第40話

「『喚装:アガメムノン』!!」


 俺の声に呼応して現れたのは金色のフレームで彩られたモノクル。

 垂れさがった金の鎖にはアガメムノンの顔をかたどったこれまた金色の仮面のストラップがついている。


 智将アガメムノン。異世界において人類最高の将軍とあがめられた人物である。


 魔王軍と交戦した人類側の総大将であり、アキレウスやオリオンの上司だった人。

 ある意味勇者よりも偉大だった人間の力を借りるとしよう。


 右目にモノクルを装着し、魔力を流していく。

 するとレンズ越しに見る巨人兵の姿を覆いつくすかのように広がる魔力回路が浮かび上がった。


 蛍光色に光る回路は四肢の末端から、胴体に向かって真っすぐ伸び、ある箇所で合流している。

 胸の中央、ちょうど胸部装甲が分厚くなっているあたりにまばゆい魔力を放つコアがあった。


 おそらくそれがこの巨体を動かしている心臓であり、情報処理を行っている頭脳だろう。

 他に、魔力回路や魔力が集中している箇所をくまなく探してみたが頭部にも他の箇所にも見当たらなかった。


「らむね! 胸の中央にコアがある! そこをねらえ!」

「りょーかい! ってかモノクル? いいねぇ戦闘モードってことー?」


 巨人兵の目から放たれるビームを華麗によけて俺の隣に着地する。

 その顔には笑みが浮かんでいた。

 消耗しない相手に対して消耗戦を仕掛けているのに、戦意を失うどころかその戦闘を楽しんですらいた。


「らむね、コア破壊できる?」

「コアって魔法効く?」

「魔力炉っぽいから効きづらいかもな」

「オーケー! じゃあとどめは任せるとするぜ!」


 満面の笑みでサムズアップするとらむねはステッキを振り回し、魔力を高めていく。


「次は俺が相手だ!」


 ビームをはじき返し、俺は巨人兵の足元へもぐりこむとその両足を切り刻んでいく。

 相手の動きに合わせ、舞うようにだが着実に傷をつけていく。


 中の骨格部分がむき出しになり、ついに巨人兵は両ひざを地面につけた。


 脚を踏み台にし、俺は少し低くなった頭部に向かって飛び上がる。

 目の高さに迫ると、巨人兵の両目が赤く点灯し、魔力が収束していく。

 その眉間に向かって俺は剣を振りかぶった。


『斥力場を展開。脚部の修復を開始』

「くそっ……!」


 俺の全体重が乗っていた刃は頭部装甲から数ミリの地点で弾かれた。

 重力に則って落下する俺を追うように放たれたビームを刀身ではじき返し、着地。

 すぐさま距離をとるとデュランダルを地面に突き刺した。


「『喚装:オリオン』!」


『喚装』した大弓に銀の矢をつがえる。

 魔力を注がれ放たれた矢は放物線を描き、巨人兵の胴体に突き刺さる。


 アルテミスの加護がのった矢をうけ、巨人兵は完全にその動きを止めた。

 機械兵にはない『死の概念』を植え付けることはできた。

 あとはこれでどれだけ時間を稼げるかだけど……。


「らむね、あとどのくらいかかる!?」

「もうちょっと! とびきりの魔法を見せてあげるんだから!」


 そう気丈に言う彼女ももう限界が近い。

 その白い肌は病的なまでに青ざめ、ステッキを持つ手は小刻みに震えていた。


「いくよ! 『二重詠唱ダブル・スペル:澄氷のケルビン・ロンド』!!」


 らむねがステッキを掲げると巨人兵の表面が白い霜に覆われていく。

 急激に冷やされた金属の身体は収縮し、耳障りの悪い金属音と共に停止した。


「『開演タクト』!!」


 らむねの叫びと共に現れたのは大玉の氷塊。

 ミニチュアの惑星のようなそれは巨人兵の胸元にとどまると一気に弾けた。


 瞬間、冷やされた大気がビーチの日光で一気に膨張し、爆発的な圧力を生み出した。

 自らの脚では圧に耐えきれなかった巨人兵は、おもちゃのように空を飛び、神域入り口横の崖に激突し、火花を散らせていた。


 胸部装甲も熱膨張による圧力には耐えられず、赤く光るコア部分を空気にさらしていた。


「今だよケイくん!」


 へなへなと座り込むらむねの叫びに押されるように俺は強く地面を蹴る。

 らむねの魔法とさっきの矢で付与された『死の概念』によってコアとなっている魔力炉は機能を停止させている。


 仕留めるなら今しかない……!


「これで、終わりだっ!!」


 裂帛の気合いと共に振りぬかれたデュランダルはやすやすとコアを切り裂いた。

 一拍置いて真っ二つになったコアが爆発した。


「おわったぁ……」

「おわったねぇー。うわー砂だらけだー」


 フラフラと頭を振りながららむねは服の砂を払っていた。

 巨人兵の残骸から離れ、らむねの隣に腰を落とす。

 俺ももうしばらくは動きたくない。


「ありがとな」

「こちらこそだよー。何がいいかな?」

「何が?」


 らむねは前かがみになると満面の笑みでこう口にした。


「一緒に海、入ろ?」


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