第4話 屋上で途方に暮れる。

「な、なんか緊張しちゃった!」


 緊張してることを誤魔化すでもなく藍華は話す。肩をすくめておどけた表情。こんな表情は、彼女が出てるスポーツドリンクのCМでしか夕市は見たことがない。

 同じクラスだけど住む世界の違う女子。


 目で追うのも憚られるほどの圧倒的存在感、それが瀬戸藍華だったはず。


 だけど、どういう事か星奈に送ったはずの恋文が、なぜか藍華に届き、なぜか夕市が藍華に告白してる感じになっていて、更にその人違いの告白劇が学園のトップカーストの頂点に立つ藍華のОKでハッピーエンドに進みつつある。


「そ、そうだね……」


 だから下手な相づちしか打てない。これはあくまで勘違いの成せる業。

 藍華に勘違いさせた夕市の手のひらは緊張と焦りから汗でびっしょり。更に背中を嫌な汗が流れる。


(ど、どうする⁉ 恋文間違って送ったなんて言える空気じゃない。ましてや恭司が代筆したなんて言えないし、なんで僕なんか相手にОKなんだ⁉)


 間違って送った恋文がなんと岬沢学園トップカーストの頂点に立つ、天才子役出身の瀬戸藍華を射止めるなんて有り得ない結果を出してしまった。


(それくらい恭司の恋文の出来が、最高だったってことか)


 フツメンで成績、運動神経普通な夕市。自己評価もそこそこ。自信のなさから前髪で目を隠すような男子だ。間違っても自分が藍華に気に入られたなんて考えてない。


 いや、藍華の仕草を目の当たりにしても、告白が成功したことが信じられないでいた。これを告白と呼ぶかは別として。


 1番夕市の中で可能性のある説が『どっきり』かもだった。考えてみれば藍華は昔ほど露出がないとはいえ、芸能人。


 学業優先でCМやモデル活動に留まっているが、天才子役として一時代を築いた女子なのだ、夕市の立場になれば『どっきり』と考えてしまうのも無理はない。


 そんないくつもの心の葛藤と戦っているとは知らない藍華は、更に夕市を動揺させた。


「あのね、ここなんだけど」


 藍華はいつの間にか、間違って受け取った恋文を手に夕市の隣に引っ付く勢いで近づいた。


「ここね、どういう意味かなぁって『風に揺れる君の肩までの髪が』ってトコ。ほら私長いでしょ、髪。どういう意味なんだろって。会ったら聞きたいなぁって」


 それはたぶん代筆を頼んだ恭司が、星奈をイメージしたからに他ならない。彼女は肩に掛からないくらいのボブカットだから。


 しかし、ここでそれを言えるだろうか? 告白のために用意した恋文は、文芸部の恭司が書いたもので、その恭司が何らかの事情で星奈ではなく、藍華に恋文を渡して……


 アイツ、くつ箱間違えたなぁ……


 この空気で星奈当てなんだって言える勇気が夕市にはない。自分の、フツメンで平均点をやや下回るスペックの彼からの告白を受け入れてくれた藍華に対して出来ることは、取り繕うことだけだった。


「えっと、それはそう……イメージ? その、瀬戸さん髪長いけど短くても似合いそうだなぁって。ごめん、混乱させちゃって」


「なんだ、そういうことか……納得、納得。いや、一瞬自分じゃないのかもなんて考えてたの、よかった~~ってことね、フムフム……」


 もしここで「そうなんだ、ごめん。間違いなんだ、実は降旗さんに渡すつもりだったんだ、なんか手違いで本当にごめん」なんて言えたら、まだ笑い話で終わっていたかも知れない。


 でも、そうはならなかった。夕市にその勇気がなかった。


 異性に対して臨機応変な対処なんて神スキル、平均点男子夕市にあるわけがない。だから、いっぱいいっぱいな夕市は後半の藍華の言葉を聞き逃した。


 ただ、夕市の付きまとう後ろめたさと対照的に、夕市の言葉に安堵した藍華の表情は柔らかくなっていた。


「それじゃまた明日ね、山家君。その明日会うときは彼氏彼女なんだよね?」


 小さく手を振り藍華は校舎の屋上を去った。それを確認して、頭を掻きながら恭司がばつの悪そうな顔して現れた。


「スマン、どうやら降旗さんと瀬戸さんのくつ箱間違えたみたいだ。言い訳になるんだが先客があって。その、恋文の」


「降旗さん宛ての恋文が瀬戸さんのくつ箱にあったんだ」


「まことに申し訳ない。靴の見える所に名前書いてなかったし、さすがの俺も女子の靴を握りしめて確認までは出来なかった」

「まぁ、仕方ない。お前をくつフェチ野郎にする訳にもいかんし」


 夕市は溜息と共に恭司を許した。そもそも岬沢学園のくつ箱には名前の表記がなく、番号が振り当てられているだけ。

 しかもその番号は出席番号とは関係がなかった。だから間違うのも無理はない。


 誰が何番を使っているなんて普通知らない。


 それに、くつ箱に降旗星奈宛ての恋文があれば、疑う余地なく飛びつくだろう。


「それで夕市、どうするんだ」

「どうするって?」

「瀬戸さんに与えた誤解と、降旗さんへの告白。このまま瀬戸さんと付き合うのもありなんじゃないか、これも縁だろ?」

「縁か……」


 そう呟いたものの、夕市はすぐに首を振った。そんなワケにはいかないだろう、ただでさえ咄嗟の事とはいえ間違いを訂正しないで、取り繕うような嘘をついたのだ。さっき見た藍華のうれしそうな姿に、彼は嘘で答えたくはない。


 恭司には『真面目か』と呆れられたが、残念ながら夕市はそういう性格だし、いいところでもある


「じゃあ、瀬戸さんに謝って降旗さんに再チャレンジってことだよな?」


 夕市は言葉なく首を振った。今はそんな気には到底なれなかった。


 □□□


 駅のホームで電車を待つ藍華は、スマホで芸能事務所のマネージャーに連絡を取っている最中だった。


『そのイメチェンしたいというか……どうですか? ダメですか? えっ、いい? ありがとうございます!』


 向かいのホームを通過する電車に藍華の長い髪が揺れた。


 取り繕ったウソがほんの少し絡まってしまいそうだ。そんな予感がした。












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