壱 地元の心霊スポット(ニ)

「入口はこの奥かな?」


 サンロウが懐中電灯で照らす先、台形の正面にはぽかりと正方形の暗闇が口を開けており、そこが店のエントランスのようである。


「鍵かかってたら厄介だな……」


 形ばかりだがバリケードがあったため、エバラがそんな懸念をぽつりと呟いたが、それはまったくの杞憂だったようだ。


 かつてはシャッターが閉まっていたらしきエントランスを入ると、これまでに訪れた先客・・達により、その奥にあるはずの入口のドアはすっかり破壊され、誰でも自由に出入りできる非常にオープンなお店となっている。


「まったく不用心な店だな……」


 またキザな台詞でジョークを言うサンロウを先頭に、一列になった俺達が恐る恐る入口のガワ・・を潜ると、中は外以上にひんやりしていた。


 埃っぽさとカビ臭さの混じる、そのひんやりとした暗闇に懐中電灯の光を各々に走らせる……今のようにLED電球のものではないので、照らし出された部分にもまだ仄暗さが残っている。


「おお! ちょっと雰囲気出てきたじゃねーか!」


 モッチャンが感嘆の声をあげた通り、外と違って内部はちゃんと廃墟していた。


 床には店の備品が散乱し、客席だったであろう一段高くなった座敷は畳が腐ってささくれている……。


 また、薄汚れた壁には心霊スポットのご多分に漏れず、スプレーを使った落書きやアートが余すことなく埋め尽くしている……。


 後年、不審火による火災が起こり、今では建物のガワ・・だけしか残っていないのだが、当時はまだ内部もしっかり残っていたのだ。


「あ、そうだ! 俺、兄貴のデジカメ借りてきたんだ。こいつでちょっと録ろうぜえ〜」


 不意にモッチャンがそう言うと、背負っていたリュックから小型のデジカメを取り出す。コンパクトながらも、音声入りで動画も撮影できる高性能なやつだ。


 今の若者ではピンとこないかもしれないが、当時はまだスマホもなく、動画を撮るにもそうした機材がなければ手軽にできない時代だったのである。


「これで幽霊とか映ればスゲえよなあ〜」


 俺達が懐中電灯で照らす方向へカメラを向け、嬉々としてモッチャンは内部の状況を動画に撮る。


「そういやさ、ここってどんな幽霊が出るんだっけ?」


 モッチャンの言葉を拾い、エバラが思い出したかのように訊いた。


「ああ、そう言われてみれば、何が出るかよく知らないよな……やっぱ殺されて食われたやつらの怨霊とか?」


「確か、店主が殺した愛人の霊が出るんじゃなかったっけ?」


 ただのイメージから俺が当てずっぽうにそう答えると、どうやら聞いたことのあるらしいミハラがそれを訂正する。


 だが、それにしても明らかに後付けっぽく嘘臭い……よくよく考えてみると、客に人肉を出していたことばかりが有名で、起こる霊現象についてはとても曖昧だったりするのだ。


「ま、なんでもいいや。幽霊さ〜ん! いるなら出ておいで〜!」


 しかし、そんな細かいことは気にしないとばかりに、モッチャンはおちゃらけた口調で霊に呼びかけながら、たいそう愉しげにカメラを回し続ける。


 もっとも、そんな呼びかけで簡単に幽霊が出てくるわけもないのだが……。


「……お! 冷蔵庫っぽいのがあるぞ? ここに、人肉入れてたのかな?」


 そんな時、一足先に奥の厨房へ向かったサンロウが、何かを見つけて声をあげる。


 俺達もそちららへ行ってみると、確かに巨大な業務用冷蔵庫と思しきものが、壁一面を覆い尽くすが如く設置されている。


 ま、ウワサ通り人肉は扱ってなかったとしても、焼肉屋なんだから大型冷蔵庫があるのは当然だ。


「さあ、人肉は入ってるかなあ……」


 さっそくモッチャンがそちらへ近づいて、片手でカメラを構えながら大きな扉を開く。


「チッ…空っぽかよ……」


 だが…というか当たり前だが、閉店してから長い焼肉屋の冷蔵庫に人肉はもちろんのこと食材が入っているようなこともない……ステンレス製の銀色に輝くその内部には、腐った残骸一つなく、綺麗さっぱり完全な空っぽ状態だった。


