8.ボクはモデルさんになります



【語り部】


「“リッカちゃん助けた方が良いと思う”……うん、僕も賛成だ。こちらは明確に命の危機が迫っているからね」


 オウマは遠い場所の言葉を使い、ナイアに指示を出す。

 偉大なる魔法使いテネスの予知により、学問所の門弟リッカに危機が迫っていると知った。

 ナイアにとってはまだ会ってもない相手だ。

 しかしどうやらラーレと近しい間柄の少女らしい。例えば、ミランダは息子が夫が亡くなったら悲しむだろう。

 それと同じようにリッカを失えばラーレも悲しむ。


 ならばリッカを守ることは、ラーレを守ることであり、ミランダを守ることでもある。


 自分にとって近しい誰かの大切な人を守る意義をおぼろげながら理解したナイアは、再びルアノの学問所を訪れた。

 と言っても、魔法の修行もあるため通うつもりはない。

 そのため知り合いのラーレのお迎えに行く、という形で訪ねた。


「こんにちは、ラーレくん」

「おう、ナイア。また迎えに来てくれたのか? い、いや、嬉しいけど」


 普段とは違う場所で会うのが気恥ずかしのか、少し頬が赤い。

 彼の隣にいるは、飯屋の一人息子クラインだ。


「あ、こんにちはぁ。ナイアちゃん」

「こんにちは。クライン、くん?」

「合ってるよ」


 太っちょなクラインと細っこいナイアが並ぶとかなり横幅に差があった。

 意外と相性は良いのか、話は盛り上がる。


「へへ、僕はこれでも飯屋の息子だからね。もう修行も始めてるんだ」

「ボクも最近料理を覚えたの。お菓子作りとか、簡単な一品ものだけど」

「そうなんだ。いつか食べさせてよ」

「うん、いいよ」


 料理という共通点があるからか、意外とナイアも楽しんでいる。

 ただ女の子が男に手料理を食べさせる意味を二人とも今一つ理解していないらしい。

 隣ではラーレが不満そうな顔をしていた。


「ねえねえ! そこのすっごいかわいい子、ちょっとお話いい⁉」

 

