第24話 プールワーププール(24、ビニールプール)


プールの匂いだ、と菫は感じた。

視界いっぱいに、透明な青。きらきらと夏の日差しを反射した水面は、学生時代の夏に嫌というほど見た青色だ。どこにでもあるような学校のプールサイドに、菫は一人立っていた。日差しはある。だが、多少の暑さはあれど、痛みや眩しさは無い。作り物のような紺碧の空。菫は空を仰ぎ、目の前にある、何てことのない二十五メートルプールへ視線を落とす。菫以外、誰も居ない。人の気配も物音もしない。時折プールの水が気まぐれに、ちゃぷん、と揺れている。それだけ。

菫は、プールの階段横まで来て腰掛けた。裾を捲り、両足をプールへと静かに入れる。丁度良い冷たさで、少し菫の頬が緩んだ。意味も無く足をバタつかせて遊んでみる。そんな場合でも無いのに。菫は少し息をつくと、手に持っていたラムネ瓶を思い出したように見る。

「何でラムネ飲んだだけで、こんな不思議に遭わないといけないんだろう……」

いつものこととはいえ、やはり愚痴の一つも言いたくなる。菫は残った少ない中身を一気に飲み干した。しばらく澄んだ青を眺めていると、真ん中辺りにきらりとした何かが沈んでいるのが見える。菫は気になって、服のままプールへ入るとゆっくりその場所へ近付いた。

「ビー玉?」

水の上から目を凝らすと、ビー玉のように見えた。思わず、手に持つラムネ瓶を見る。中でからん、とビー玉が鳴った。菫は深く考えず、水底のビー玉目掛けて潜った。ビー玉は直ぐ菫の手に収まる。水と同じ色をしていた。菫は光に誘われて、パッと上を見る。水面は青と透明に輝き、酷く懐かしい気持ちになった。いつの間にかビー玉が手から零れて、水面へ空へ、吸い込まれて行く。掴もうと手を伸ばしてーー

「あれ……?」

ざばっ、と盛大な水音が菫の耳をつんざく。急に身体が重くなって、ふらりと傾いたのを誰かに支えられた。

「何だ!?すみちゃん!?」

「榊さん……?」

並行感覚も無い。そのまま榊に抱えられる。熱い腕の中で辺りを見ると、佐和商店の前だった。足元には、青いビニールプール。西瓜が二玉ほど冷やされているようだった。

「大丈夫か?すげー浅いビニールプールから出て来たんだぞ。何があった?」

目を丸くする榊に何と説明しようかと考え、菫は結局溜息をつくことしか出来なかった。














  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る