第29話 地下回廊6:スミカの魔法

 パーティメンバーそれぞれで、属性違いの魔法攻撃を一気にたたきこむことになった。

 ニケは水、リチルは風、レインは雷。そしてスミカは土魔法だ。

 もちろんスミカは土魔法なんて使ったことがない。

「よしっ! ぶっつけ本番!」

 気合を入れているニケに、スミカは思う。

(うえぇぇ……、だいじょうぶなのかな?)

「スミカさん、だいじょうぶです……。とりあえず土か岩っぽいの出したいって思えばたぶん出せます。あとは思う限りの最大力……力、ですか。それをぶちこんでやってください。私たちもぶちこみます……」

 不安げなスミカの様子に気づいたリチルがアドバイスしてくれた。ですます調でわかりにくいが、「ぶちこむ」みたいな言葉を使うあたり、彼女も相当テンションが上がっている。

「う、うんっ。わかった。やってみる」

「いくわよ!」

 レインのかけ声とともに、作戦開始だ。



 ◇



 まずはブラウニーの攻撃をやり過ごさなければならない。

 大型ハンマーの連撃攻撃が迫りくる!

「うおりゃぁ!」とニケ。

「どぅぉっせぇいやッ!」とレイン。

「えーい……!」とリチル。

「そ、それー!」とスミカ。

 四人全員の防御魔法で圧をかけて、思いっきり弾き飛ばした。

「繧ョ繧ョ繝!?」

 飛ばされたブラウニーは、もんどり打って地面を転げまわる。そのすきに全員で魔法攻撃をしかける算段だ。


 ニケは水魔法を空中に書いた。

「水よ! したたれ! 育て! どこが育てとは言わないけど大きくなれ! そのおこぼれをわたしに! 〈巨果水球弾ウォーターメロン・ショット〉!!」


 リチルも続く。

いにしえに、釣り人ありしと人の言う……そは風の便り、風のたわむれ、風のささやき……風の哀しみ。小さきそれら、すべて集めて、すべてせ、はがねのごとき力とたくわえ、猛々たけだけしき打神の力で風の引導を渡せ……〈威風いふう獰導どうどう〉……!」


 同時にレインも詠唱に入った。

「居眠り! 内職! 早弁! 宿題忘れ! ダメ、ゼッタイ! 認めない! 落ちよ! 〈恐師の雷The teacher's rage comes down〉!」


(レインちゃんって……学校関係の人、なのかなあ……)

 雑念たっぷりながらスミカも土魔法の詠唱に入る。

 しかしここでトラブルが発生した。


(あれ? 「土」って英語で何だっけ!?)

 詠唱に英語は必須ではない。……ないけれど、ここはかっこいい決め台詞を使いたいお年ごろでもある。


(土……土。ロック? それは岩だっけ。 土のつく何か……土曜日サタデイ? たぶん違う気がする! 土壌ドジョー? これはふつうに日本語! あれーっ? ……ツッチーとかじゃダメなのかな。ダメだよね……。うーん、うーん……。あっ、そうだ! テニスのクレイコート!)

 スポーツニュースでときどき見かける赤茶けたコートが頭に浮かんできた。


(ようし! 色的にレンガっぽいから固いレンガをつくるイメージで……あれ? レンガって何語だっけ!?)

 そこからまた「うーん、うーん」と考えて、「そうだ!」と、あることを思いつく。ここまで数秒。みんなより魔法発動が少し遅れたが、そこは詠唱のはやい読み手リーデルだ。なんとか許容範囲内におさまった。


「〈土の本ブック・オブ・クレイ〉!」

 赤茶色の固い本ソリッドブックがブラウニーを襲う!


「繧ー繧ャ繧ョ繝」繝!?」

 水風雷土、四属性の同時攻撃だ。全弾が命中しブラウニーのHPゲージが見る見るうちに減少していく。


「やったかな!?」

「はい、このままいければ……」

「ふん、めんどくさいヤツだったわね」

「ブラウニーちゃん……」


 キィン、カキッ……カキィィ……カキンン……。


 硬質な響きがたてつづけに四回起こった。

 ブラウニーの瞳に結晶状のものが浮かび、シャン、パリィン、クシャ、カシャンッと弾け、はらはらとかけらが消えていく。

 それはまるで――まるでブラウニーの落とす涙のように。


「繧ー縲√げ繧・繧。繧。繧。繧。繧。繧。繝ゥ繧「繧「繧「繧「繧「繧「繧「繝!!」

 咆哮ほうこうだ。またしてもフィジカルとメンタルの両方に効果のあるデバフが四人に降りかかる。

「く……ッ! 〈解呪ディスペル〉!」

 レインの補助魔法で、こちらの防御が紙にされることはまぬがれた。しかし――タンッ!!


 ダダダダン、ダンッ! ガンガンガンッ!!

 距離をつめたブラウニーが、大金槌の連打を何度も打ち込んできた。

「ひぃぃ、これやばいよぉ!」

 ニケが悲鳴をあげた。

 息もつかせぬ強打が、何度も何度も続けざまににくる!

