第12話 絶滅せよ、愚鈍なるオーガ! ついでに鬼!

「ゴーゴー、黒鉄悪鬼こくてつあっき! 薙ぎ払え――!」


 その日、阿頼耶識に来ていた探索者たちは不幸の一言である。

 黒風のごとき一陣の風がダンジョンに吹いたからだ。


 ただの風であればよかった。だが風は実体を持っていた。詠歌によって魔改造された鬼である。


「いいね、いいよ! 思った以上につよーい! 足が速いのがぐっどだねっ!」

「グルルルルオォォォオオオオオ!!」


 咆哮しながら疾走する姿はまさに暴威ぼうい

 大太刀を振り回し道先に存在するすべてのものを吹き飛ばしながら疾駆する。


 壁があれば壁を破壊し、魔物がいれば魔物を吹き飛ばした。黒鉄くろがねに輝くその肉体は、さながら重機関車である。


「あ、減速減速ぅ! そこオーガいたよオーガぁ!」


 ドリフトをかましながら、洞穴の角を曲がる。

 その先には一体のオーガと探索者たちが戦闘中であった。


 そこに突っ込む。


『おい詠歌ァ、人間どもいるじゃねぇか、大丈夫なのかァ!?』

「見られても別に良くない?」

『俺は良いが、お前は良いのかって言ってるんだよ』

「んんん――――知らない♪ やっちゃえ黒鉄悪鬼」


「グルルルルウオオオォォォォォオオオ!!」

 


