帰還した元勇者の女神管理チャンネル~【Sランク配信者】ギルド最高ランクをもらったから今度はダンジョンを救ってみた【変異】~

紙村 滝

第1話 ダンジョンに帰還した

「馬鹿! どこに転移してくれてんだお前ぇぇ!!」

「私のせいじゃないわよ! 魔王城と座標が一致してるのよここが!!」


 背後から迫る岩壁から離れようと洞窟を転がるように洞窟を奥へ奥へと駆けていく。気が付いた時には魔王を討伐した時の重装備のまま狭い通路を走りまわされていた。

 このような状況になった経緯はしっかり記憶に残っている。そのことが余計に俺の後悔に拍車をかけていた。


 遡ること数時間前、現代日本とは違う異世界トロイロドスで世界をゆがめていた元凶、魔王を打倒した俺、ケイ・カネシロは転生勇者としての使命を全うした褒美をもらいに天界へと足を運んだ。


 天界へ踏み入れた途端、神殿のような建物へと飛ばされる。

 飛ばされた先では白いローブに身を包み月桂樹の冠と腕輪をした女神が豪奢な椅子にふんぞり返って待ち構えていた。


「よくぞ魔王を倒してくれました。あなたを転生させて良かったわ」


 じゃないと日本に帰れないって脅されたからね。

 3年も異世界にいたらあんなにクソゲーだと思ってたあの世界が恋しくなってくるんだよね。高校1年のときに転生したからみんなもう大学に行ってんのかな。


「そなたには一つ褒美を与えましょう。金でも美女でも、国でもなんでも言ってください」

「家に帰してくれるって言う約束は?」

「あ、あれ? そんな約束してましたっけ……?」


 忘れたとは言わせん。転生させられた時に自分から『魔王を討伐してくれたら元の世界に帰してあげます』って言っていたはずだ。


「えーっと……てへっ」

「いいの? 天界ごと切り刻むよ?」


 コツン、と頭に拳を当て、舌を出した女神を前に愛剣を逆手に持ち、奥義発動の構えをとる。別に神様とかいなくたって世界は回っているし、この失格女神のせいで起きたトラブルもあった。切ってしまってもかまわんだろう?

 まあ、着地と異世界脱出が不可能になることを無視すればの話だけど。


「あーもうわかりましたよ!! 日本に帰せばいいんでしょ! 帰せば! 次元干渉魔法難しいから嫌なのよね~」


 しかめっ面でぼやいている女神の両手から光が放たれ俺の身体を包んでいく。

 包んだ光は糸状に分割され精緻な魔方陣を描き上げていく。この世界に来るとき、日本の何の変哲もない交差点でこの魔法陣に包まれたときは焦った覚えがある。誰にも見向きもされずただ抵抗できないまま目の前が光でシャットアウトされていくのには正直漏らしそうだった。そこから3年でよく魔王を倒せたと自分でも思う。運がよかったのかな。


 そう俺が昔を懐かしんでいる間にも魔方陣は構築され、ついには俺の全身を包むカプセル型の次元干渉魔法が完成した。


「最後に聞きたいんだけど日本って国はそんなにいいところなの?」

「ここよりは安全で穏やかだよ。平和ボケするくらい」

「1回観光しに行こうかな~」

「生きている間に来るんだったら案内してやるよ」

「おいしい食べ物は絶対教えなさい。じゃあ気をつけて帰るのよ」


 女神に別れを告げ、俺は平和な日本へ帰還した。

 はずだった。


 異世界から帰還した俺の目に移ったのは暗闇の中でうっすらと光る岩壁。そして隣にはなぜかさっき別れを告げたばかりの女神が目を丸くして座っていた。


 立ち上がろうと膝に手を突き足に力を込めた瞬間、床がわずかに沈みカチッ、と何かのスイッチが押された気配がした。


 そして今に至る。


「あなたが動くからこうなったんでしょ!!」

「あそこで座ってるわけにもいかないでしょ! っていうかそもそもなんで魔王城に設定してんだよぉ!!」

「だって魔王城とトウキョウの座標が一致してたんだもん!!!」


 だとしても東京にダンジョンはないんだよなぁ!!


