いたってまともな悪役貴族

八咫

序章

第1話 転生

転生とは何だろうか。

輪廻転生とはよく言うが、それとはまた違うのかも知れない。


気がつくと俺の体は変化していた。鏡に映る顔は艶のある銀色の髪の毛をした美形である。

比喩でもなく言葉通りに変わっていたのだと、数秒経って脳、いや心が受け入れた。


この体に向けて発せられる名前、辺りの装飾、窓から流れてくる匂いからここがゲームの世界ということを物語っていた。

いや、目の前に写るこの顔こそがここがゲーム世界であることの何よりの証明である


人間、自身のキャパを超えるような大きなことが起きると逆に落ち着くらしい。

呆然とするが起こってしまった事象は取り消す事ができないと心を落ち着かせる。


よく思い返すとそもそも前世の記憶も曖昧だ。




この体の主、クリフォト.ナハトはゲーム内では悪役として存在していた。


敵ながらも騎士道精神を持ち合わせており、主人公と対等の立場の敵として君臨していた。


そのカッコ良さから、多くのファンもいたはずだ。

だが、前世の俺はこのキャラのことを好きにはなれなかったらしい。敵なのだから悪役貴族を貫き通せと文句を言っていた記憶がある。


こうしてゲームの世界に転生したのだから前世の俺の思いを汲み取っても良いだろう。どうせやることもない、今世ではより悪役らしく生きるとするか……。


目標を決めると立ち直りが速いらしい。それとこの体には18歳までに蓄えた知識や経験もちゃんと入っているな。


西陽暦3056と言うカレンダーから今のクリフォトの年齢は18だとわかる。丁度父が戦争で死に、家督争いが起こる頃か……。

兄弟仲は悪くなかったはずだが、どういうことだ?


「クリフォト様。ご朝食の準備が整いました。」


そう言って静かにドアを開けて入ってきたのは、俺の執事である。

クリフォト公爵家の傘下にある辺境伯の次男だったはずだ。確か名前は……。


「すぐに行くと伝えておいてくれ。」

「ハッ」


綺麗なお辞儀をしながら執事が去っていこうとしたので、慌てて今日の予定を聞く。


「イシェル。今日の予定は?」

「通常通り、剣術に関する訓練が午前中にあります。他に予定は無かったはずです。」


ふむ。では、結構時間があるな。

この時期は少し怪しいし、対策を打っておくか。


「分かった。ならば午後にお前直属の配下を数名集めておけ。きな臭い動きがあるかもしれん。父が死んで隙を窺うハイエナどもにも気をつけろよ。」

「承知しました。」


もう一度、礼をしてイシェルが去った。


ベルヴァ・イシェル。


クリフォトの側近として暗殺部隊を指揮し主人公を苦しめた人物だ。

相当頭も切れるため、この人生において相当なカードとなることは間違い無いだろう。

簡単に身なりを整え、朝食の席へ向かった。


今、クリフォト家に住んでいる家族は3名しかいない。


母は父が戦争で死んだのを聞くと全ての処理を終えてから自決してしまった。

今は弟と妹だけが存在する。叔母も死んでいたはずだ。

いや、従兄弟は生きていたな。1歳だから関係ないだろうが……。


この体に刻まれた記憶を読み解くと他派閥に一定数血縁がいる事がわかった。しかし、彼らと協力できることはまず無いだろう。何なら敵対してくる可能性もあるな。何世代も前の血縁などまったく当てにならん。


「お兄様、おはようございます。良い朝ですね。」

「そうだな、快晴だ。」


嬉しそうな顔で朝の挨拶をしてくるのは俺の弟だ。正直、疑っていた俺が醜く思えるほどの曇りない笑顔だが、俺はその下に隠れている冷酷な顔を知っている。


王国の汚れた側面を受け持つ我が派閥は暗殺面に非常に長けている。弟も例外ではない、齢15ながら数々の殺しをしてきた暗殺者である。


妹は8歳であり、まだこの家の役割などは聞かされていないはずだ。他の8歳とは比べものにならないほど落ち着いた性格はしているがな……。


シェフが調理してくれた朝食は前世の飯よりも美味しかった。味は素朴だが品があるのだ。現代の方が料理的には発達しているのが妥当なはずだが、やはりゲーム。この時代にないはずの料理も存在していた。



朝食を食べ終わり、ひと息ついた後、訓練に向かう。


勿論暗殺の訓練ではない、真っ当な剣術の訓練である。


いくら暗殺面に長けているとは言っても表向きは普通の貴族である。それなりの規模の騎士団を組織してあるのだ。ゲームでもそれなりの雑魚として貴族の騎士団は機能していた。




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