第二の予知

6.迷宮の悪魔



【語り部】

 ナイアは一つ目の予知を覆した。

 しかしすぐに新たな未来が告げられる。それも、まだ出会ったこともない誰かに不幸が訪れるというもの。

 現状では誰かが死ぬ、誰かが仲違いする、しか分からない。

 正しく予知された未来を知るには、ナイア自身が動かなくてはならないだろう。


「“教会に司祭にダンジョンの話しを聞いておくを勧める。破滅の未来の原因を推測する手掛かりが安全に手に入ることはメリットだし。……にゃふ、教会か」


 オウマは遠い言葉を読む。

 今のところナイアはダンジョンに興味を示していないが、後々のことを考えるなら司祭の話を聞くのはアリかもしれない。


「ナイア、教会に行かないか?」

「……なんで?」

「司祭様に話を聞こう」

「ん」


 そうしてナイアは龍神教会に向かった。

 といっても、すぐに司祭に会えるわけではない。しばらく通い詰めることになってしまった。


「祈るって、なんのためにするの?」


 彼女は神に祈りをささげる行為に意義を感じていないようだ。


「龍神教はね、四柱のドラゴン。不動のマグナ、情動のカッツェ、自由のエレニス、流転のビルチを主神としている。彼らは世界を作った神様なんだ。だから。貴方達の作った世界で私は沢山の人と出会い、平穏に過ごせています。ありがとうございます……っていう風に、感謝を伝えるのが祈りだね」

「やってくれたことに対する感謝。それなら、分かる」


 神様がいなければ人と人との出会いもなかった。

 ミランダたちとの交流で感謝を覚えたナイアは、一応のこと納得した。

 そうやって通うこと数日。祈りをささげる最中、女性に声をかけられた。


「ずいぶん熱心に祈られているのですね」


 実際には表情の変化に乏しいだけだが、傍からは無心に祈っているように見えたらしい。

 顔をあげると、波打つ金の髪が美しい少女がいた。年齢は十五歳くらいだろうか。


「はじめまして。ボクは、ナイア・ニルです」

「ふふ、はじめまして。私はユノ。空と風を創り出した始龍───自由のエレニスの加護を受け、恐れ多くも龍神教より聖女の称号を与えられています」


 聖女ユノ。

 龍神教における聖女とは、四柱のドラゴンのいずれかから<加護>を受けた信徒を指す。

 加護は、神様からの恩恵。一般的には強大な魔力と高位の魔法や身体能力を有する。

“能力”に与えられる称号であるため、人格面に問題が合ったり敬虔な信徒でないことも多い。しかし聖女ユノは分け隔てなく優しい、淑やかな女性としてトランジリオドでも有名だった。


 聖女ユノと知り合いしばらく話をした。

 年齢の近い女性と会話する機会はあまりない。拙い語り口だったが、ナイアの言葉を遮らないようゆっくりと待っている。


「司祭様と、お話がしてみたいです」


 雑談がひと段落したところで頼んでみると、なにか感じるものがあったのか、聖女ユノは割合簡単にその時間を作ってくれた。


「ありがとうございます」

「いえ、かまいませんよ。貴女がテネス様に縁があるというのなら、司祭様も歓迎してくれるでしょう」


 言いながらオウマの顎のあたりを指先で撫でる。めっちゃキモチええ……。

 んっ、んん! どうやら話の流れで口にしたナイアをここに送ったのがテネス、という話が功を奏したらしい。

 ここの司祭との関係は、使い魔とは言え新参の僕……オウマも知らないことだった。




「私が、ここの司祭を任されております、パスターと申します」


 美味しそうですね、と言いそうになったナイアの口を塞ぎ、普通の挨拶をさせる。

 五十代くらいの太った男性。柔和そうな表情で、突然の来訪だというのに歓迎しているようだ。

 その理由を問うと、待っていましたとばかりに彼は語る。



「当然でしょう。今や三十四歳という若さで世界最高位の魔法使いと謳われる、滅亡の識聖アンフェリガテネス・フェルロイ。私は、若かりし頃の彼の活躍を、この目で見ているのですから! その縁者が二十年経って、司祭となった私を訪ねる。リオールくんの時もそうですが、やはり胸に来るものがありますね」



