エピローグ

美幸が目を覚めると、腕に違和感がある。ベッドの脇を見ると点滴台が見えた。身体を起こそうとしたが、痛くて起き上がらない。


(私…あれ?!)


「あっ、美幸!意識を取り戻したのね!」


病室の引き戸を開けて入ってこようとした美幸の母は、娘が目覚めたのに気付き、すぐにナースコールした。


「わ、私、どうしたのかしら?!事故に遭ったのよね?」

「駆君が美幸を庇ってくれたのよ」

「駆はどうなったの?」

「…まだ意識不明よ」

「そんな…カズも意識不明なのに…」

「…美幸、気を確かにして聞いてね…」


美幸の母は息を大きく吸って何かを覚悟したかのように話し出した。母の前置きに美幸は不吉な予感がした。


「和臣さんは貴方が意識を失っている間に亡くなってしまったの」

「イヤーッ!!」


美幸は手で頭を掻きむしり、絶叫した。


「美幸…落ち着いて」

「おっ、落ち着いて、なんて!いられない!」


ヒックヒックと美幸はしゃくりあげた。ひとしきり泣いた後、美幸は母に訴えた。


「カ、カズに最期の…別れをしたい」

「…無理よ…美幸が意識不明の間にもう…」

「えっ、そんな…」

「でも彼は誰かの中で生き続けている。貴女の心の中でも」


和臣は臓器提供意思カードで脳死でも死後でも臓器提供をすると意思表示していた。心臓は弱っていたため、提供できなかったが、角膜、肝臓、すい臓が待機患者に移植された。和臣の心は空で生きていて彼の身体の一部は今も誰かの中で生きている。


美幸が落ち着いてから、母はサファイアのペンダントがなくなったことを伝えた。


「美幸、ごめんなさい。あのペンダント、なくなっちゃったの。意識のない貴女の手に握らせて力づけてたんだけど…帰る時は床頭台の引き出しに入れて鍵をかけてたはずなのに、かけ忘れちゃったことがあったみたいで…気付いた時にはケースの中が空だったの。高価なものじゃないし、チェーンも切れてたから、盗難届は出さなかったけど、許してくれる?」

「お母さん、もういいよ。病院の人達を疑いたくないし、それに全然関係ない人が私の病室に入って盗ったのかもしれないし。そこまで高いものじゃないのも確かだから」

「ごめんね。値段の問題じゃないのに…」


美幸は心配をかけた両親にこれ以上心労をかけたくなくてこの話題を二度と口にすることはなかった。



それからしばらくして和臣のひき逃げ犯が警察の防犯カメラの解析や現場に残された痕跡などの捜査によって捕まった。犯人はひき逃げをある男から依頼されていた。任意で事情聴取されたその男は、麻衣の依頼でひき逃げ犯を手配したことをあっさりと自供した。麻衣も任意で事情聴取されたが、当初は犯行を認めなかった。


「その男は、私をリベンジポルノで脅していた男ですよ。そんな男の自供を信じるんですか?」

「これを聞いても?」


刑事は会話の録音を麻衣に聞かせた。それは麻衣が男にひき逃げを依頼した会話だった。男は麻衣を後で脅す材料としてリベンジポルノの写真の他に会話も録音していたのだ。



美幸は親友だと思っていた未来の義妹に裏切られ、そのせいで愛する和臣が亡くなったと知り、何もかもやる気を失った。


そんな美幸を支えたのは義弟になるはずだった駆だ。美幸を庇った交通事故の前、駆は好きな子をいじめてしまう小学生の男の子みたいな態度をつい美幸にとってしまっていた。でも事故の後はプロポーズも一旦保留、一変してひたすら美幸に寄り添った。そんな駆に美幸が絆されるのも時間の問題だった。



和臣の死去から5年後――


「美幸、俺が全部運ぶから、先に家に入っていて」

「このぐらい大丈夫よ、駆」

「駄目だよ、1人だけの身体じゃないんだから」


美幸が買い物袋を車から降ろして車のドアを閉めようとしたら、お腹をポコッと蹴られた感触がした。


「あっ!」

「ああっ、美幸!どうした?!だから言ったのに!」


駆は手に持っていた買い物袋をドサドサッと地面に落としてしまった。運転席側から慌てて美幸の元に駆け付けた。


「違うの!赤ちゃんがお腹を蹴ったの。触ってみて」

「あっ、本当だ!…」


過保護な駆は強制的に美幸を手ぶらで家の中へ送り、駐車場から何度か往復して買った食料品をダイニングキッチンへ運んだ。


「駆!卵が割れてたよ!」

「ごめん、さっき、袋落としたからだ…」

「まぁ、いいよ。割れてたの2個だけだったから」

「不幸中の幸いだね。……なぁ、美幸、息子の名前、和臣にしていいか?」

「えっ?!いいの?」

「うん。でも俺は息子を兄さんの生まれ変わりとか、兄さんの代わりにするつもりはないよ。息子は俺達の間に授かった新しい命だけど、兄さんとも血が繋がっている。俺は兄さんの弟で従弟だから。この名前で尊敬する兄さんにあやかりたいって言うのが俺の気持ち」

「私も息子をカズと同じ名前にしてもカズの代わりとは思わないよ。同じ名前でも2人は別の人間、だけど繋がってる。カズは甥っ子が同じ名前で喜んでくれるかな?」

「喜んでくれるさ!」


美幸の心には今も和臣がいるが、それはもう思い出。今、愛しているのは駆とこれから生まれる息子。でもふと考えることがある。マリオンはクラウスと幸せになれたのだろうかと。


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暗い話で受けが悪いにもかかわらず、読んでくださった方々、ありがとうございました。


プロットを作っても書いているうちに少しずつずれてくるので、前の作品は最低4、5話分ぐらいストックが出来てから投稿してきたのですが、この作品は一時は書きあがり次第投稿してました。そのせいで後から矛盾が出てきて(ご指摘ありがとうございました!)訂正したりして混乱を招き、すみませんでした。もうちょっと先まで見通して書いていたら、幕間と閑話ももっとうまく配置できたと思います。読みづらかったらすみません。


本編は終わりましたが、応援で力をいただいたので、カールのお話を番外編として3話投稿します。それとまだ連載中の作品もありますし、執筆中で近々投稿しようと思っている作品もあります。そちらの方もどうかよろしくお願いします。

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