十三、依頼内容を聞いてみました
薄絹を頭から被っているから、私の顔は黒竜王以外には見られないことはわかっている。
この薄絹には王の竜力がかかっていて、私からは周りは見えても周りの人からは薄絹がかかった部分は中まで見られないのだそうだ。そしてこの薄絹は、私が自ら取るか、王でないと外せないようになっている。
わかっていはいるけど、私は王の衣裳をぎゅっと掴んだ。
「妻はこういうことに慣れぬ。冒険者
「妻!?」
「王妃様でございますか!?」
みな目を見開いて驚いてた。この町には王が妻を娶ったという通知は来ていないのかもしれない。
「おお……確かに……たいへん申し訳ありません」
この町を管理しているという長官が眩しそうに王を眺め、すぐに目を伏せた。きっと左目の下がキラキラしているのを確認したのだろう。既婚者だとわかるっていいことだと思った。
「こちらの一行を冒険者公会まで案内せよ」
「私たちは東の地域に用があります。ですのでなんのもてなしも不要です。周知徹底を願います」
「かしこまりました。冒険者公会までは案内させますが、それ以後はおっしゃる通りにいたします」
「わかっていただけて幸いです」
成和はそう言って頷き、口元に笑みをはいた。眷属はあまり表情が動かないから、こういう時の笑みなどはすごく効果的だと思った。
王が運んできた建物は城壁の外側に設置された。竜力を持つ眷属にとってこの建物は見た目よりも軽いそうで、成和と
馬車を手配してもらい、町の中へ入ることになった。
用意された馬車は二台で、一台は王と私と
案内の人は御者台に腰掛け、町の中心部にあるという冒険者公会に連れて行ってくれた。
窓から見える街並みは思ったよりも素朴だった。それでももちろん、私が住んでいた村や近くの村よりも遥かに栄えているけれども。
「それでは私共はこちらで失礼します」
「辛苦了(ご苦労様です)」
成和が案内の人と御者に挨拶をし、馬車を見送った。
「では入りましょう」
冒険者公会の入口には「冒」と書かれた看板があった。とてもわかりやすい。
成和を先頭に王と私(おなかのところに橙紅が乗った)、翠麗、玉玲、明和の順で足を踏み入れる。扉はギイギイと音を立てた。
昼も近い時間だからだろうか。公会の中には冒険者らしき人の姿はなく、がらんとしていた。
建物の奥にも背の高い卓があり、その後ろの棚には酒が入っているらしい甕が並べられていることから、どうやらあそこでは酒も飲ませているのではないかと思われた。
「王都の冒険者公会からの依頼で参りました。東の地域の詳細が知りたいです」
成和が男性に声をかけると、男性は気だるげに成和が渡した紙を見た。少し読んだところで、その目が見開かれる。
「し、失礼しました!」
男性は慌てたように紙を持ったまま後ろの階段を駆け上る。
「会長! 会長!」
あの紙にはいったい何が書かれていたのだろうか。黒竜王のことが書かれていたとしたら、それは驚くに違いない。
しばらくして、男性がもう一人、いかつい男性を伴って降りてきた。
「……
「よろしくお願いします」
いかつい男性はここの会長らしい。彼は王が私を抱き上げているのを見ても特に気にしなかった。
二階の応接室のようなところに招かれ、それらの対応は全て成和がした。
依頼の内容は王都で大まかに聞いた通りだった。
ここから東にある安東村の更に東の地域の植生がここ七、八年で徐々に変化しているらしい。安東村に住む者たちのほとんどは農家だが、その東の地域にある木から重要な薬草を採取して生計を立てている者も多いそうだ。
その木がある場所は一日のほとんど日が差さないところで、その葉は冬になっても緑のままで落ちることは稀である。薬草として使えるのはその葉が生え変わった時の物で、生え始めてから三か月以内の物に限るらしい。
なのでその薬草はとても貴重な物なのだが、ここ七、八年で葉が生え変わる時期が早まっているという。その為採取をする回数が増え、卸せる薬草の数が増えた。薬草が増えるということは薬草の価格が下がるということでもある。その薬草が採れるのがその地域だけならばそれでも問題はなかったが、他にも採れる地域がある為、それらの地域から価格が下がったことへの苦情が起きているらしい。
「それで植生の調査が必要なのですね」
「はい。もし東の地域で起きていることの原因がわかれば、対処方法がわかるかもしれません。薬草の価格が下がるのはあまりよいことではないのでしょうが、元々貴重な薬です。もっと、手に入りやすくなった方が某はいいと考えています。どうぞよろしくお願いします」
会長はそう言うと、頭を下げた。
その薬について言えば、私たちも他人事ではなかった。その薬は母の病を治してくれている物だったから。
母は肺の病を長いこと患っていた。その病は年寄りや小さな子ども、そして身体が弱った人はとてもかかりやすい。だからその薬がもっと手に入りやすくなるのは私としても大歓迎だった。
ちょうど昼食の時間なので、会長に教えてもらった
「巷に金を落とすのは為政者の務めでございます」
と言って。
王はずっと働き通しでお金を全くといっていいほど使ってこなかったので、ものすごい金持ちなのだという。使うところが特になかったというのが王の言い分である。資産はどれぐらいあるのかなど、聞いてもわからないだろうから聞かないことにした。私のお金ではないし。
飯館の料理は小麦粉で作られた長細い麺が主食だった。この地域で採れる野菜や豚肉を炒めた料理が出てきた。
「植生か。環境が変わったと考えるべきだろうか」
胃が落ち着いたところで王が呟いた。
「おそらくは」
成和が相槌を打つ。王は楽しそうに私に声をかけた。
「
私はそれほど物を知らない。薬草となる葉の様子も見てみないと判断はできない。
「……そちらの場所を見てから考えてもよろしいですか?」
「もちろんだ」
「値段が安くなった方がいいのに、それで文句を言う人がいるなんて……」
玉玲が呟いた。苦笑する。
「薬草を売る方としては、高く買ってもらえる方が助かるのよ。私もそうだったわ」
「……そっか。そうだよね」
玉玲ははっとしたような顔をし、そして顔を少し伏せた。
「己がその立場でないとわからぬこともある」
王が呟く。本当に、その通りだと思った。
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