 つまるところ、彼はテネスのファンらしい。

 ナイアが迷宮について調べていると聞けば、喜んで話してくれた。


 まず前知識として、魔法使いの位階について触れなくてはならない。

 この大陸の魔法使いは三段階に分けられる。

 一番下が【魔術士】──マガ。

 魔法を覚え、それを扱うことのできる術士。


 それよりも上の存在として【魔導師】──ワイズ。

 学問として魔法を学び、指導できる立場となった知識階級。


 そして最上位の魔法使いに与えられる称号、【識聖】──アンフェリガ。

 識聖は数多の魔法と知識を操り、戦闘においても単騎で一国に相当すると言われる。

 現状で世界に七人しかいない魔法使いの上澄み中の上澄みである。


 七人の識聖はテネス『滅亡』を筆頭に、それぞれ『縁由』『歳月』『生命』『ドスケベ』『理』『改変』の二つ名を持つ。

由来は彼らにしか使えない固有魔法。

 アンフェリガになる条件は「現在、世界に存在していない魔法を創造する」ことなのだ。

 

「二十年前。まだ十四歳だったテネス氏はこの迷宮を世界で初めて踏破し、その経験をもとに滅亡魔法を創造し、史上最年少の識聖となったのです!」


 まるで我がことのように自慢するパスター牧師。

 こちらが聞かなくてもドンドンと喋ってくれる。


「かつて、都市国家トランジリオドと言えば、呪われた迷宮都市として有名でした」


 二十年前、この国の迷宮探索者はダンジョンから資源を得る大事な職業であったにもかかわらず、なり手が少なかった。

 というのも迷宮の深層に到達した者が国を離れようとすると、なぜか変死を遂げたからだ。

 この都市で生活する分には問題ない。しかし国を出た時点で死ぬ。

 それを人々は迷宮の呪いと呼んだ。

一度でも深層に踏み込んだらアウト。だから中層まででおっかなびっくり資源を採掘するのが、この都市の探索者だった。


「しかし勇敢なるテネス・フェルロイは、恐れず深層に足を踏み入れ、ただ一人で戦い続けその最奥にまで辿り着く……。そして! そこに待ち受ける、恐るべき迷宮の悪魔と対峙した!」


 パスターは、バンッと強く応接室の机を叩く。


「そう、ダンジョンを侵した者に呪いをかけた悪魔……<滅びを告げるモノ>! 手で触れるだけで命あるもの……たとえ人間でさえ魔力に変換し喰らう、生命の天敵! それをたった一人で消し去り、この都市にかけられた呪いを解いた者こそが滅亡の識聖! 彼の固有魔法は悪魔の業を己が手で再現し、更に進化させたものなのです!」


 そこまで言って、彼は恥ずかしそうに咳払いをした。


「とまあ、テネス氏のおかげでダンジョンの最奥の悪魔<滅びを告げるモノ>は消え去り、今では深層に入っても問題がなくなりました。あれから二十年、変死は一切起きていません。彼は比喩でなくこの国の救世主なのですよ」


 だからこそ縁のあるナイアの訪問を喜んでくれたのだろう。

 パスターは更に自慢するように付け加えた。


「実は、当時のテネス氏が装備していたマジックアイテムはこの教会で大切に保管してあります。見ると思い出します……若かりしテネス氏を。“テネス君、本当に行くのか”、“ええ、パスターさんにはお世話になりました。お礼に迷宮の悪魔の財宝でも持って帰ってきますよ”。……そう言って宝玉やら首飾りを本当に持って帰ってきた。ああ、目頭が熱くなる」


