第23話 色仕掛け
詠歌の考えた作戦は、すなわち色仕掛けである。
☆★☆彡
「そこの豚さん、ちょっとこちらへ来ませんか? とってもいい事があるんですよ」
と声をかけられた。
突然現れた鶏ガラのような老婆に、堂間たちを追い詰めて愉悦中だったチジン丸は気分を害した。
「――ぶも? ぶももん!(――いいことだとぉ? 人間どもを
牙を剥きだし威嚇する。お楽しみの最中だったのに邪魔をしおって! だがそんな怒りは老婆にはちっとも効いていないようだった。
「あらそう? それはごめんなさいね。でもちょっと聞いてほしい事があって……」
あらあらと困り顔のこの老婆には見覚えがあった。
最初に力を奪った少女の成れの果てだ。
こいつも中々そそる身体をしていた。
寿命を20年ほど奪ってやれば好みの熟女になっただろう。
だがチジン丸にとって、それよりも“力”の方に魅力があった。
この力を奪えば、俺はビッグになれる! と直感した。だから限界まで寿命と力を奪ったのだ。今、目の前にいるのはその食べ残しである。
「ぶももん(復讐にやってきたのか? 我はお前にもう興味はないぞ。力はもう残っておらんだろう。疾く失せろババア)」
熟女は好きだが、ババアは嫌いだ。また、残飯も嫌いだった。昔さんざん食べさせられたからだ。彼は豚は豚でも誇り高き豚だった。
「――まぁまぁ、そういわず。このばあばを信じてこちらに来ませんか? ほら、そちらはお仲間さんが活躍している様子。もうまかせても問題ないのではありませんか?」
手招きする。どうやらこっちの小部屋に来いというのだ。
確かに配下達の包囲網はどんどん狭まっている。あの
「豚さんあなた。あの人たちを捉えてどうするつもり?」
「ぶふふん!! (どうする、だと? どうもせん。我は好みの年齢の女が恥じらう姿を眺めるのが大好きなのだ。元々女だった人間が恥じらうのも良いが、
「まぁ驚いた。じゃああなたは本当に眺めるだけなのね?」
「ぶももん、ぶもん!!(だけとはなんだだけとは! 我は最強の豚。豚は紳士的であれ! 最強の力を手に入れ、今、人間のすべてを己が理想とする美熟女に変えんと企む我ぞ。我の覇道を阻むものは消えろ)」
「はいはい。それを聞いて安心したわ。ではこちらへどうぞ……」
老婆がさらに手招きする。洞窟内の小部屋である。
ピンクの霧が出ていた。洞窟内ではありえない事だったが、チジン丸は不審に感じるよりも、その向こうから聞こえる切なげな吐息と、なんとも言えない甘い匂いにつられた。
「ぶももん……(なんだここは。我はいかんと……)」
「まぁまぁ、まぁまぁまぁ……かわいい子がいますよ。一度覗くだけでも。ね?」
不思議な事にこの柔和な表情の老婆に言われると少しついていってもいいかな? と思えてしまう。
「ぶももん(――いいか、我が欲するのはムチムチぞ。年齢は三十代がいい。乳が少し垂れ、腹もだらしなくなったのがいいな)」
「ええ、ええ? あらあら結構マニアックなのねぇ……。だけど、今いるのはもう少し若い娘たちね。なにぶん女になって日が浅いですから」
「ぶもー(なんじゃ、天然ものではないのか)」
「この『阿頼耶識』に居る娘なんて、そう多くありませんよ」
小部屋の入り口には、クラブ『鬼の巣』と書かれた木札がかかっている。
☆★☆彡
「いらっしゃーい! クラブ鬼の巣にようこそ~~☆彡」
チジン丸が小部屋に入った瞬間にピンク色の声が上がった。
わらわらと出てきたのは、色とりどりの衣装に身を包んだ女たちだった。幼そうな少女もいれば、大人びた娘もいる。共通点はみな鬼の娘であることだ。
「きゃ~、これが豚さん? かわいい~。ねぇさわってもいい?」
「ぶ、ぶも……」
「ずるーい、豚さんこっち来なよぉ。ほら膝の上に乗っけてあげるから」
「ぶもも……」(膝の上に乗る)
「ねぇねぇ、豚さん何か飲む? お酒とかいいのかなぁ?」
「ぶももも(我は酒は……)」
「ね……、飲もう?(じー)」
「ぶ、ぶもも……(ごくごく)」
娘たちはチジン丸に身体を押し付けていった。
元々鬼たちは積極的な性格をしている。それに相手がわりとかわいらしい丸々とした豚であったこともあり、嫌悪感はない。
酒の力もありチジン丸は、だんだんいい気分になって来た。
「ねぇねぇ、ここ良いところでしょう? 人間襲うのなんてやめてここに居ようよぉ」
「ぶももも……、ぶももん!! (いや、いやいやいや!! 我はこんな事をしている暇はないのだ。世界中の人間をすべて美熟女に変えるという野望の最中なのだ……ッ!)」
はっと我に返ったチジン丸。鬼娘の膝の上に四つ足立ちで目を怒らせる。
そもそも、ここに居る娘たちはみな若い。若すぎる。
チジン丸の趣味とはちょっと違うのだ。
「ぶももーん!! (もう良いだろう、我は戦いに戻る!)」
「――あら、もう行ってしまうのかえ? お楽しみはここからなのだけど……」
真打登場である。
現れたのは世にもあでやかな着物にみを包んだ長身の美熟女。その目は切れ長。眉は細くきりりとしており、
「いよっ、ライ信ママ!☆彡」
「天下無双の鬼
鬼娘たちコールが飛ぶ。
着飾ったライ信は、しずしずとチジン丸に近づくと、彼の頭から身体をつるりと撫でた。そして顎を持ち正面を向かせる。
「チジン丸殿。宴は今からが本番。『鬼の巣』一同で、アナタ様を骨抜きにしてあげましょうぞ。ささ、この銘酒、『鬼の滝汗』を一献……ねぇ?」
チジン丸は、自分の理想とする美女の出現に今度こそ堕ちたのだった。
☆★☆彡
「終わったみたいだね」
身体から煙が出たと思ったら、身体が若返っていた。それと同時に失われた霊力が戻って来た感覚もある。
『部屋で何が行われたんだァ? あの豚、絞めたのか』
「えー、野蛮。ちょっとした色仕掛けだよ? 絞めるとか怖いことしないよ。呪いの源がすごく強い欲求みたいだったから、それを発散させて、お酒に混ぜた解呪の薬を飲ませただけ。今は良い気持ちで寝てると思うよ」
『はぁ、それで解けるのかよ。案外ちゃちい呪いだったな』
「そうでもないよ。実際あの子が抵抗を続けてたら私たち勝てなかったと思うし」
チジン丸の狂気にあてられていたほかのカタキラウワも、正気に戻って思い思いに散っていく。
武装した一団が見えた。男たちだ。
彼らも
「さてさて、長居は無用だよね。里で待ってる瑠璃ちゃんも心配だし――」
完全に事件が解決したことを確認し、詠歌は踵を返す。
その時だ。
「――君は、詠歌ちゃん?」
声をかけたのは男に戻った『ダンジョン探偵』堂間誠太郎だ。
彼は、多くのランカー探索者がそうであるように、陰陽寮の関係者であった。
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