第6話 霞が関

 そう、俺はこの経験生かして、霞が関の官僚ではなく、一般職員やパートの集まるところで情報収集をした。今回は勧誘だから応じなければ良いだけだが、結果が評価されるとなれば強引な手段がとられる可能性もある。    

 恐らく、候補者選定指針も霞が関から出されるだろうから、俺が該当しないように、そして万が一候補に挙がっても逃げ切れるようにしなければならない。今回は政府相手だから、怪文章は自分の首を絞めることになるかもしれない。マスコミへのリークも相手にされないだろう。今回得た情報から若手官僚が良く行くもつ煮込みの店に、学生時代の友人を誘うことにした。官僚と言っても、若手であれば普段は庶民的な店に行っているようだ。ちょうどいい具合にカウンターにいる目的の男の真後ろのテーブル席に座れた。

「久しぶりじゃないか。こんな状況でも、飲みに誘うとはお気楽だな」

「そう言って、来るお前もお気楽じゃないか」

しばらくは四方山話をしながら、もつ煮と酒を楽しんだ。友人はお酒が入ると少々声が大きくなるのが欠点だが、今回はそれを活用させてもらった。

「実は、会社からリストラされそうなんだ」

「お前も会社選びが下手だね。行くとこ行くとこでリストラしてんじゃん」

「ああ、なんだかな。それでお前のとこも前に大きなリストラしたんだよな」

「最悪だったよ。俺は候補に挙がらなかったけど、達成不可能なPIP(業績改善計画)押し付けて、四六時中、成果報告と言う名の退職強要。元々無理なPIP立てさせて、仕事する時間も与えないって、傍から見ても腸が煮えくり返るほどむかついたよ。結局、自殺者まで出て、裁判沙汰。担当役員が各担当に辞めさせた人数で査定評価してノルマ達成しないとその担当がリストラ候補になるとか言ってたのも問題視されて、担当役員は解任された上裁判で膨大な慰謝料請求されているらしい。 

 担当者のやり方が悪かったんだろうけど、それを煽ったのはこいつだから、しかも、元々リストラの必要も無かったんだよな。それを強引に進めたから、外資に安く売るために規模を小さくしようとしたのかとか疑われて、背任行為でも調査されたらしい」

「そうだよな、人参ぶら下げるだけじゃ駄目だよな。担当が暴走しないようにするのも上の役目だし、当然責任も取らされ手当たり前だ」

「ああ、それで会社の評判は一時的に落ちたが、いろいろな問題点も明るみに出て、今じゃかなりのホワイト企業だよ」

「羨ましいことだ、そういえば、Yのところも、最近リストラやるとか言って無かったか」

「ああ、結局、中止になったらしいぞ。Yも候補に挙がっていたからな。該当候補者の選び方がおかしいって、労働組合が大騒ぎしてさ。あいつのところは、資産運用に失敗したのに、工場を中心にリストラを勧めていて、本社は該当者なし。しかも、本人の能力とか関係なしに、独身者狙い撃ちにしたりとか。Yじゃないが、候補者の一人が社内サークルで労働組合幹部に愚痴を言ったら、リストラを快く思って無かったから、組合上げての会社と戦いをしたらしいよ。昭和みたいだけど」

「すごいね」

「お前も色々とやってんじゃん。そのコネで何とかならないの」

「いやいや、海の清掃とかボランティとかやってるけど、社内サークルとかじゃないし」

「大変だな。新しい所見つけるか、とことん粘って、最後は会社訴えるか」

「そう簡単にはいかないよ。まあ、しがみつきますよ。酷いやり方されたらそれなりの対応するしかないな」

「まあ、お前も運が良いから、なんとかなるんじゃないの」

「そうだな、まあ今日は楽しもう」

 後ろ姿しか見えないが、恐らく十分聞こえていただろう。と言うか、酒を飲む手も止めて聞いていたようだ。彼らから情報を得ることは困難だが、情報を入れることは出来なくもない。これだけの情報を与えれば、優秀な彼らのことだから、いい方向(俺にとってだが)に進めてくれるだろう。 

 しばらくして、退場勧誘が始まったが、幸い、俺は勧誘されることも無かった。参加するボランティアの主催が政府の重鎮であったことが効果があったのか、対象自体が大きく広がったことが功を奏したのか分からないが。いずれにしても強引な行動が規制されたせいで、骨抜きな勧誘活動になりごく僅かな人しか合意することはなかった。主導した官僚は責任を取って環境保護活動に従事することになったらしい。 

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