 しばらく話していると、髪をツインテールにした女の子がいきなり声をかけてきた。

 どうやらラーレやクラインの友達のようだ。


「うわっと。いきなりうるさいぞ、リッカ」

「ごめんごめん! それよりその子! ラーレの知り合い!? 紹介してよ!」

「……まあ。俺の友達で、ウチで一緒に働いてる子。ナイアって言うんだ」


 勢いに押されて、ラーレは二人を引き合わせる。

 まず初めにナイアがぺこりと頭を下げた。


「初めまして。ボクはナイア・ニル。ラーレくんのお家で働かせてもらっています」

「初めまして! 私はね、リッカ・トロス! よろしくね!」

「はい、こちらこそ」


 この女の子はリッカ。

 ラーレたちの友達で、年齢は一つ上の十四歳。

 父親は自前の工房を開く腕のいい職人で、服飾店ルッカトミの仕事も受けている。

 彼女自身も既に工房で働く職人見習いだった。


「それでね、初対面でアレだけど、ナイアちゃんにお願いがあるの!」

「お願い、ですか?」

「うんっ! あのねあのね、私のモデルになってほしい!」


 突然のことにナイアは目を白黒させている。

 興奮しているリッカがぐいぐいと顔を寄せてくるので、ラーレが間に入った。


「ちょ、落ち着けリッカ!」

「邪魔しないでって! 私も余裕ないの!」

「いいから、とりあえず離れろ! ナイアも怯え……てはないけども!」


 まあ、多少びっくりしているくらいだね。

 ひとまずリッカをたしなめ、距離をとらせてから改めて話をする。


「うう……ごめんなさい。でも、ナイアちゃん? に、力を貸してほしくて」


 リッカの話はこうだ。

 彼女は服飾師の娘として将来は職人の道を歩むらしい。

 幼い頃から修行はしており、今でも補助的な作業には携わっている。

 けれど、いずれは自らデザインした衣服を前面に押しだしたブランドを立ち上げたいと思っていた。

 そんな彼女にまたとないチャンスが転がってきた。

 父が働く服飾店ルッカトミで、新商品のコンペが開かれるのだという。

 テーマは「狭間の時期の女性を彩る服」。

 大仰だが、つまりは子供とも大人とも呼べない多感な時期の少女に似合うデザインが求められたのだ。

 これに参加する父はルッカに声をかけた。


『お前も一着作ってみるか?』


 もちろん一から十まで全部やるわけではない。工房のフォローありきの話である。

 それでも、自分で作品を作りプロの評価を受けるのも勉強になる、という親心だった。

 リッカは一も二もなく受け入れた。ただし負けん気の強い彼女は、商品化を勝ち取ってやると意欲を見せていた。

 そうしてデザインを考える毎日。

 どういったものを作れば……と考えていた矢先に、リッカはナイアと出会った。

 マニッシュショートボブの、小さなバレッタを付けた美少女。

 衣服は地味目だが本人の素材は一級品。はっきりと言ってしまえば、リッカはナイアに一目惚れをした。

 この子に似合う服を作りたいと思ったのだ。


「……ということで、ルッカトミに私の服を出す時にモデルをやってほしいの! お願い! ナイアちゃんとならきっと結果を出せる!」

「うん、いいよ」

「いきなりのことで戸惑ってるのは分かってる! でも……って、え? いいの?」

「モデル、やります」


 思った以上に簡単に受け入れられて、リッカの方が戸惑っていた。

 しかしナイアは彼女の熱意にほだされ……たわけではない。


「いいのかい、ナイア」

「うん。ちょっと恥ずかしいけど、関わりを持てるよ」


 他の人にはただの黒猫でしかないオウマは、こそこそとナイアに確認をとる。

 選択は、予知の時まで傍にいられるという判断だった。

 正しくはあるがまだまだ精神的には拙い部分があるようだ。


「ありがとう、ナイアちゃん!」

「わっ」


 感極まってリッカがナイアに抱き着く。

 できれば、初めての同年代の女の子とのかかわりで、少しくらいは友情の何たるかを理解してほしいものだ。




 ◆




 モデルとなる約束をしたが、並行して魔法の修行も続いている。

 今日もリオールのもとで風魔法の研鑽を積む。


「“リオール師匠から上級風魔法と雷霆魔法を学んで、聖女ユノさんから、中級治癒魔法を学んだ方が良いと思います”……と、遠いところの人も言っているよ」

「そうだね。ボクも、もしもの時の力が必要だと思う」


 一度だらだらしながらお話をしたおかげで、オウマとの関係も良好だ。

 ただ、力を持ち過ぎることも懸念材料にはなる。


「“絡んできそうな人が出てきましたが、からまれたら風魔法で反撃して事件になったりしませんかね。手加減できる技能が必要でしょう”……しまった、これは僕も想定していなかった」


 修業が順調すぎた。

 今やナイアは同年代どころか並大抵の魔法使いでは勝てないレベルになっている。


「ねえ、ナイア。たとえば、もし変な絡み方をしてくる不審者がいたらどうする?」

「悪い人には、げんこつという名の魔法を」


 ダメだ、リオール師匠の薫陶が行き届きすぎている。

 これだと軽い気持ちで撃った魔法で再起不能になる人間が出る。

 オウマはすぐさま対策に出た。


「君は、手加減を覚えべきだ」

「てかげん?」

「悪い人にも度合いがある。死んで当然の人もいれば、ちょっと叱ればいいくらいの人も。だからね、相手を傷つけずに制圧する手段を身に着けた方がいい」

「ん……師匠に相談する」


 ナイアはこちらが何も指示しなくてもリオールを頼った。

 表情の変化は相変わらず薄いが、少し依存度が高くなっているような気もした。


「あー、手加減な。うん、そうだな。殺人犯と食い逃げ犯に同じ制裁はちょっとまずいもんな。よし、じゃあ俺が面白い一手を教えてあげよう」


 あとリオールの方もナイアに甘くなってる辺りマズい。

 この男、将来的にナイアに恋人でも出来たら「どこぞの馬の骨にウチの弟子をやる気はない!」とか平気で言いそうだった。


「魔法使い的には下手な手加減よりこっちの方がいいだろ」


 言いながらリオールは手をかざす。

 彼の手はほんのわずかだが光り、パチパチと音を立てていた。


「これは雷霆魔法の初歩の初歩の初歩の基礎くらいの技術。クッソ弱い雷で相手を痺れさせるだけの、魔物どころか格下の魔法使いや鍛えた戦士にも効かない、名前もない魔法だ」

「弱いんですか?」

「うん、戦闘じゃ役に立たない。でも絡んでくる男とか、ならず者程度なら痺れで動けなくなる。あとは護身の体術も合わせれば、変質者は撃退できるぞ」


 想定の敵が変質者な辺りももうこの男は駄目だ。

 しかし対人の技術を得られたのは幸いだった。きっとリッカを守るうえでも役に立つだろう。




 ◆





【服飾師の娘、リッカ】

 リッカは偶然出会えたナイアという少女と協力し、服飾店ルッカトミのコンペで一位になることを目標に動き出した。

 まだまだ野暮ったいところの残る女の子を、自分の作る服で美しくする。

 明確な指針ができたおかげで、デザインのアイデアがどんどん出てくる。

 父親に「あまり無理はするなよ」と言われたのに徹夜してしまうくらいののめり込み用だった。

 だからといって父の工房の手伝いは手を抜かない。眠気に耐えつつ、依頼された破れた服の繕いをこなしていく。

 すると作業中、背後から声をかけられた。


「リッカさん、調子はどうですか」

「あ、シトーさん。お疲れ様です」


 彼はシトーといって、父の工房で働く服飾師だ。

 細っこいひょろひょろとした男性で、気弱だが真面目な性格をしている。工房でも古株の職人であり、今度のコンペにも参加するそうだ。


「そういえば、リッカさんも今度ルッカトミのコンペに出すとか?」

「はい。学問所で、すっごいかわいい子に会ってモデルを頼んだんですよ」


 今回のテーマに合う年齢の女の子だ。

 彼女に似合う服を作れば、きっといい出来になる。

 興奮気味なリッカは、にこにこと笑顔を浮かべている。


「へえ、それはいいことですねぇ……」


 だからシトーの暗い瞳を見逃した。






《追加情報》

・体術Lv0、雷霆魔法Lv0を習得しました。

 どちらもダンジョンの浅層でさえ役に立たない低級な技術です。

 ただし町中で起こる戦闘職以外が起こした荒事を、相手に傷を負わせず解決できます。


・今後、聖女ユノから中級治癒魔法を、リオールから上級魔法を学びます。

 

・どうやらリッカと同じコンペに、シトーという同工房の職人が参加するようです。

 調子のいいリッカに思うところがありそうです。


・リッカの作る服のモデルになりました。

 イベントで魅力があがります。


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