第2話 二番目の憂鬱


『シルフィア・アートランド』


彼女は王都南方に広大な領地を持つ『魔術博士、ゼフェル・アートランド卿』の長女だ。

そして、正規軍への従軍前にしてすでに各地の戦線に赴き、魔獣討伐や反乱鎮圧の実戦経験を持つ。

父の名に頼らずとも、天才的な技術を持った召喚術士としてその名をとどろかせつつある才女なのだった。


対するギースは、その本名を『ギース・アリステラ』という。

彼は、国内最高の剣士の称号を持つ『剣聖、ガーランド・アリステラ卿』の長男だ。

剣に長けた父親の血を色濃く受け継いでおり、幼少期からすでにその剣の腕前は達人の域に届いていた。


ギースは傲慢な性格が災いして同性の友人が少ないが、常に異性の取り巻きを引き連れているような色男だ。

昔から、ダインに近づいてくる女性のほとんどが結局はギース目当てだった。


シルフィアは違った。

でも、結局は似たようなことになってしまった。


今日この後、シルフィアとギースは王城の大聖堂にて『結納の儀式』を執り行うことになっていた。


「それじゃあダインくん。また、後でね」


「儀式に参列する前に、その薄汚れた服を着替えて来いよ。この……、アリステラ家の面汚しがよ」


「まーたギースはすぐにそういうことを言う。というか、ダインくんの服が汚れたのはあなたのせいでしょ?」


「ああ? そこの愚図が勝手に挑んできたんだぜ? むしろ被害者は俺の方」


「はいはい。ほんと、あなたはいつもそうやって……」


「……」


「……」


二人はそんな風に仲の良い言い合いをしながら去って行った。


先ほどまでギースを取り囲んでいた取り巻き達はそんな二人を悔しそうに見送り、そしてパラパラと解散していったのだった。



→→→→→



「はぁ、本当。頭来ちゃう。あまりにも出来過ぎた二人でお似合いなのがまた……、心の底から嫌になるわ」


解散していった取り巻きの中で、一人だけダインの前から立ち去らずに残っている少女がいた。

少女はため息をつきながらスタスタとダインの元へと歩み寄り、ダインの方へと右手を差し出した。


「いつまで寝てるのよ、ダイン・アリステラ。さっさと起きなさい」


「リーナ……」


ダインはその右手を掴んで立ち上がり、パタパタと服の汚れを払った。


「いい気味ねダイン。今回ばかりはちょーっとだけあんたのこと応援してたんだけど……やっぱ無理よねぇ。ゴブリンしか召喚できない最弱召喚術士のあんたがギースさんに勝つだなんて……、天地がひっくり返ってもあり得ないことだもの」


