第17話 蹴散らせ、魔物密猟団!
「里のまわりに敵が来てるね。多分陰陽師じゃないと思うけど敵意はマシマシかなぁ……、数は14――、ううん16人」
詠歌が目をつぶり指を振る。
視覚共有を施した式神が飛び回り情報を集めているのだ。
式神が見たものは、詠歌にも見える。
そのため敵の動向は筒抜けだった。
「先んじて捕まった者どもがいる。破軍巫女、そやつらの場所はわかるか?」
「もう瑠璃ちゃん、破軍巫女じゃなくて詠歌だよぉ。――わかるよ。拘束されて一か所に集められてる。あ、抵抗した鬼の人が殴られてる、可哀そう……」
「なんと……! 彼らは無事なのですか?」
「今は大丈夫。でも護衛が多いかな。とにかくまずは救出だよね」
食い気味に聞く瑠璃とライ信に対応しながらも、詠歌は式神の操作を続ける。
詠歌の視界には、光る呪符で出来た結界の中で身を寄せ合う鬼たちが見えた。護衛は銃を持った人間が4人。いずれも男だ。
「敵はどうですかな? 我等でも戦えそうですか」
「確かに呪術武器を持ってるね。銃弾に呪言が刻まれてるタイプ。妖特効の装備」
「妾たちでは分が悪いか」
「瑠璃ちゃんなら何発喰らっても大丈夫だけど、ライ信さんたちだとまずいかも」
鬼の隠れ里はダンジョンの行き止まり、少し開けたフロアに存在する。
入り口は一つ。そこはすでに抑えられ、壁の端からジワジワと寄せられている。
それに様子も変だ。前線に人質を連れてきているから、こちらの反撃を抑制するつもり。あるいは降伏を迫る。こちらが気づいている事は知られていない。なら先制攻撃が来る。詠歌はそう分析する。
「初撃で戦意を削いでくる……、そのうえで脅しかな。でも意図が不明瞭。どちらにせよ猶予はない。どうしようかな……」
敵が何を考えているにせよ、好きにさせてやる理由はない。
どうするか。そのために何を使うか。目的を明確にして、最善手を――。
「すみませぬな詠歌殿。このようなことに巻き込み……」
思案顔の詠歌を見てライ信は頭をさげた。
その横にいる瑠璃も苦虫を噛み潰していた。
二人とも歯がゆいのだ。戦いに関して鬼が人を頼るなど考えられない。彼らは戦いに関して常に誇り高い種族である。
「ううん。大丈夫だよ。それよりもどうやって懲らしめてやろうかなって悩んでて」
詠歌は思う。自分が出ればすぐカタは付く。
でもそれでいいのかな、と。
「ねぇ、乙。私はあんまり前にでない方がいいよね?」
『そうだなァ。まだ陰陽師どもには隠しておきてェな』
「オッケー。じゃあ固牙の出番だ」
詠歌は指をくゆらせ、地面に向かって式を打つ。
光に包まれて召喚されたのは、青い狼。その背には剣を背負っている。
詠歌の直轄三式神の壱、
「ライ信さん、戦える鬼の人達を集めてもらえる? 女の人や子供でも良いよ。瑠璃ちゃんも」
その言葉に瑠璃が顔を上げる。
「――妾も戦え、と?」
「うん。だって瑠璃ちゃんは酒呑童子でしょ? 最強無敵の鬼の首領でしょう? 怪我してるからって、ひとり寝てるなんてそんなのらしくないよね~」
詠歌は煽った。目はマジである。
瑠璃は身体を横たえている。起き上がるにも一苦労な状況だ。
だがその言葉に、にぃと鬼らしい凶悪な笑みを浮かべた。
「くっくっく、よくも言いおるわ。――
脂汗を浮かべながら立ち上がった瑠璃を見て詠歌は満足げにうなづく。
「固牙、みんなに武器を配ってあげて。等級は3等神剣。付与は身体強化マシマシで」
おん! と堅牙が小気味よく吠える。
彼が身震いをするとガシャガシャと両刃の剣が次から次へと転がり落ちた。
「おお、これはなんですかな?」
疑問符を浮かべるライ信に剣を押し付けながら詠歌は言う。
「堅牙はね、移動する武器庫なんだよね~。退魔の神剣を複製できるんだよ~」
その剣は剣呑な輝きを放っていた。
まるで覗き込むだけで魂を奪われるような魔性の輝きだ。
「普通に人間にも効くから、思いっきり振っちゃっていいよ」
☆★☆彡
「こちら近藤。予定時間だ、やるぞ」