「――ん、な、なんだぁぁぁあああ!!?」

「きゃあああ――――!!」


 乙の心配は杞憂に終わる。


 まさに鬼の形相で襲来した黒き鬼武者に気を取られた探索者たちは背に乗る少女のことなど目に入らなかった。


 それどころか大太刀の一振りが起こした風でもろとも吹っ飛ばされていた。


 そして場に残っているのはオーガが一匹。


「ターゲットロックオン、喰らいついて!」


 詠歌によって改造された黒鉄悪鬼がオーガの首筋にかみついた。


 その瞬間から

 呪詛じゅそ

 伝播する


「あが、アガガガガアアアアアアアアア!!!!」


 断末魔とも思える絶叫。オークを取り囲んだ可視化された呪詛が晴れた時、そこに居たのはオーガではなく、黒く変色した鬼であった。


「ん――、さすがに感染呪術かんせんじゅじゅつでは装甲までは生えないかぁ。でもしっかり鬼にはなってるね。色も黒いし」


 新たに生まれた悪鬼は、黒鉄悪鬼よりはサイズが一回り小さいものだった。


 それでも元のオーガよりは凶悪だ。悪鬼に変えられたオーガは緋色に輝く目をぎょろぎょろとさせながら、何かを探してダンジョンの奥へ消えていく。


『――俺は長く生きてるからよォ、多少は呪術やまじないにも通じてるんだが、感染呪術ってのは、こういうやつだったかァ?』


 感染呪術とは、接触があったものや同一存在の間では、一旦離れてしまった後遠隔地であっても影響を及ぼし合うというものだ。


 例を挙げるならば、対象の抜け落ちた髪の毛を呪えば、髪の持ち主も呪われるというような。だが、詠歌の呪いそうではない。どちらかというと――。


「え、ゾンビ映画とかだとこうやって増えるじゃない? そのイメージ」

『お前、やっぱり勘違いしてやがんのなァ』


 それはウィルス感染であって、感染呪術ではない。


「いやいや、噛みつく以外でも勝手に増えるよ! 今ほかのオーガを探しに行った子がほかのオーガを見つけて何らかの接触をもてば呪詛は伝播するの」


『アイツからも呪詛は伝播すんのか……。それヤバいんじゃねェか? ねずみ算式に増えるだろ悪鬼』


 一匹の悪鬼が二匹に増え、その悪鬼が四匹に増える――倍々ゲームである。そのうえ、一定の数に達するまでオーガを自動的に探しまわるのだという。


「オーガ全体の半数が悪鬼になったらもう終わりだよね。人海戦術で最後はしらみつぶし。ほら、ちゃんと感染呪術してるでしょ?」


『こりゃあ今日中にもオーガは絶滅するなァ……』

「そのためには、オーガ狩りしないとね。さぁ黒鉄。ゴーゴー!」


 詠歌は黒鉄悪鬼の背によじ登り進撃を再開した。


 ☆★☆彡


 鬼が駆ける。

 見かけた端からオーガを変質させ詠歌たちはダンジョンをめぐった。

 探索というには荒っぽい。これはオーガ狩りである。


 その結果だ。 


『――なんかよォ、オーガも悪鬼もいなくなってねェか?』


 最初、異変に気付いたのは乙だった。


 黒鉄悪鬼の背に乗って半日は駆けずりまわっただろうか。5層から15層にかけて練り歩き、そのまま20層の先へも進んだ。


 進む理由は、悪鬼に変じたオーガが奥へ奥へと移動していくからだ。


 一般的にオーガの生息地は10層を中心としたその前後であると言われている。であるのに、悪鬼どもは何かに引き寄せられるように奥へと移動していく。


 それを追っていた詠歌と乙もつられ30層を超えている。

 ここにはオーガは居ない。そしていつの間にか悪鬼たちもいない。


『やつら引き返した様子はねェ。ってこたァ、奥へ進みやがったって事だ。この先は40層。人間どもはめったにこねェ現状の探索限界深度だ。もちろんオーガなんて弱い魔物はいやしねェぞ』


 なのに悪鬼は奥へ行った。


「うーん。私にも分からないよぉ。奥に何かあるのかなぁ……、知ってる乙?」


『いや、別に大したもんはねェはずだ。オーガどもはそんな深層にはいかない。いやいけない理由があるんだ。アイツらが居るから……いや、そうか。まさか……』


「なになに? 何か思い当たることがあるの?」


 何かを思いついたような乙。

 問いかける詠歌に帰って来たのは深刻そうな声だった。

 

『確認なんだがよォ……、この悪鬼ども、普通の鬼には反応するか?』

「鬼? 原種の赤い鬼って事かな」


『ああ。テメェは現役時代に殺し尽くしたと思ってるだろうが、鬼どもはしぶとい。奴らは滅んでねぇ。人間どもがやってくる前からこの地下迷宮の奥に隠れ住んでいるのよ。もしかしたらそいつらのところに行ってやがるんじゃねか? なぁ詠歌ァ、まさかあの悪鬼ども、普通の鬼は襲わねぇよなァ……?』


「あー……」


『おい、どうなんだ詠歌ァ……』

「えっと、多分、襲う」


『マジか』

「鬼が生き残ってるなんて思ってなかったから、鬼=オーガなんでしょ? その因子を持つ魔物、ぜんぶ悪鬼にしないと止まらないようになってる」


 それを聞いた乙の判断は早かった。


『急ぐぞ詠歌ァ。40層を超えろ、その先に鬼の里がある』


 と促す。


『あいつのことだァ、そうやすやすとは殺られんとは思うがなァ。万が一って事はあらァ。早行くぞ』


 黒鉄悪鬼の進路をダンジョンの奥に向ける。探索者の限界と呼ばれている40層であるが、詠歌と黒鉄悪鬼であればなんの障害にもならない。


 なにやらドラゴンっぽいのや、一つ目の巨人っぽいのも居たが、詠歌の符術で一蹴した。大した魔物じゃないよね。あんなに弱いんだから、と詠歌は思う。


「えっと。あいつって誰? 乙ってば、鬼に知り合いがいるの?」

『ああ。俺はこう見えて顔が広いからなァ』


 乙、触手のくせに友達がいるんだ。私は居ないのに……

 と詠歌の心に影が差す。それは半年以上一緒に過ごした乙に対する、ちょっとしたやきもちである。


『テメェの知り合いでもあるぜ詠歌ァ……。このダンジョンで匿ってるのはなぁ、オニヒメだァ』


「――ええ、それって、あの酒呑ちゃん?」

『そうだ。さっきテメェが言ってた鬼の頭目だよォ』


 それならば、詠歌にとっても因縁がある相手であった。

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