転生者を出迎える島

マグ

第1話 デムカエ島

 微睡まどろみの中、まるで元々存在していたかのように記憶が書き込まれていく。

 事故によって命を落としたこと。神によって他の世界へ転生させられること。その際に特別な力が授けられること。その力で世界の人々を助けること。

 刷り込まれた記憶に突き動かされるように微睡から醒めていく。



 明転した視界が一転し薄暗い部屋の中に俺はいた。

 肌の感覚から徐々に情報が浸透していく。

 服を着ている。着慣れた普段着だ。

 運動靴越しに伝わってくる冷たい石の床。

 ヒンヤリとして静かな空気。

 そうして情報を咀嚼していると、

「ようこそ、いらっしゃいませ転生者様」

 誰もいないはずの真正面から声がしたかと思うと暗がりから一人の美少女が姿を現した。

 薄暗くわかりにくいが、長い黒髪に整っていると感じる顔立ち。間違いなく俺と同じ人間であると言っていいだろう。

「あの、ここは?」

 俺の意思を介さずに口をついて出たの率直な疑問だった。

「こんな薄暗い場所ではなんですから外へ出ましょう。そこでご説明致します」

 そう言う少女に導かれて暗い石造りの通路を抜けて眩しい光の元へ足を踏み出した。

 日光で白く光る石の階段の上から見下ろした世界には想像以上に原始的な光景が広がっていた。

 鬱蒼と茂った木々の中に木造の家と思しき小屋がポツポツと建っている。どう見ても電気など通っているようには見えない。

 よもやこのような場所で生活をするのかと絶望していると、何やら視線を感じる。

 目を凝らして見てみるとあちこちの茂みから何人もの少女が顔を覗かせている。

「あ、あの……」

「彼女たちもここの住人です。転生者様は優れたお人だと伝わっておりますので皆興味津々なのです。かく言う私も一目見た時から素敵な方だと確信しておりました」

 案内の少女は上目遣いでこちらを見つめてくる。

 住めば都とも言うし、この世界での生活も案外悪くないかも知れない。


「ここはプレス国領にあるデムカエじま。その名の通り転生者様をお出迎えする島です」

 案内の少女は俺の歩幅に合わせるように足早に隣を歩きながらこの世界のことを説明してくれる。

「転生者様はその類稀なる力で人々に恵みをもたらす者とされ、先程の神殿に召喚された際には即座に歓待しそのお力を皆の為に使って頂けないかとお願いさせていただくのです」