 岩壁の圧に押されるように目の前の空間に転がり込む。

 狭い回廊にぽっかりと空いた空間はごつごつとした岩壁に囲まれているだけで何もない。


 迫ってきた壁が音もなく俺たちが入ってきた回廊をふさいだ。まるでトロイロドスのダンジョンだな。雰囲気も罠もすっかりなじみ深くなってしまった異世界ダンジョンに似ている。


「ぜえ、ぜえ……なんで私がこんな目に……」

「こっちが聞きたいくらいなんだけど」

「あれぇ~? おっかしいな座標はトウキョウになってるんだけどな?」


 両手に魔方陣を浮かべながらうんうんと呑気にうなっている。

 しっかりしてくださいよ女神さん。


「何か来る。失格女神は下がってて」

「呼び名ひどくない!? あと言いづらいでしょそれ!!」


 地中や天井を流れていた魔力の流れが変わった。

 空間の亀裂から漏れだすかのようにあふれた魔力は空間の中心に身の丈以上の扉を形成していく。


 部屋全体が振動し、もはや耐えきれずにあちこちからパラパラと岩壁のかけらが舞い降りている。


 女神の方へ視線を向けるが、戦えるわけないでしょと言わんばかりに首を振っていた。


「ケイ。演出だけなら魔王級だから頼んだわよ……私もう魔力もないからね?」

「はいはい」


 スッと壁際でうずくまった女神を確認し、扉に近づいていく。

 アイツは失格女神だけどこういう時の発言はよく当たるんだよな。神託ってやつ?


「なんでもいいけどさっさと出てきてくんねえかな。こっちもトラブルの真っ最中なんでね」


 俺の言葉に呼応するように魔力の扉が開かれる。

 ずるりと中から這い出てきたのは巨大な骸骨。

 その左手にはぐったりとした少女が握られている。


「──!!」


 けたたましい骨の咆哮が、空間内に激しく響き渡る。


 ただ叫んだだけで地面が割れ天井の一部が崩れ落ちる。

 咆哮だけでこの圧。確実に魔王級の魔力は持ってるな。

 それにこのモンスターは見覚えがある。


 異世界ではなく現代日本で。


「『がしゃどくろ』じゃん……」


 古来日本から語り継がれている妖怪がしゃどくろそのものだ。


 天井に頭の頂点を沿わせるように窮屈そうにかがんでいる姿だけで女神は気圧されて腰を抜かしていた。


 愛剣デュランダルを抜き半身で構える。


 あの少女は生きているのだろうか?

 助け出すにしても俺たちが脱出するにしてもがしゃどくろを倒さなければいけないことに変わりはない


 魔王を討伐できている身でもやはり緊張感と恐怖心は心の底でくすぶっている。

 人間は本能的にでかい奴には怖がるのだ。逆にこの恐怖心がない奴は人間じゃないんだと思う。


「──!!!!」


 けたたましく骨をこすり合わせながら、がしゃどくろが右腕を振り下ろしてくる。

 一般人なら即死級の攻撃だが魔王を討伐できた俺のステータスなら余裕をもって避けられる。


「遅いぞ。出オチモンスターじゃねえか」


 ズン!! と轟音と砂嵐を立て拳が振り下ろされた。


 俺はとっくにがしゃどくろの背後に回っていた。


「──!?」


 やはり驚いたのかそのまま地面を抉るように腕を振り回してきた。


 しかし無駄だ。

 いくら威力の高い攻撃でも当たらなければ意味がない。スピードで俺に追いつけない以上、がしゃどくろの攻撃があたることはない。


「──!!」


 だがそのことをこいつは理解できてないんだろう。

 そもそも脳みそがない骸骨だしね。


「────!?!?」


 そして──怒ったのだろうか。


 身体を軋ませながら両腕を扇風機のように空間一杯に振り回してきた。

 地面をこするようなラリアットももちろん上下左右あらゆる方向にがむしゃらに拳を打ち付けてきた。


 しかしそのスピードは変わることがない。

 俺にダメージが入ることはないのだ。


 地面が凸凹に抉れ、壁には亀裂が入り……。

 まるで台風が吹き荒れているなかのような攻撃をすべて身体能力だけで避け続けている。


「そろそろいい?」


 異世界生活ですっかり慣れ親しんでしまった構えをとる。

 剣先を地面に向け体制を低く保つ。

 幾度となく俺を窮地から救ってくれた。


 魔力も存在するならこっちの世界でも通用するはずだ。


 最高ランクの技として。


不滅剣デュランダル!!」


 魔力の斬撃を受けたがしゃどくろは床面ごと塵となった。

 もちろん、考えなしに大技を撃ったわけじゃない。


 不滅剣デュランダルは地面を底辺に三角形の衝撃波を放つ。

 俺はがしゃどくろの肋骨にあるコアとその三角形の頂点が合わさるように技を出した。


 つまり──


「大丈夫!? 生きてる!?」


 コアを破壊され塵になっていくがしゃどくろから放り出された少女を抱きとめる。

 学生服のようなコスチュームの上からも女の子特有の柔肌の感触が俺を両手から石化させていく。


「んあ……ここ、は?」


 ハーフツインがけだるげに揺れる。


 良かった、まだ生きてる。


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