第二三話 王女の選択②

 瞳の奥から闇を放っているセラは、普段のおしとやかの雰囲気と打って変わって残忍さを感じられた。


「どうしたらわたくしを信じてくれるのですか? ファル様を狙う人達とは違うことを証明したいのですわ」


 セラは小首を傾げていた。


 俺は彼女を真っすぐ見据えて冷静に言葉を返す。


「一〇〇パーセント信用できないだけの話だ。別にセラを他の連中と同一視しているわけじゃない」


「どうしたら一〇〇パーセント信用してもらえるのでしょうか?」


 そこそんなに重要か?


 まあ、信用を示す簡単な方法はあるけどな。


「こいつを殺せ」


 俺は持っているロングソードを足元で気絶しているクノクーノに向ける。


 いくら様子がおかしくてもセラはセラだ。さすがにこいつを殺すことはないだろう。


「『フィジカルアップ…………フィフス』」


「!」


 フィフス⁉ 


 呟くように言ってたが間違いなく身体能力が何倍にも上げる『フィジカルアップ』系の魔法を唱えて、体が白いオーラに包まれている。


 しかし『フィジカルアップ・フィフス』なんて魔法は聞いたことがない、名前からして身体能力を五倍にも強化できるのか?


 セラは本当にクノクーノを殺すつもりなのか、それとも、まさか俺を…………!


「チッ」


 俺は舌打ちをしながら、攻撃に備えて後方に跳ぶ。


「っ!」


 すると、セラは俺に悲しそうな顔を向けたまま、杖を振り上げて、倒れているクノクーノを一瞥いちべつすることなく――――杖をクノクーノの顔面に叩き込んだ。


「なっ⁉」


 俺は驚嘆する。


 セラが杖を打ちこむと地面が大きくへこみ、その周囲はひび割れ、俺が立っている場所も不安定となったので踏ん張って立ってみせる。俺が驚いたのは、セラが打ちこんだ一撃の威力じゃない、あっさりとクノクーノに殺したことだ。


 後で俺がやるつもりだったから手間は省けたが、セラがこんな真似するとは思わなかった。


 俺はセラという人間の本質を分かっていなかったのかもしれない――彼女もまた自分と同じで心の中で鬱屈とした感情を抱えた人間だったのかもしれない。


「クノクーノに恨みでもあったのか?」


 俺はロングソードを鞘に収めながら尋ねる。


「恨み自体はありましたわ。ファル様も知っているでしょ、わたくしが良かれと思って交流を持ちかけたエルフ達を殺しに行った人ですもの」


 クノクーノは王の命令でエルフ族を騙し討ちするために軍を率いている。


「そう言われてみれば、そうか。聞いた俺が野暮だったな」


「いいえ、気を遣わなくて大丈夫ですわ。それに今、クノクーノ大将軍を殺したのはファル様のためですわ」


 そう言ってセラは持っている杖を頬に当てながら恍惚な表情を見せてくれる。


 ――――こんなやつだったのか。


「クッ……ハハハハハッ!」


 思わず吹き出してしまう。


 自分と同じように豹変した人間がいたことが、大将軍を手にかけてくれたことが、嬉しかった。


「あんたおかしいぜ」


 相手を見据えて率直な感想を述べた。


「アハハハッ、それはお互い様ですわ」


 セラもおかしそうに笑う。


「ファル様もそんな本性を隠してたなんて思ってませんでしたわ。簡単に兵を殺して、簡単にわたくしに同じ王族を殺すように言うだなんて……わたくしたち同じですね」


「本音ともう一つの性格を隠してたという意味ではな」


 性格の方向性は違うと思う。セラからは……より残忍さを感じる。


「さっき俺のおかげで惑わされることがなく生きてこれたと言ってきたな。どういう意味だ。俺はセラの性格を矯正した覚えがないが」


 俺がさっきの言葉を掘り返すと、セラは後ろに手を組みながら可愛らしく、そして妖艶さを纏わせながら目と鼻の先まで近づいてくる。


「覚えが無くても、わたくしはファル様がいたからこそ強くなれましたし、自分自身を見失わずにすみましたわ」


「というと?」


 セラは上目遣いしながら語り始める。


「ファル様に魔力量が無いと判明すれば、王城にすら立ち入りを許されなかったり、ファインハーゼ家から冷遇されていましたわね。子供ながらにも、そのときは酷いと思いました。そしてファル様は誰も見てないところでたくさんたくさん頑張っているのに、剣の腕も立つのに魔力が無いだけで見向きもされず、評価されることがありませんでしたわ。貴方様と過ごす度に、自分の考えとこの国の考えが乖離していくのを年々感じてきました」


「つまり俺が迫害され続けてきたから、自然とこの国で教育を受けても惑わされることがなかったということか」


「ええ……でも仮にそうでなくてもわたくしはファル様の言うことに従いますわ」


「は? なんでだ?」


 セラは俺がどんな立場でも、今と違って国から迫害されなくても、同じ王族を殺せと命じれば殺すらしい。


「だって……乙女心がありますもの」


 セラは両手の指をつんつんと当てながら恥じらっている。腕とお腹の間に血塗れの杖を挟みながら。


 乙女心……? 正気か? そんなよく分からないもので自分の血族に手をかけようというのか?


「いまいち乙女心の意味が分からないが……それってつまり俺のことが、っ!」


 俺が喋っているとセラが勢いよく抱きついてくる。


 俺は抱き返すことなく、腕を広げたままだった。


「ファル様と一緒の道を歩みたいのです、わたくしじゃ駄目ですか?」


 見上げてくる目を見つめ返す。


「駄目とは言ってないが」


「言ってないけどなんですか?」


「俺も人のことは言えないが、ほんと、あんたおかしいぜ」


 そう告げながら、俺は嬉しそうに口角を吊り上げてしまう。


「アハッ! ファル様嬉しそう」


 セラは破顔する。


「クッ――」


 図星を突かれて、頬が緩んでしまう。


「「アハハハハハハハハハ!」」


 そして、俺達のおぞましい笑い声が雨降る森の中で響き渡った。


 頭のネジが外れた者同士、俺達は共犯者で反逆者となった。

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