第26話 地下回廊3:スペルブック

 不思議な地下回廊探索イベント。その後半戦。

 迫りくるのは浮遊する本たちだった。

「本の、ゆ、ゆ、幽霊!?」

 スミカがおっかなびっくりしていると、美幼女レインが臨戦態勢に入った。

「スペルブックってやつよね。モンスター化した魔導書ってあたりかしら」

「魔法を撃ってくるっていうイメージがありますね……遭遇するのは初めてですが……」

 司書見習いのリチルもスペルブックの動きを注視している。

 先頭にいるのは、赤い本だ。

「とはいってもなぁ。本だけ勝手にフラフラ動いてるのって、よく考えたらシュール――のわっ!?」

 ニケはまだまだのんびりとしていたが、いきなりあわてることになった。

 開いた本のページ上に魔法の火が灯ったかと思うと――フォノォッ! いきなり火魔法で攻撃してきたのである。


 しかし、こちらも防御する。もちろん無傷だ。

「射程が長いわね。これは魔法の撃ちあいになるかも」

 レインが分析した。

「火属性の相手なら水系で対抗できますね……〈水弾ウォーターショット〉!」

 リチルが水魔法を使う。

 その刹那、スペルブックたちが奇妙な動きをした。最前列にいた赤い本が後ろに引っ込み、青色の本が前に出たことにスミカが気づいた。

(あれ? 入れ替わった?)

 そしてリチルの水魔法が着弾――バシャンッ!

「なんですと……!?」

 相殺そうさいされてリチルはびっくりだ。

 そして、間をおかず青い本の攻撃! ――ミズュバッ! こんどは水魔法だ。それを防御し、

「こなくそっ! 水には、ええと……何だっけ!? 〈カミナリ〉!」

 ニケの書いた雷魔法が、くうを切り裂く。

 すると青い本がスッと後退し、今度は黄色い本が前方へ。

(また入れ替わった!)

 ――パリン! 金属的な衝撃音がして、またも攻撃が相殺されてしまった。


「くっ……レインちゃん! 雷には何が効くんだっけ?」

 ニケがたずねた。

「この場合、火だと思うけど……ちょっと待って。そうすると今度はたぶんあの赤い火属性のヤツが出てきて、攻撃を無効化されるかもだわ」

 そしてレインは考えこむ。

「う〜ん。三すくみの原理に近いんだけど、防御がちょっと変則的ねぇ。基本はそれぞれ有利不利があって、その関係が三角形にぐるぐるまわるアレなんだけど」

「ゲームでよくあるアレですね……。剣と槍と弓の相性とか」

 リチルもアレを理解しているようだ。

「そう、それね。だから相手の弱点を突くように攻撃すればいいんだけど――」


「じゃあ、やっぱり〈火球ファイヤーボール〉だ!」

 ニケの攻撃――ボゥウッ!

 やはり赤い本に封じられてしまった。

「ぐぬぬぬっ!」

 ニケはくやしそうだ。そしてスミカが気づいてしまった。

「ん? ねぇ、これってこの状態が続くと、決着つかないかも?」

 膠着こうちゃく状態におちいる可能性が出てきたわけである。

「えっ、ヤバいじゃん!」

「どうしますか……」

 ニケとリチルがやや狼狽ろうばいしはじめた。レインはなおも考えているようだったが、

「う〜ん。といっても相手は本でしょ? なら……」

 スミカを見た。

「スミカちゃん、ちょっとお願いできるかしら? 私はまだ魔法の出力が安定してないから」

「わ、私にできることならなんなりと!」

「心強いわね」

 そしてニケとリチル、二人の書き手ライテルに指示を出した。

「ニケちゃんとリチルちゃんたちはしばらく足止めをお願い。時間をかせいでもらえば、その間になんとかできると思うわ」

「了解っ」

「了解……」


 前衛になったライテル二人が踏んばっている間に、スミカとレインの読み手リーデル二人は、後ろでコソコソ画策かくさくすることになった。

「スミカちゃん、長めの詠唱のやり方教えるから。私が言うのに合わせて詠唱してみて」

「長めの……詠唱?」

「うん、それで魔法の威力が上がるから。それであの本どもを一網打尽いちもうだじんにしてやろうってわけ」

「なるほど!(本さんたちには気の毒だけどなあ……)」

「ということでスミカちゃん……耳をかして?」

「あ、うん……」

 スミカが身をかがめると、

「ふぅ〜っ♡」

 美幼女の甘い吐息がスミカの耳をとろかして……。

「ひゃ、ひゃぃんっ!?」

 あられもない声をあげるスミカ……。そして二人は甘く……切なく……とろけるような――

「な〜に〜やってんのぉ〜!」

「なんてうらやまけしからん……」

 前衛のライテル二人から不満と抗議の声。


「冗談よ。気にしないでね。……じゃあ、ええと、どうしようかしら……うーんと」

 レインは口の中でしばらく言葉を転がしているようだったが、やがて詠唱を開始した。もちろんスミカの耳もとでである。

「〈ついの姿を思い描く。これがおまえたちのむかえる結末……〉」

 ささやかれて耳がくすぐったいのだが、スミカは我慢しつつレインの言葉を復唱していく。

「〈ページを舐める炎、からみつく炎、まとわりつく炎……〉」

 火に関係する呪文のようだ。

「〈帯をとき、カバーをむしりとり、そでを引き抜き、寒冷紗かんれいしゃ薄衣うすぎぬを引き裂き、おもてうらを剝き出しにし、おまえのすべてをあらわにしよう。炎の指が、おまえの小口を撫で、さすっていく。楚々そそとした花布はなぎれを引きずり出し、純血を散らしてやろうではないか〉」