 全員で防御魔法をしていても、踏んばらないと衝撃で飛ばされそうになるほどだ。

「まずいです……。今後魔法はきかない。できるのは防御だけ。HPは削られ続ける。あれ? つんだのでは……」

 リチルは冷静に状況判断しているが、肝心の打開策が思いうかばないようだ。

「これは挑戦失敗かもね。あー、またもう一度再挑戦……はできなかったっけ? しょうがないわね……」

 レインもあきらめモードに入ってきた。


 しかしスミカは考えていた。

(さっきのあれ……攻撃を受けたら結晶みたいなのが落ちて……今も落ちて……まるで――)

 ブラウニーを見る。

 打撃スタイルは洗練さも何もなく、ただやみくもに打ちつけているだけにみえる。めちゃくちゃであるからこそ、予測がつかず、こちらの手に負えない。

 打撃自体がじつに強烈だ。弱まることなく、しのく雨のごとく降り注いでくる。こちらが防御と回復を駆使し続けたとしても、このままでは遠からずパーティは全滅するだろう。ならば――


「あ、あの……! ちょっとやってみたいことがあるんだけど……!」

 せっぱつまったスミカの声音に、三人は少し驚いた。

「スミカ、まだ何か策がある? ……ぬぉっと!」

 ガキン! 防御しつつニケがたずねる。

「ん、ん〜……。まったく効果ないかもだけど……。でも! 今やらないと後悔する。そんな気がする!」

 スミカのいつにない真剣な表情にニケは大きくうなずいた。

「わかった。やってみて! 二人は?」

「異議なしです……」

「やれることはやりなさい!」

 リチルとレインも同意した。


「よ、よぅし!」

 スミカが気合を入れる。

(集中……集中……まず集中)

 地下フロア内を縦横無尽に走りまわり、こちらのスキをうかがい、敵意を――あるいは殺意をむき出しにして襲いかかってくる大きなハンマーを持った、怒れる……


 そしてスミカの詠唱が始まった。


「〈やすらかなまどろみ

 暖炉の火のゆらぎ

 マントルピースの内側はあかあかと色づき

 角の一部にはなめらかなつやが見える

 そう、そこにはいつも誰かがたたずんでいた

 その記憶


 あなたはよき人

 あなたはよき隣人

 いつも人の隣りにいる

 気配だけを知らせてくれる


 あなたは好き

 人の家が

 人の息づかいが

 子どもたちの声が

 カトラリーのふれる音が

 窓の開く音が

 カーテンの風にゆれるさまが

 床をコツコツ歩く音が

 さっさっと、ほうきを使う音が

 あなたは好き


 だからあなたは

 みんなが寝静まった夜に

 家のすみからひょっこり顔を出して

 テーブルの上のトランプをシャッフルしたり

 戸棚を眺めて、楽しんで

 食器やカップの位置をちょっと入れ替えてみたり

 床のホコリを箒で掃いてくれたりする


 そして翌朝になって

 家の人たちが

 いつもと勝手が違って、とまどって

 いつのまにか掃除されていることにびっくりして

 それで、ああもしかして……とわかるんだけれどわざと知らないふりして

 そして隣人たちのことを思うとき

 そういうとき、そういうところにいるのが——〉」


 いつの間にかニケたちのいるところをすり抜け、たった一人でブラウニーに向かって歩いていく。

 ブラウニーは魅入られたように動かない。

 それを見守る三人の魔法使いたちも、信じられない光景に動けない。

 歩を進める。

 歩を進めるたび、靴音が床に響くたびに、小さな色とりどりの魔法のかけらが跳び、跳ね、踊り、手と手をつなぎ、組紐くみひものように伸びていく。


「〈そう、あなたがいるべきところはここじゃない

 こんな暗いところじゃない

 こんな悲しいところじゃない

 こんな寂しいところじゃない


 もっとやさしい

 もっとたのしい

 もっとあたたかな


 ねえ、そうでしょう? あなたは心優しい私たちの隣人

 いつも隣りにいるもの

 るもの

 よき人々――それがあなた


 ほら、私と一緒に帰ろう?

 あたたかいところへ

 おひさまのシーツがにおうところへ

 小さな子たちの笑い声が聞こえるところへ

 帰ろう……?〉」


 そして気がついたらスミカはひざまずき、ブラウニーを抱きしめていた。

 ブラウニーは抱きしめられるままに、動かなかった。

 そしてスミカとブラウニーはそのままピタリと動きが止まってしまった……。


 やがてブラウニーの体に変化がおこった。

 ふわっとした光が全身からにじみ出て、その輝きがどんどん増していく。

「ブラウニー……?」

 その光の強さにスミカがようやく我に返ったあたりで、ブラウニーと目があった。

「きゅ……ぅぅ」

 ただひと言。

 意味はわからないが、言いたいことは伝わってきた――とスミカはあとになってこの出来事を思い返すとき、いつも思う。

 たぶんブラウニーは「ありがとう」とか、そういう気持ちを伝えてくれたんだと思う。


 そして身体の維持ができなくなるほど、体から光をあふれさせたブラウニーがそっと顔をよせてきて――ちゅっ。

 スミカの頬にキスをして。

 そして。

 大金槌をもった茶色い毛むくじゃらの妖精は――その場から消失したのだった。

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