Beautiful World

大和成生

第1話 beautiful world

 私が心の底から世界が美しいと実感出来たのは16歳の春だった。

 

 高校一年生の終わり頃から、突然髪の毛が抜け始めた。あれよあれよという間に丸坊主になっていた。

 当然学校にはいけない。何故ならその頃はまだうら若き乙女だったし、大好きな男の子と付き合い始めたばかりでもあった。自意識過剰のまっただ中のお年頃、地獄だった。

 毎日布団に潜り込んで泣いた。悲劇のヒロインぶって薬を大量摂取したふりをした(期限切れの頭痛薬を3粒ほど飲んで、残りは飲んだふりをしてトイレに流し、痕跡だけをこれ見よがしに枕元において、母親に発見して貰おうと画策した)

 母も家族も「学校に行け」と言わなくなった。私は心底自分が嫌いになった。 

 

 家に閉じこもってひたすら泣き続けていたあの頃。春にも気づかず季節の変化も太陽も風も、何も感じられなかった。

 家族や友人達のお陰で、やっと勇気が出て再び高校に通い出した、あの高校二年生の春の美しさ。それは生涯忘れられない。

 暗いトンネルのような布団の中から、明るい場所に踏み出した瞬間の光あふれる世界。すべてが輝いて見え、すべてが美しく優しかった。

 

 結局私の髪の毛は戻ってこなかった。今も瀬戸内寂聴さんのような状態だ。それからも辛い思いをすることはあった。

 

 修学旅行のスキーで転倒してかつらが吹っ飛び、あわてて毛糸のスキー帽を直に被った状態で泣きながらへたり込んで、スキーを指導してくれていた現地の指導員のおじさんを困らせた。くしゃみをしたらかつらが飛んでいってそばに居た人達の目が点になった。今思い返すとなかなかにコミカルな情景で笑ってしまうのだが、その時はこの世の終わりぐらい恥ずかしくて辛かった。

 恋愛もそう。「実はズラなんです」とは打ち明けられず、突然カミングアウトしては相手を狼狽させた。ある程度の年齢になると、もう最初から伝えておいた方が楽なのだとわかったが、そう思えるまでは辛かった。

 職場でも若い頃はなかなか言い出せず、かつらを変えるタイミングに困った。

 働き出してからは毎晩飲んだくれた。家族がそんな私を強く叱ることが出来ないのを良いことに、甘ったれた酔っ払いを続けた。


 長い時間を掛けて髪の毛が無い、という状態をやっとしっかり受け入れる事が出来た。

 そしてそうなってしまえば、それまでの様々な経験も得がたいものだったなぁという心境になってきた。それがあってこその今の自分だと。

 私は無くした髪の代わりに神を手に入れた。自分の心の中に。


 周りの人たちに恵まれていたことは大きい。本当に感謝しかない。

 今、この世界を生きて、美しいと、楽しいと感じられるのは、あの暗いトンネルの中で立ち止まりそうな私を、光の方へ導いてくれたたくさんの人々や風景、音楽、大好きな本、様々な私の興味を引く物事のお陰。この美しい世界のお陰だ。

 蝶の羽ばたきが世界を変えるように、私の世界も小さな分岐点で大きく変わった。その瞬間こそがBeautifulだったんだなと思っている。


 あの、16歳の春に見た世界をもう一度見たい。感謝と喜びとともにもう一度 今 自分のためのBeautiful World へ行こうと思う。

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