第16話 仏間の箱

もう数年も前の、初夏の話になる。

その時の私は、親戚の法事に呼ばれ父方の田舎に帰省していた。

その親戚の家は戦前から残っているという古い屋敷で、車で何時間もかかる山中にある。

子供の頃はよく、親戚の子どもたちと一緒に屋敷を探検して遊んだものだ。

しかしその時に法事に来たのは親戚の大人ばかりで、珍しく子供は私一人だった。

大人たちが仏間に線香をあげ談笑して帰る様子を見送りつつ、一緒に遊べる子が誰もいないのでつまらないように感じ、なんとなく縁側でぼーっと座っていた。


暫くたって、初夏のそよ風にうとうとし始めた頃

視界の端に青い布が一瞬映ったかと思うと、甲高い子供の声で『ねーェ』と呼びかけられた。

はっとして顔を上げると知らない子が立っていた。

青いワンピースを着て、カンカン帽を被った女の子が、にこにこしながら目の前に立っている。

驚いたが、なんとなくその柔らかな表情に安心し、多分近所の子が私を見つけて近寄って来たんだと納得してしまった。

『あのさ、仏間に面白いのがあるよ』

女の子はそう言って、私の後ろを指さした。確かに縁側の奥は仏間になっている。私が驚いて振り返ると、そこには箱があった。

赤い布貼りの箱が、仏間の机にぽんとおいてある。

大人たちが持ってきた法事の供え物なら、仏壇のそばに置いてあるはずだ。

しかしその箱は、机の上にそれ単体で置かれていて、なんだか妙に鮮やかに見えた。


『ねぇねぇ、もうちょっとそばに行ってみようよ』

ワンピースの女の子がそういうので、縁側から中に入り、箱のそばに座った。

赤い布貼りの、しっかりとした箱。

留め具は無いが、鍵のかかるようにできているその箱を眺めていると、いつの間にか一緒に座っていたその子がこう言った。

『開けようよ』

私はなんの疑いもなく、その言葉に従って箱を開けた。


次の瞬間、箱の中にから出てきた青白い手にものすごい力で腕を捕まれた。

驚いて振りほどいたが、強く掴まれたためかしっかりと手首に跡が残っていた。

逃げ出そうと後ろを振り返ると、あの女の子はいなかった。

呆然としていると、耳元で複数人の子供とも大人ともつかない気味の悪い笑い声が響いた。

私は悲鳴を上げながら仏間から飛び出して逃げた。


この話をしても、両親は信じてくれなかった。

しかし、父方の祖父だけは

『法事だからなぁ。何かが帰ってきたか、寄ってきたんだろ』

そう言って頷いていた。

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