言ったら怒るかなぁ……違うか、そんな事、全然言いたくない。だって、ユウちゃんは私のだし!)


(夕市)『えっと、部屋です。カギは閉めました。電気も消そうか?』


 ドクン、ドクン、ドクン……


 ユウちゃんの心臓の音も聞こえてきそうだ……どうしたんだろ? 私、なんかすごい事しようとしてるのに、満たされてる……もう、なんでもっと早く素直になれなかったの……もっと早く気持ちを認めていたら、ユウちゃんに好きだと言えていれば……


 その時、芹葉の脳裏に藍華の映像が映った。テレビや雑誌でしか見たことなかった藍華が、夕市に笑いかけ、夕市の体に腕を回し……それから……唇を……


 嫌だ……そんなの嫌……


(芹葉)『電気はつけてて。その……カーテンとか閉めて欲しい』


(夕市)『カーテンは閉めてるよ。電気も大丈夫、つけたから』


 芹葉は湯船を上がり、脱衣所を確認した。芹葉が入浴中は誰も脱衣所には近寄らない。でも、一応確認した。確認しないといけない程の事をしようとしていた。


 脱衣所にはさっきまで身に着けていた下着。それからバスタオル。芹葉は下着を洗濯機に入れ、体をバスタオルで巻いた。


 バスタオルの下は何もつけてない。鏡を見て髪を巻いていたタオルを整える。


 用心のため、脱衣所に誰か入って来たらわかるように、ほうきを立てかけた。扉を開けたら倒れて音がするように。


 しっかりと胸元で巻かれたバスタオルを確認して浴室に戻った。


 □□□

 30分前。山上家。


 夕市の部屋。両親はまだ帰宅していない。顔を合わせるのが苦手なので、帰宅後早々にシャワーを浴びた。


 シャワーを浴びて自室に戻ろうとした時、彼の母親から『まいん』でメッセージが届いた。


『お菓子を作らないとなの。バターと卵を買っておいて』


 そんなメッセージ。

 母方の実家は事業をしていて、母は実家の事業に携わっていた。彼の母は度々海外からの来客者に、手作りのお菓子で歓迎した。今回もその関係だろう。


 シャワーを浴びて近所のコンビニに自転車で向かい、必要なものを買い、いつものように帰宅の報告を芹葉にする。心配してくれてるのは彼には伝わっていた。


(あんな事言っちゃった。どうかしてる、僕は)


 恭司は夕市が夏目は読んでないからと、即否定したが、夕市は読んでいた。そして『アイラブユー』の意味を含めて『月がきれいなんで』と言った。


(本当に何がしたいんだ、僕は。親友の妹への気持ちは、断ち切ったハズじゃないか。それに……瀬戸さんまで巻き込んで……降旗さんだって……)


 僕の頭はどうかしてしまったのか?


 ちぃろん♪


 諦めていた気持ちの歯車が思いもよらない方向に巡り出した。


 □□□

 戸ヶ崎家浴室。


(芹葉)『ユウちゃん、こういうの男子からしてくれませんか?』


(夕市)『こういうのって……ごめん、僕ビデオ通話したことなくって……少し待って……』


 ドクン、ドクン、ドクン……


 どうしよ、強がってるけど、心臓が止まりそうなくらいドキドキしてる……私、誘惑してる……幼馴染の1つ年上の男子を。


 好きだけど、言えないままでいて、誰かに取られそうになったら、誘惑するなんて……卑怯。


 でも……いい。あとで泣くのは嫌だ。


 ちぃろん♪ ちぃろん♪ ちぃろん♪ ちぃろん♪


 単調な呼び出し音が浴室に響く。その音でさえ芹葉の心臓の音をかき消せないかも。それくらい芹葉の胸は高鳴り、高ぶった。


『もしもし……』


『あっ、僕です。その……ビデオ通話やっぱりわかんなくて……』


『えっと、スマホの画面の右上にビデオカメラのマーク押してみて』


『これかな……あっ……』


『ふふっ”あっ”って何です”あっ”って(笑)』


『いや、その……ホントにお風呂だから……』


『言ったじゃないですか、お風呂って。信用ないのかなぁ……私。仕方ないよね、日頃の行いってヤツだから……』


『別にそう言うんじゃなくて』


『じゃあ、どういうの?』


『女子が……その、芹葉ちゃんがいるお風呂だから……ドキドキしたって言うか』


『ド、ドキドキした?』


『うん、してる……』


 お互いが持つスマホの手が震える。その震えが相手に伝わりそうな程、震えた。







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