第13話 わがまま魔王は力に頼る

「決闘だ!!」

「断る」

「なぜ断る!!」


 いやだってやる必要性が感じられないんだもん。


 この世界でこいつがまた何か企んでいる可能性はあるけどそんな憶測よりもネメシスの対処の方が優先順位が高い。


 事務所の方へ振り返ると、背中から人の神経を逆なでするような煽り文句が降ってくる。


「ふ~ん? 怖いんだな?」

「……何が」

「我に負けるのが怖いんだろう? 一度目は勝てたけど次は負けるかもしれんからなぁ」


 俺の全身を舐めるように足を止めた俺のまわりをパンドラはにやけ顔でうろつく。


「お前も弱くなったか? うん? それとも勇者が魔王に負けるのは情けないとでも思ってるのか? 安心せい。いつもいつでも魔王は勇者よりも強いぞ」

「あーもうそこまで言うんだったらやってやろうじゃねえか!!!!」

「っしゃあ!! それでこそ我が勇者よ!!!」

「私は黒崎さんを手伝ってるからね」


 意気揚々と新宿ダンジョンの訓練場に向かう俺たちにため息をつくとエリーはスタスタと事務所へ向かっていった。


 ☆


 ネメシスとの戦闘が終わり、過疎気味になっていたコメント欄は決闘が始まると聞いてその盛り上がりを取り戻していた。


《決闘の時間だぁぁぁ!!》

《相手も配信者だからな! 炎上するなよ!!》

《そもそもパンドラちゃんと知り合いだった時点で炎上するだろwww》

《焔さん倒したお前ならいける》

《ここで負けたら焔民が全員お前のアンチになると思え》

《ここでも焔民出てくんのかよwww》

《炎上乙w》

《自分のチャンネルなのに応援が少ないのおもろすぎるだろww》

《応援しても意味ないもんな。どうせこいつが勝つだろ》

《AランクとSランクじゃなあ……実力差ってもんがな》


 一度2000人まで落ち込んでいた同時接続者数も1万人まで回復している。


「準備はいいな?」


 無言で頷く。


 場所は黒崎さんの時と同じ。なんとなく構造も地面の感触も覚えている。


 パンドラは身の丈ほどもある大鍵を地面に突き刺すと豊満な胸を見せつけるように身体をそらしながら深く息を吸い込んだ。


「ルールはどちらかが降参を宣言または背中を地面に着けたら負け!!!! 以上だ!!!」

「それで問題ない」

「いくぞ!!!」


 開始の宣言と共にパンドラがカギをひねる。

 すると彼女の背後に宙に浮いた無数の扉が出現する。


「『厄災前の悪夢パンドラ・ビフォアー・カタストロフィ』! おぬしならこれくらいではへばらんよなあ?」


 扉の中から出現したコウモリ型の魔力の塊が四方八方からミサイルのように俺に迫る。


「『喚装:ヘクトール:英雄通さぬ巌の城塞トロイオブ・コモンズ』 さすがに見慣れてるからなぁ。本気で俺を負かしに来てんだろ?」

「本気出していいのか!?」


 パンドラの紫の瞳は念願のおもちゃを手に入れた子供のようにらんらんと輝いていた。


「ここが崩壊しない程度にな」


 俺はパンドラが満足するまで守り通すつもりだ。あくまでこの決闘はパンドラの欲求を満たすためのモノ。俺から攻撃してしまうのは逆に彼女のストレスをためてしまう。


 それよりなによりコメント欄にあった「炎上」の2文字が怖い。


「じゃあいくぞ!!! みんなも見てて!! 『厄災の箱は魔王城に眠る《パンドラ・イン・フォートレス》』!!!」


 風景が、大気が異世界でさんざん壊して回った魔王城そっくりに書き換えられていく。

 石レンガ造りの謁見の間にぶら下がるはロウソクの灯が揺れるシャンデリア。その最奥には身の丈の倍はある玉座にパンドラがふんぞり返って座っている。


「さあて向こうの続きをしようぞ」


 背中に翼を生やし口調まで変わった彼女が高慢にほほ笑む。


 あの世界ではここが最終地点だった。それがこの世界で簡単に再現されるなんてね。

 さすがにこちらも全力で戦わないとさくっと死んじゃうな。


「殺す気でいくぞ!!」


 彼女が指を鳴らすと、出現した宝箱から続々と魔族の形をした魔力塊が這い出してきた。

 やがてそれらは彼女を守るように隊列を組み、魔王軍となる。


「我が軍は我だけで充分である、だったか?」

「その通り!! こちらの世界でもそれは変わらぬ!」


 人間や死んだモンスターが残した魔力を宝箱に溜め自分の魔力と混合することによってほとんど無限に魔力兵を生み出す。それが彼女が得た能力だ。


「『不滅剣デュランダル』!!」


 波状攻撃を仕掛けてくる魔力兵を魔力の衝撃波で退けているがキリがない。

 そもそも彼女個人でも保有している魔力は俺より高い。

 あの時も同じ。普通に戦えばこちらが先に燃料切れになる。


 だったら──


「一撃で潰すしかないよなぁ!! 喚装:オリオン!!」


 ヘクトールでまとっていた軽鎧が外れ魔力でつなぎ合わさっていく。


 俺の手に握られているのは大弓。狩人オリオンが最期まで手放さなかった至高の弓だ。


「『月墜ちる一条のアルテミス』!!」

「二度も食らわんぞ!! 我も学習できるのだ!!」


 モンスターの形をしていた魔力が形を失い壁となって何十にも重なって立ちはだかる。

 俺が放った矢はその防壁を1枚ずつ削るように割っていくが割られるたびに1枚ずつまた壁が生成されてしまう。


「さすがに矢の勢いも衰えてきたのう?」

「そうだな。だがこれでいい」


 愛剣デュランダルを頭上に掲げ魔力を充てんする。


「リミッター制限解除」


 瞬間、デュランダルが黄金に輝き始める。

 この剣は本来聖剣と並べて語られるもの。その刃はモンスター、魔王に対抗するため対魔力に特化していた。


 俺の魔力によって限定的に付与された対魔力が刀身に宿る。


「それももう食らわんぞっ!!」


 パンドラはさらに魔力の壁を増やし防御の構えをとる。


「俺の狙いはお前じゃない」


 地面を蹴り、距離を詰めると俺はまだ魔力の壁と激突していたオリオンの矢に刀身を当てた。

 熱が伝播するように矢にも黄金の光が宿る。

 対魔力は付与できるもの。すなわち、この矢にも対魔力が備わった。


 勢いを失っていた矢は剣に押されるように次々と壁を割っていく。


「生成が間に合わなっ……!」


 パンドラは言葉を詰まらせると、へなへなと玉座から崩れ落ちた。


 矢は彼女の頭があった場所から数センチのところに刺さっている。


「俺の勝ちでいい?」


 訓練場の風景が岩壁に戻ったことを確認しパンドラに尋ねた。

 あの矢が刺さっていれば致命傷だったしもう決着がついたでしょ。


 まだ腰を抜かしているパンドラを起こそうと手を差し伸べる。


「……けた」

「え?」

「また負けたぁぁぁぁ!!!! なんで勝てないのよぉぉ!! 魔王なのにぃ……このバカぁぁ!!! あほぉぉ!!!」

「えぇ……」


 俺の手を取ることなく彼女は泣き顔のまま鏡に飛び込んで消えてしまった。


「面倒なことになったな……」


 あいにく魔王の機嫌の取り方は未履修なのだった。


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