第21話 逃亡と異変

「ゆ、勇者―!! た、助けて……」

「ほんとに何してんの?」


 がしゃどくろの首と腕を切り落とす。

 自由落下したパンドラは大の字のまま固まっていた。


「あれー? 魔王ともあろう人が負けるんですねぇ?」

「ここぞとばかりに煽りよるな失格女神が」

「だってねぇ? さんざんバカにしてきた人が負けてるんだもんねぇ」

「奴だけ効かないのだ! 我の『魔王の威厳』に従わないのだ!!」


 さんざん地団駄を踏んだパンドラは虚空から華美に装飾された玉座を取り出すとドカッと腰を下ろす。


「他のモンスターならばある程度従わせられるのだがな。どうもあいつだけは言うことを聞かないのだ。そもそも言葉が届いていないような……」

「だったら逃げればよかったんじゃないですか?」


 パンドラはそっぽを向いたまま動かない。

 どうせ何か理由があるんだろうな。


「理由があったとしても死ぬことだけは避け続けろよ。あっちの世界の法則は効かないからな」

「だって……なんだもん」


 横を向いたままのパンドラの口がもごもごと動く。


「なんて?」

「知らん! じゃあな!!」


 そう捨て台詞を吐いて椅子ごと虚空に消えてしまった。


 もうあいつのこと何もわからんわ……聞き返しただけなのに急に怒り出すし。何か不機嫌にさせること……エリーが煽ってたわ。


「お前が謝れよ。失格女神」

「ケイくんまで失格って言わないでよ!? 異世界のノリでいけると思っちゃったけど違っちゃったかぁ」

「ちゃんと謝れよ。ほらあっちのリスナーにもさ」


 置き土産のように残されてしまっている彼女のスマホを取り、レンズをエリーに向ける。

 画面には急にスマホを向けられて戸惑うエリーの姿と配信主が失踪し戸惑うコメント欄が映っていた。


《パンドラちゃん消えた?》

《拗ねたか》

《スマホ忘れるマ?》

《ケイが拾ってなかったらどうすんだこれ》

《ある意味伝説の配信になったな》

《パンドラちゃんは何個伝説を作れば気が済むんだろうね?》

《謝るのか? あの失格女神謝るの?》

《さすがにこうなった原因だから謝るだろ》


「悪かったわよ……前世の因縁持ち出して煽っちゃったのは私だし」


 しおらしく頭を下げるとそそくさと画面から消える。


「でもどうしてあいつ慌ててるんだ?」


 スマホも自動追尾にしてないし、ここにも置き忘れてるし明らかに精神的な余裕がない。

 それに『魔王の威厳』の効果がなくてもパンドラの普段の実力ならがしゃどくろくらい余裕で討伐できるはず。


「こういう時のコメント欄じゃないの? 普段の彼女のことなら私たちよりも知ってるはずよ」


《知ってるぞ》

《即答してる奴いて草》

《最近余裕なさそうな感じはある》

《ケイたちと会ったぐらいからだっけダンジョン配信増えたの》

《新宿に挑む回数も増えたよな》

《ボスに執着してる感じだったな》

《お前たちが原因では?》

《それもあるかもな。最速でSランクになったから》


「原因が俺たちなのはまだわかるけどがしゃどくろに執着するのはなんでなんだ?」

「そういえばこの骸骨だけモンスターの系統が違うのよね」


 新宿ダンジョン中層、上層のボスはアンデッドでも日本の妖怪でもない。

 この下層だけが異質なのだ。


「それにドロップ品がこれだけってのも違和感あるしな」


 アイテムボックスからがしゃどくろからドロップした頭蓋骨を取り出しエリーに放る。


「何も魔力も籠ってないものねぇ」

「最難関ダンジョンにしてはしけてないか?」

「これ以外には?」

「何も」

「ってことはパンドラはがしゃどくろ自体に執着してるってことにならないか」


 でもなぜ?


《何回かボスに話しかけてたな》

《あったなそれ。貴様がここにいる必要はないだろ!? とか叫んでたな》

《あれってただがしゃどくろにビビってただけじゃね?》

《いやだとしたら違うセリフが出てくると思うけどなぁ》


「そこら辺も本人に聞いてみるしかないかなぁ」

「探すところからよね……」

「とりあえずギルドに戻るか」


 ギルドならダンジョンの探索履歴が検索できる。パンドラがダンジョンに引きこもっていたら一発でわかるはずだ。

 最悪黒崎さんにパンドラの住所を聞いてみるのも手だ。


「視聴者のみんなには心配させたと思う。だけど安心してほしい。俺たちが責任をもって返すから」


 むこうの世界では考えられないようなセリフ。

 あちらでは旅の目標、仇敵だったけれどこの世界ではその彼女がカギになる。


 何とも数奇な転生に思わず笑みがこぼれた。


「さてウォーミングアップといこうか!!」


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