 またも回想にひたり始めた。

 途中で聖女ユノが「ああなると長いので、帰っても大丈夫ですよ」と言ってくれた。

 聞こえているかは分からないが、「ありがとうございます」と挨拶してからナイアは教会を後にした……。




 ◆





「いやそんな話知らねえよ!?」


 その後、風魔法を中級まで習得しようとリオールに会いに行った。

 訓練の合間に教会でのやり取りを話すと、思い切り驚いていた。


「二十年前って俺が生まれる前だし。つーかお師匠、十四歳で迷宮をソロ踏破の上に悪魔を倒すとかもう尋常じゃ無さすぎてね」

「オウマも、知らなかったみたいです」

「あー、あいつは俺が弟子入りしてからの使い魔だしな。しかし、俺の卒業試験が迷宮の研究なのに、大事なこと隠してんなよお師匠……」


 不満を口にするリオール。

 それはそれとして師との実力の差に打ちのめされているようだ。

 ついでに言えばナイアの訓練は順調で、このままなら数日もあれば中級風魔法まで辿り着くだろう。そちらでもダメージを受けている。


「お師匠、うまくできました」

「おー、ナイアは本当にスジがいいな」


 風のコントロールに出力。ともに初級の域は超えている。

 これなら一週間もあれば中級まで辿り着ける。そこまでマスターできたのなら、魔法使いとしては一人前だ。


「ということで、はいこれ。頑張ってるナイアに」


 リオールの手にあるのは、小さな翼の意匠のバレッタだった。


「これ、は?」

「初級習得のご褒美と、あとは女の子だしね。ちょっと着飾ることを覚えるといいじゃないかなーと。ほら、お祝いのプレゼントだ」

「ボク、に?」

「そ。ナイアはよくやってるよ。ミランダさんだったか? も助けたんだろ? 誰かを守るってのは、誇っていいことだ」


 バレッタを受け取ったナイアは少し戸惑っている様子だ。


「お師匠、聞きたいことがあります」

「おう、なんだ」

「ボクは、自分のために魔法を覚えました。それは、褒められることですか?」


 ナイアには、自分がやったことの価値がまだ理解できないのだろう。

 どこか不安そうに瞳を揺らしている。


「えーと、だ。ナイアは魔法を覚えた。その魔法でミランダさんを助けた。ミランダさんには旦那さんと、息子さんもいるんだっけ? ってことは、間接的にその人らも助けたってことだ。お前の頑張りは、褒められるべきだと思う」

「なら、助けられなかったら、褒められないことですか?」

「それは違うな。俺はもともと根性論者だから、悪いことをするため以外なら、頑張りそのものに価値があると思ってるよ」


 リオールは膝をついてナイアと目線を合わせ、贈ったばかりのバレッタを彼女の髪につける。


「世の中悪いヤツ、イヤなヤツ、騙そうとしてくるヤツはいっぱいいる。これからナイアは頑張って誰かを助けようとしたのに逆効果だったー、なんてことを経験する時もあると思う。でも俺はやっぱり、ナイアは誰かのために頑張れる優しい子になってくれると嬉しいな。あ、人に危害を加える悪いヤツにはゲンコツで」

「嬉しい? ボクが頑張れる優しい子だと、お師匠は嬉しいですか?」

「おう。さすが俺のかわいい弟子だーって自慢するね。ほら、バレッタ良く似合ってるぞ」


 水魔法でつくった鏡でその姿を映す。

 短い髪に合わせた小さめのバレッタはあつらえたようにぴったりだった。


「わあ……ボク、こういうの初めて、です」

「そっか。気に入ってくれたならなにより」

「気に入りました。ありがとうございます、お師匠」


 アクセサリーを身に着け、ナイアは年頃の少女のように微笑んだ。





「お師匠、中級風魔法を会得しました!」

「うそん……」


 なお、頑張ることを覚えたのでその日のうちに魔法も習得した。

 なのでお祝いとして食事処ガーバンの飯屋でごちそうすることになった。



※ ※ ※



 語り部としても、指導役としても役割から離れるが。

 オウマはリオールに密談を持ち掛けた。


「“物質を魔力に変換する方法を研究する。物質からの魔力への変換を止めることが出来れば破滅への扉が開かれたときに扉を閉じることが出来るかもしれない”」

「なるほど? まあ迷宮の研究の範疇ではあるし、俺も異論はないよ。……可愛い弟子のためだしな」


 こうしてリオールは、ナイアに隠れて独自の調査を開始した。




《追加情報》

・聖女ユノと知り合えました。

 頼めば中級治癒魔法を習得できます


・パスター司祭から迷宮の話を聞けました。

 彼は「テネスが<滅びを告げるモノ>を倒した時の装備品」と「<滅びを告げるモノ>が所持していたアイテム」を所有しているようです。


・中級風魔法を習得しました。

 また着飾ることを覚え、魅力Lv2に成長しました 


・リオールが独自の調査を開始しました。

 特に行動選択をしなくても、調査が進んだ時点でナイアに情報が提示されます。


・次の話でミランダから料理を習う・学問所に顔を出す・猫とゴロゴロになります




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