 その状況も、この店がウワサにあるような不測の事態で潰れたのではなく、計画的に閉店となったことを言い表している。やはり、ここは単なる廃墟なのだ。


「おおーい! 店長さ〜ん! 人肉が品切れですよ〜! 仕入れて来てくださ〜い!」


 冷蔵庫のその様子にますます興醒めしたものか、またモッチャンがふざけて挑発的な台詞を口にしている。


「こっちはトイレだな……一応、男女に分かれてるのかな?」


 かたや、同じく冷蔵庫への興味を失ったサンロウは、すでに厨房を出てトイレ跡の方へ向かっている。


 再び俺達も後を追うと、トイレは思った以上に狭かった。


 大の方に和式の便器しかないところが時代を感じさせる……男性用の小便器はすべて割られているが、俺達のような来訪者がしたものだろうか?


「これで一階は全部か? なんか想像していたよりも小せえな……」


 トイレを見終わった後、エバラが皆思っていたことをなんとなくその口にする。


 そうなのだ。〝人肉館〟はもともと大きな建物ではない上に、店の構造状、部屋数も少ないのですぐに見終わってしまうのだ。


「やっぱなんかつまんねーな……おおーい! 店主でも愛人でも、なんでもいいから出てこいやーっ!」


 加えて霊現象が起きるでもなく、なんの変化もないことに退屈したモッチャンが、ますます挑発するようなことを叫び始めた。


 ま、もともといない幽霊がそれで怒るわけもないだろうが、なんとなく不謹慎だし、心のどこかで祟られるんじゃないかというような気もしてなんかヒヤヒヤする。


 とはいえ、モッチャンのように喚きたてることはなかったものの、退屈し始めたのは俺達にしても変わりはない。


「じゃ、そろそろ屋上の方へ行くか……」


 そんな皆の気持ちをサンロウが代弁し、俺達は一階部分を出ると屋上へと向かった。


「…おお! 夜景見えんじゃん」


「へぇ〜……けっこう見晴らしいいんだな」


 外に出て階段を上がると、モッチャンとミハラが感嘆の声をあげる。


 立地自体、小高い山腹にあるところを一階分上がったので、今は樹々で遮られてしまっているものの、バーベキュー場である屋上からは松本市街地の夜景を一望することができる……営業時はそれも売りにした店だったのだろう。


 なので、夜遊びをするロケーション的には申し分ないのだが、ますます心霊スポットのイメージからは遠退いてしまう。


「なんかもう、心霊スポットじゃなくてただの廃墟だな……」


「ああ。こんなことなら、いっそ肉買って来てバーベキューすりゃあよかったぜ。花火もできそうだしな」


 素直なその感想を俺が呟くと、なんとも愉快なアイデアをエバラが口にする。


 確かにバーベキュー用のカマドはあるし、コンクリ製の平らな床は花火を楽しむのにもってこいだ。


「おおーい! 店長さ〜ん! 人肉のジンギスカン、追加で五人前〜!」


「いやあ、さすがにバーベキューしてたら近所に通報されるだろう……もうこっちはいいな。となりにペンションだった建物もあるらしいから、今度はそっちへ行こう」


 エバラのその言葉に、またモッチャンが悪ノリをしてバカなことを叫ぶ傍ら、笑い声混じりにサンロウはそう言うと、再び俺達を次のスポットへと誘った。


 その後、焼肉屋だった建物を出た俺達五人は、そのとなりに建つ二階建ての廃墟ももちろん見に行った……。


 やはり〝人肉館〟の店主が経営していたもので、こちらは宴会場兼宿泊施設として使用していた建物らしい。


「こっちの方がむしろ心霊スポットっぽいな……」


 エバラが言うように、ペンションと称されるが和風のたたずまいで、二階建てだし、鉄筋コンクリの焼肉屋よりかはおどろおどろしく荒廃している。


「じゃ、幽霊ちゃん、出て来てくれるかな〜?」


 だが、チャラけてカメラを回すモッチャンの期待を大きく裏切り、こちらでも何か起こるというようなことはなく、俺達の肝試しは何事もないまま、拍子抜けに終わったのだった──。

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