再びの夢

 私は酷く身体が震えるのを感じた。

もちろん寒さのせいじゃない。

「何で・・・」

「何でって、もちろんお前に会いに・・・と言いたい所だけど、実際は先にあの男に用があった。お前はその後でゆっくりと、のつもりだったんだがな。順番が狂ったよ」

街灯の灯りで一樹さんの顔が見えたが、私は思わず小声で悲鳴を上げた。

笑顔ではあったが目は焦点が定まっておらず、まるで仮面のように無表情だった。

「どうする・・・つもり」

「アシッドアタックって知ってるか?」

「何・・・それ?」

「これだよ」

そう言って一樹さんはポケットから小さなガラス瓶を取り出した。

「濃硫酸。手に入れるのに苦労した。知ってるか?アメリカでは裏切り者の女にこれで顔を焼いてやるらしい。それで自分の罪を思い知らせてやるんだって」

私は全身が総毛立った。

足が震えてくる。

まさか、この人。

「それで・・・私を?」

「お前が僕の物にならないことはよく分かった。だったら別の形でつなぎ止める。本当はあの男をコイツで痛めつけてからのつもりだったんだけどね」

そう言って一樹さんはまるで手品のようにポケットから小さなナイフを出した。

「あなた・・・狂ってる」

「そうしたのは誰だ?お前だろう。僕はずっとお前を愛していた。誰よりもお前の味方だったし、お前の幸せのために全てを捧げた。天使のような美空のためなら命も惜しくない。なにに、お前は僕を拒絶した。だったら今までの愛の分を返してもらわないと不公平だろう」

「愛情はそんなのじゃ無い」

そう言いながら、一樹さんの言葉は私がずっと囚われてきた考えと同じだと思った。

私とこの人は、同じなのかも。

だが、そんな考えも鼻に飛びこんできた刺激臭によって破られた。

「美空。美しい花を手折るのも悪くないな」

それを見た瞬間。

私は反射的に一樹さんの手を掴んだ。

そして、どこにそんな力があったのか。

濃硫酸の瓶を掴んだまま、一樹さんに勢いよくぶつかった。

その弾みで濃硫酸が一樹さんと私の身体にかかった。

その痛みは言葉に出来ないほどだった。

文字通り身体が溶かされるようだった。

だが、一樹さんの方がより多量の液体を浴びたようで、獣のような雄叫びにも似た叫び声を上げ、うずくまっていた。

今だ。

私は痛みをこらえて逃げようとした所で、前方から誰かが駈けてくるのが見えた。

あれは・・・

こちらに来たのは朝尾先生と杏奈だった。

なんでここに。

いや、決まっている。私を追ってきたのだ。

恐らくさっきまでの大声を聞いて、この場所を知ったのだろう。

「ダメ!逃げて!」

私は二人に大声で言ったが、構わずに二人は駆け寄ってきた。

「カンナ!大丈夫?」

「コイツは・・・」

朝尾先生がそう言った途端。それまでうずくまっていた一樹さんが、立ち上がって朝尾先生に飛びかかった。

その手には・・・ナイフが。

それを見た時、私は何も考えずに先生と一樹さんの間に飛び込んだ。

その直後、背中に焼けるような痛みを感じた。

悲鳴を上げてうずくまった私の背中に、何回も同じ焼けるような痛みが走る。

私・・・刺されてる?

「僕の物にならないなら・・・」

ぼんやりする耳にうわごとのようにその言葉を繰り返す一樹さんの言葉が聞こえた。

可哀想な人。

私たちは似たもの同士だったんだね。

そう思った直後、朝尾先生が大声を上げて一樹さんにぶつかるのが見えた。

馬乗りになって一樹さんを殴りつけている。

私なんかのために・・・良いよ。もう。

そう思っていると、顔に何か水が落ちてきた。

ぼんやりする焦点を合わせると、杏奈が私を見下ろして泣いていた。

「カンナ!しっかりして!救急車呼んだから!カンナ!」

有り難う。

でも・・・今度こそはダメだ。

何となく分かる。

私は、ずっとこうだ。

いつも自分の身近にある大切な物を見ないフリする。

そして、隣の芝生ばかりを羨ましがる。

これは・・・その報いなんだろう。

でも・・・もし、生まれ変わったら。

今度こそは。

今度こそは。

段々と目の前の霞が酷くなっていく。

音も遠くなっていく。

感覚も遠くなる。

その中で小さくボンヤリとだけど、ママの顔が見えた。

ゴメンね。

最後までできの悪い子供だったね。

ゴメンね。

そうつぶやいた所で、全てが真っ白になった。

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