 スミカは、はじめはたどたどしかったけれど、徐々にリズムのポイントをつかんでいった。やがて二人のリズムが同調していく。


「〈ほぅら、おまえの背、おまえの耳、おまえの喉が熱く燃えるのがわかるだろう。固いかどの丸みを何度も火遊びされる気分はどうだ? ほら、どうした? 固い表紙をパクパク浮かして、息も絶え絶えにあえいでいるではないか。溝をほじくられるのがそんなに好きか?〉」

 二人の声があわさり、かさなっていく。

 詠唱しながらスミカは、

(何だか……ちょっとエッチな感じがするなあ)

 と思わないでもなかったが……。


「〈天も地もわからぬほどにひっくりかえされ、扉をはしたなく広げさせられ、つまびらかにされ、炎に翻弄ほんろうされてもだえる姿をでてやろう。どうだ! 今のおまえはすべてをさらけだしてしまった! 我が炎の前で、おまえは無力! ただなすすべもなく、我が意のままに燃え上がっていけ!〉」

 唱えられる魔法の言葉は、やがてクライマックスを迎えた。


「〈そして燃えろ! 激しく燃えろ! その身を焦がして、ちりあくたと化せ! 焚書バーン・アウト!!〉」


(ふ、〈焚書ふんしょ〉!?)

 最後の一語にびっくりしたスミカだ。

 しかし、これで詠唱は完了した。スペルブックたちの直下に火の魔法陣が現れ、幾本もの火柱が上がる。直火じかびにさらされた本たち。青色の本が水魔法で対処しようとするが――

「ムダよ。火力がまされば焼け石に水ってね」

 レインの勝ちほこった声が上がった。


 本が燃えていく。

 文字の上をメラメラと火が舐めていく。

 巻き上がるページ。

 くずれおちる表紙。

 かがりじされていた糸が焼き切れ、紙がバラけていく。

 乱丁らんちょうが起こり、ページを失い、落丁らくちょうとなった。

 バラバラとページが落ちていく。それはあたかもちぎれた蝶の羽根のように。

 文のつながりを失い、意味をなさなくなった紙の集まりは、やがて力を削がれ、魔力を減じ、最後にはただの紙切れとなって燃え――黒焦げの灰になって床に降り積もっていった。


 戦いは終わった。

「「「「……」」」」

 しばしみなが無言になった。


(倒さなきゃいけなかったんだろうけど……。本が燃えるのは悲しいなあ……)

 スミカがしんみりとした気分になっていると、燃えかすの集まったところから何かが浮かび上がった――フォンと音が鳴る。


詩篇しへんの紙片〉。ドロップアイテムだ。

 紙片はふよふよとくうを漂い……手をさしのべたスミカの手のひらの上に舞いおりる。

「お……おぉぉ……」

 手にとったスミカは、言葉を失っている。

「タップすれば説明、というかフレーバーテキストが読めるはずだよ」

 ニケがアドバイスしてくれた。――タップ。

「『なんの因果か魔力を帯びてしまった本の切れはし。それは所有者の使い方によって、善にも悪にも効力を発揮するだろう』だって」

「ふぅん、それなりの効果はあるみたいね。よかったじゃない」

 レインが言った。

「あ、あの。これ私がもらってもいいの……かな?」

「いいわよ? 魔法の大半はスミカちゃんがったものだから。私は力の出し方を教えただけ」

「えー、でも教えてくれたのはレインちゃんだし……」

「ふふんっ、まあ細かいことは気にしないの。取っておきなさい」

「はぁい……」

 まるで学校の先生のような口ぶりだなあ、と思いつつスミカはありがたくいただくことにした。

 もちろんドロップアイテムはそれだけでなかった。

「おぉっ。〈おきのかけら〉!」

「こちらは〈水の涙〉。レアですね……」

「〈雷の針〉もあるわね。ほくほく」

 なんだかんだと豊作だった。



 ◇



 そして、またしばらく進んだところで、今度は警告のアナウンスが響いた。


 ――アテンション。強敵です。臨戦態勢を推奨します。


「ついに来たか!」

「これは……ボスと見ていいのでは……」

「腕が鳴るわね」

「うわぁ……」

 四者四様のリアクションだ。


 ゴゴゴゴ……という、いかにもな雰囲気が前方で起こっている。

 空気が逆巻き、ほこりが舞い散り、圧するような気配が濃くなっていく。

 そして姿を現したのは――またも本だった。しかし、先ほどのスペルブックたちとは明らかに異なる大型の本である。年月を経て、古び、威厳をそなえ、あらゆる知識を貪欲どんよくに取りこんだ、本の魔物の気配だ。


 ――スペルブック上位体と認定します。固有名・教授プロフェッサー。心してかかってください。なお、この戦闘は当アナウンスが実況します。


 よし、っとスミカたちは気を引き締める。ところが……。


 ――プロフェッサーの先制攻撃! 次の文を英訳しなさい。『ふええ……おにいちゃん……もうがまんできないよう……』

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