「う、うるさいな」


「あんたが勝って、ギースさんがシルフィアお姉ちゃんとの婚約を破棄する可能性にちょーっとでも期待していた自分が情けないわ」


「……」


ダインは、握り拳を競技場の壁に思い切り叩きつけた。

だが、石造りの壁はびくともせずに少し埃が舞っただけだった。


「怒らないでよ。『召喚士は冷静さが大切だ~』って、またお姉ちゃんにお説教されちゃうわよ? ……まぁ、あんたの気持ちは、私にだって痛いほどわかるけどね」


「……」


ダインがギースに決闘を申し込んだのは、ギースとシルフィアとの結納の儀式を取りやめさせたかったからだ。


本日、二人と両家の当主が司祭の前で誓いを立て、二人の婚約を正式なものとする『結納の儀式』を執り行う。

その儀式の完了もってして二人は正式な婚約をしたとみなされる。


つまりはそこが、最後の砦だった。

だからダインはなんとしてでもそれを止めたかった。

止めたくて、ギースに決闘を申し込んだのだった。


ダインが勝てば、ギースは結納の儀式の前にシルフィアとの婚約破棄を申し出る。

そういう約束だった。


だが、ダインは負けた。

これ以上ないってくらい無様に、圧倒的な力の差を見せつけられて敗北した。


「ダイン。まぁ、なんていうか……、ご愁傷様」


「リーナだって……」


そして、リーナの境遇はダインと非常によく似ていた。


兄姉きょうだいが優秀で、自分はその陰で冷遇されているというところ。

そして、過ぎた相手に叶わぬ恋をしているというところまでとても良く似ているのだった。


「憧れの人が身内と婚約するのって、やっぱキッツいわよねぇ。あはは……」


「よくそんなことを明るく言えるなぁ」


「だって、どうしようもないじゃない。悔しいけど、あの二人はお似合いよ。共に国内有数の名家の出身で、実力も容姿も兼ねそろえた完璧超人。私やあんたみたいな出来損ないとは、実際に何もかもが違い過ぎるのよ」


「リーナだって、容姿だけはいいじゃん」


「あら、ありがと。『だけ』っていうのがちょっと気にかかるけど……」


「しゃべらなければ、良家のご令嬢に見えなくもないよ」


「私はまごう事無き『良家のご令嬢』よ! そして口が悪いのは生まれつき!」


「生まれつき口が悪い人なんていないでしょ? 赤ん坊はしゃべれないわけだし」


「ほんっとに、あんたってやつはいちいちうるさいわね!」


「でもさ、リーナは本当に綺麗だと思うよ。だから……、本当に何にもない僕よりは幾分かマシだ」


「ふふん。そこだけはお母様やお姉ちゃんに似れてよかったわ」


「はいはい、ちょっとほめるとすぐ調子に乗る」


「うっさいわね。だからさ、こうなったら私はこの容姿と『魔導博士の娘』で『天才召喚術士師の妹』で『次期剣聖の義妹』でっていう最高級の肩書を全部使って……お父様にいい男をあてがってもらうの。そして、一生面白おかしく豪遊する生活を送ってやるわ!」


「マジで『容姿』以外全部人任せなのね……。いや、ある意味で容姿もある程度は人任せの部類か……」


「ふふん。お姉ちゃんがハンカチ噛んで悔しがるくらいにいい男を捕まえて、一生優雅に暮らしてやるんだから」


「なんか軽いなぁ。……兄さんのことはもう乗り越えたってことね。リーナの憧れって、その程度……」


「そんなわけないでしょ!!!」


突然、リーナが声を荒げた。


「えっ?」


「そんなわけ……、あるわけないでしょ……」


ダインの目の前で、いきなりリーナが泣きはじめていた。

そこにはもはや、さっきまでの明るさは微塵も存在していなかった。


「えっ……、えと……」


「そんなわけないじゃん。そんなわけないじゃん。そんなわけ……」


シルフィアと同じ青い色をした瞳から、ぽろぽろと透明な雫が零れ落ちていく。


「あっ……」


リーナはボロボロととめどなくあふれ出る涙をぬぐいもせず、その拳でダインの胸を殴りつけた。


何度も何度も。

何度も何度も殴りつけた。


ダインと同じく、ずっとギースのことを思い続けてきたリーナにとって、それが簡単な話であるはずがなかった。


リーナが明るく振舞っていたのは、そうでもしないと泣いてしまいそうだったからだ。

「お似合いの二人」だなんだとほめちぎっていたのは、そうでもしないと自分を納得させられなかったからだ。


「リーナ、ごめん。今の発言は取り消す。ダイン・アリステラの名において……」


「絶対許さない。この私を泣かせておいて、楽に死ねると思うな! 一生呪ってやる!」


「さすがに怖いって……。っていうか、僕だって泣きたい気分なんだけど」


ただ、今のは完全にダインが悪かった。


そう言えば前にも同じようなことを言われたな。と、ぼんやりとダインは思った。

確か、ダインがリーナと初めて会った時のことだ。


「う……うぅぅぅぅ~~~」


「ほ、本当にごめん……」


「許さない許さない許さない許さない許さない許さない……」


「怖いって……」


ダインが宥めてリーナが泣きやむ頃には、すでに儀式の開始まで一時間を切っていた。

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