 少し日に焼けた肌に青い瞳。ではなく、小麦色の肌に布を巻きつけただけの豊満な胸に目が吸い寄せられていく。

 しかし、そんなことをしていれば当然気付かれるわけで案内の少女と目が合ってしまう。

 気まずく視線を明後日の方向へ逃がそうとすると、

「転生者様は当然優れた遺伝子の持ち主。その御子を授かることもやぶさかではありませんよ?」

 案内の少女は心許ない布地を引き下げ挑発的に言ってみせた。

 経験の無い身でありながら確信できる。これは"ある"。



 俺は集落の中心地と思しき場所にドンと鎮座する長テーブルのいわゆるお誕生日席の位置へと座らされると、何人かの美少女が近くへとやって来る。

「お疲れ様、フィーネ。後はあたしたちに任せて」

「うん、よろしく。では転生者様、失礼致します」

 フィーネと呼ばれた案内の少女は次の少女へバトンを渡しどこかへ去っていった。

「はぁ〜い転生者様、お加減はいかがですか?」

 新しく来た美少女はしゃがみ込んでこちらの顔を見上げるようにして話しかけてきた。

 よく日焼けした肌に桃色の瞳、暗い茶髪をポニーテールに結った美少女はどこかお姉さん然としていた。

 そして否が応でも視線が釘付けにされる。この島には何か特別な食べ物でもあるのだろうか。

 そんな邪な俺に天誅を下すように後頭部を鈍い衝撃が襲う。

 一瞬、鈍器で殴られたのかと錯覚したがそのあまりの柔らかさに誤解している暇はなかった。

「こらディフィーザ、あんたの胸は文字通り武器なんだから気を付けなさいって」

「だ、だってバリエラ……座ってらっしゃるとよく見えなくて……ご、ごめんなさい転生者様」

 激重の重石が退かされるや否や飛び起きるように振り返るとそこには、

 あまりにも巨大過ぎる肉塊があった。

 軽く俺の頭よりも二回りは大きいであろうモノが二つもあるのだ。まさに圧巻。その荘厳さに言葉を失う。

「うぅ、お、怒らないでください〜」

 目の前の尊大が後退りしてディフィーザと呼ばれた美少女の容姿が初めて見ることができた。

 怯えて潤んだ紅い瞳に赤みがかった白い肌、モコモコとした白髪がまるで羊のようだ。


「では、これより転生者様の召喚を祝して宴を始めます!」

 俺がディフィーザさんへのフォローを入れる間もなくフィーネさんの掛け声と共に無数の料理が運ばれて来る。

 バリエラさんとディフィーザさんもこちらへヒラヒラと手を振りながら給仕へと駆り出されていった。



 それからというもの、まるで天国にいるような心地のまま宴は進んでいき夜も更けてきた頃、騒がしい中でもフィーネさんの耳打ちだけはハッキリと聞こえた。


「どうか今宵の夜伽相手をご指名下さい。転生者様はすぐにでも大陸へ送られる身。どうか私たちにその精をお恵み下さい」


 宴の最中、数多の美少女たちが俺に向かって妖艶な誘いをしてきた。そんな美少女たちの顔が次から次へと浮かんでは消えていく。

 そんな中に顔が浮かびもしない少女が一人。

 俺はその少女を指名した。



「て、転生者様、まだお休みになられていませんよね?」

 案外柔らかい寝床だけがあるだけの小さな小屋。入り口の扉から覗く弱々しい影が訪ねてきた。

「どうぞ、こっちへ」

 キザったらしい台詞も思い浮かばず、短く簡潔な言葉だけが浮かんでは口から溢れる。

「し、失礼します……」

 そんな拙い俺とは対照的に滑らかな動きで俺の隣に腰を下ろし横になるディフィーザさん。

 ディフィーザさんは体温が高いのか横に寝ているだけで熱を感じる。

「あ、暑苦しくないですか?わ、私その、なんというか胸がドキドキしちゃって……身体もどんどん熱くなっちゃって……わ、わかりますか?」

 ディフィーザさんの両手に導かれ胸元に手を触れる。自分のものではない体温と薄っすらと浮かんだ汗、ドキドキと早鳴る鼓動を感じる。

「ふふっ、転生者様はもしかして性欲が強かったりします?実は……私もです」

 スルリと滑るように馬乗りの姿勢をとったディフィーザさんはまるで捕食者のような目をしている。

 吸い込まれるようなその眼が迫ってきて堪らず目を瞑る。

 するとこそばゆい指の感触が脇腹から鳩尾を伝い、胸をくるくると蹂躙する。

 そしてピンと張り詰めた頂点に刺すような痛みと燃えるような熱が走る。

 咄嗟に息を吸い込もうとするも喉の奥に何かが溢れて空気の侵入を拒む。

 ついに目を開くと、



 俺の胸に短剣が突き立てられていた。



 俺の身体に跨ったディフィーザさんは変わらず捕食者の目をしている。しかしそれは性的に喰らってやろうなどという冗談めいたものではなく、獲物が弱るのを眺める蜘蛛のような目だった。

「どう、ヤれた?」

 扉からヒョコっとフィーネさんが顔を出す。そんなフィーネさんに俺は目で訴える。ディフィーザさんの凶行を咎めてくれ、と。

 しかし、その願い虚しく「……バッチリ」と振り返るディフィーザさんに満面の笑みを返しこちらへ近寄って来るフィーネさん。

「あら〜転生者様〜苦しそうですね〜」

 嘲笑うようにこちらを見下ろしてくる瞳には明確な殺意を感じた。

 薄れゆく意識の中、フィーネさんはこう吐き捨てた。



「侵略者はこの世界に要らない」




ここは転生者を出迎える迎え討つ島。

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