『魔物密猟団』に所属する彼らは元ヤクザだった。由緒正しい極道ではなく社会からあふれたチンピラ、半端者である。
ダンジョン攻略というものが出来てからというもの華々しい活躍を見せるネームド探索者や人々を楽しませる配信者たちの影に隠れて、彼らのような人種もダンジョンにはびこっていた。
ダンジョン内は治外法権である。
ダンジョンは広く深く、闇が濃い。
彼らは今日も金の為、自らの欲望のために悪事に手を染めるのだ。
「一仕事終えたら、鬼ども売っぱらって南の島で豪遊だ。気張れよお前ら」
『へへへ、了解ぃ』
通信機の向こうから下卑た返事が届く。近藤は自分のまわりの部下たちに同じことを伝えると、吸いかけの煙草を投げ捨て、自らも銃を担いだ。
「くく、狩りの時間だぁ」
トリガーに指を掛ける。
銃口の先にあるのは、静まり返った鬼の里である。
が、彼の持つ銃が火を噴くことは無かった。
暗闇から赤い塊が降ってきたからだ。
それは巨体であるにも関わらず音もなく降り立った。
降り立った先は、銃を構える近藤の眼前である。
――キンッ
と小さな金属音がした。
赤い影は剣を持っていた。影はそれを目にもとまらぬ速さで振り、銃――某国から輸入したアサルトライフルだ。それをバラバラにした。
「なっ――――」
驚く間もない。続いて拳が飛んできた。それが近藤の顔を打つ。首が取れてしまったのではないかと言うほどの衝撃。もんどりうって転がった近藤の元に影がせまる。
ドンッ、と肩を踏まれた。ぐぐっと力が籠められるのが分かり、バキっと骨の折れる音が聞こえた。
「があ、あああ!?」
見上げる。薄明りの中、浮かび上がったのは鬼だった。巨大な髭面の鬼。
目が爛々と光り、にぃと牙をむき出し嗤った。
「う、撃て撃てぇ!!」
手下たちが銃を乱射する。近藤と鬼に向けてだ。
(あいつら馬鹿か!? 俺に当たる!)
と思った。死ぬ、と。銃弾は降り注ぐ。だがそのすべては鬼の巨体の前で止まり地に墜ちた。当たったはずなのだ。なのにその身体を貫けない。
「ぐわっははは!!」
鬼が再び剣を振るう。
剣の当たる距離ではない。それなのに味方は吹き飛んだ。剣から発せられた衝撃破によってだ。
「これは良い、良い剣ぞ。持つだけで力がみなぎり、弾も効かぬ。――だがちと強すぎるのぉ。じかに刃を入れれば死なせてしまうぞ」
鬼は近藤を摘まみ上げた。
片手で、襟首をもって。まるで赤子も同然にだ。
「人間、我らの仲間を返してもらうぞ」
周囲で銃声が響く。ここのほかにも戦闘が起きている。だがその銃声もすぐ止む。
勝ったのか、はたまたこの鬼のようなものが他にも居て制圧されたのか。
それは近藤には分からない。
そんな事よりも目の前の脅威から目が離せない。
「命は取らぬぞ。人間どもと戦争する気はもはや無いのでな。――とはいえ落とし前じゃ」
鬼は拳を振り上げる。先ほどの痛みを思い出し近藤は身をすくめた。
「ひとーつ」
鬼の拳が胴を打った。あばらの砕ける音がした。
「ふたーつ」
鬼の拳が顎を打った。また骨の砕ける音がした。
「みっつぅ、よっつぅ」
鬼の拳が何度も打ち付けられる。吊り下げられているから逃げ場はない。
近藤はぐっ、げぇ、がはぁ、と血反吐を吐きながら打たれ続けた。
「うぁぁ、い、いだいぃぃ……やべ、やべでぇ」
「いつつぅ、むっつぅ」
「ぐげ、おぶ、うええぇぇぇ」
近藤は恐怖と痛みと混乱で正体を無くした。
打ち付けられ続ける拳の前に心は完全に折れた。
ごめんなさいごめんなさい許して許してと懇願する。
「まだまだじゃ。貴様、ワシらの事を知りながら来たのだよなぁ? ワシらは“鬼”ぞ。『鬼の所業』という言葉を知っておるか?」
顔を寄せた鬼は嬉しそうに嗤う。
鬼。
近藤は、昔話に語られたその存在の恐ろしさを、文字通り骨の髄まで味わう事になる。
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