第8話 ノーケイくん・ノーライフかもしれない【女神エリー視点】

 あの世界では絶対に味わうことのできなかった柔らかさのベッドに顔をうずめ、お日様の匂いを存分に堪能する。


「はぁ~」


 思わず吐き出してしまった深いため息に笑みがこぼれる。


 私、疲れてるなぁ~。この世界のベッドが悪魔的に気持ちがいいのも悪いけど体力を管理できていない私も悪いよね。


「女神なのに」


 この世界に来てから何をケイくんにしてあげられたのかな。転移場所の運も悪いし戦闘にも参加できていない。

 挙句の果てには感情がコントロールできなくて嫉妬を見せちゃった。


 失格女神って言われるのも仕方ないのかな。


「だってこの世界に来てから魔力が半分になってるんだからしょうがなくない?」


 やりきれない思いが口からあふれ出してしまう。


 次元干渉魔法に魔力を使いすぎたのか、この世界に来てからずっと身体が重い。魔法を使うにもあの世界の倍の時間くらいは魔力を練らないと発動しない。


「やっぱ裏方しかないよね」


 仰向けになりケイくんからもらったスマホとかいうアイテムを起動させる。


 おぼつかない手でケイくんに教わった通りに配信サイトにアクセスした。


「すごいなぁケイくんは」


 私たちのアカウントには100万の文字が堂々と輝いている。


 ケイくんはあの世界でもこの世界でも人気者なのだ。私はそれを見守ってるだけ。


「見立てだけは悪くなかったってことかな」


 あの世界に連れてくる前、普通の高校生だったケイくんはいつもつまらなさそうにしていた。


 学校でも家でも、唯一の癒しの時間だったはずのゲームの時間だって彼の顔には退屈が浮かんでいた。


 でもそれもそのはず。学校では陰キャだからとかいう理不尽な理由でいじめられ、家でも一人。そんな人生を楽しんでいる人間は見たことがない。


 だからこそあの世界に呼んでみた。魂が純粋な彼が閉じこもっているのが見過ごせなかった。

 実際彼は憑き物が落ちたかのように生き生きと活躍してくれた。


 それを一番近くで、最初からずっと見守ってきたのはこの私


「なのにあの幼女は……」


 私がせっかく縮めたケイくんとの距離をあの幼女女神はいとも簡単に跳び越えていった。


 こっちは数年かけてやっと縮めたんだけど!!! ベタベタ引っ付くのはずるくない!?

 私が最初に見つけた子なのに!!!


 行き場のないうっ憤を枕に叩き込んでいく。


 横取りなんて嫌。彼を見守るのは私の特権なの。誰にもとられたくないの。


「でも……あれ?」


 なんで取られたくないの? 別に神々の規定に横取りを禁じるものはないし、あの世界にも複数の神から寵愛を受けた人間もいた。


 じゃあ、なんで許せないの?


 ここまで見守ってきたのに急に取られるから?


「違う」


 じゃあケイくんが怪しい女神を拒否しなかったから?


「……それも違う気がする」


 じゃあ──


「好みの子が取られそうになってるから……?」


 いやいやいや、いやいやいや!!!


 相手は人間、私は女神!! それはあり得ない、はず!!!

 というより人間に恋心を抱くのは先の事件の反省から禁止されてるって!!!


 ──でも本当に彼に好意はないの?


「違う! そう言うのじゃ、ないんだよ」


 殴り続けた枕はむなしくひしゃげてしまっている。

 ルールと道理に縛られた現実が、そこにはあった。


 魔王ですら倒せてしまう強さも包み込んでくれるような笑顔も、男らしいけど繊細な手もめんどくさそうにしながらも私のダルがらみに付き合ってくれるやさしさも全部。

 全部が愛おしい。


 でも構造が、寿命が、何もかもがすれ違う。


 だからこそ──


「エリー、入っていい?」

「どうぞ~」


 扉を開けるといつもと同じ表情、いつもと同じ雰囲気の彼が立っている。


「どうしたの? 寂しくなった?」

「違うわ。夕飯だよ夕飯。どうする?」

「え~、何か日本っぽいものが食べたい」

「じゃあ蕎麦にするか。今もやってんのかなあの蕎麦屋」


 だからこそ私の気持ちは仕舞っておこう。

 この瞬間を、この楽しさを壊さないためにもね。


「あら珍しいものを食べるの? 私も連れてってほしいわ」

「なんで出てくんのよこの幼女!!」


 ケイくんの肩からひょいとステンノが顔を出す。


 ほんとにこの幼女は良いところで出てきて……!!

 幼女女神は引っぺがそうとする私の手をよけケイくんから降りると目の前に回り込んできた。


「二人で食事なんてずるいわ。それもソバ? っていう珍しいものをだなんて」

「蕎麦はそんなに珍しくないと思うけど」

「ケイくんそうじゃない。問題はそこじゃないの」

「仲間外れはよくないわ」

「あんたはただついてきただけでしょうが!!!」


 幼女が満面の笑みを浮かべる。

 ただその笑顔の奥に見えるものに嫌な予感がした。


「あなた独占欲が強いのね?」


 その後、騒ぎを聞きつけた黒崎さんの手によって私に首根っこを掴まれ窓の外に放り投げられようとしていたステンノは解放されてしまった。


 結局ステンノはあきらめて帰り、二人っきりで夕食は食べられたけれど。

 自分の気持ちは自分の中で処理できたけれど。


 あのクソ幼女への気持ちは隠せそうにないんだよね!!!!


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