私の家

「美空ちゃん!今度は『帽子の怖い話し』して。早く!」

「もう終わり。まだ応接室の掃除終わってないんだから」

「え~!いいじゃん。朝尾さんだったら怒らないって」

「いや、怒るとかじゃなくて・・・」

「美空ちゃん、一緒にこの曲踊ってよ。美空ちゃんと一緒のをアップすると滅茶苦茶イイネ付くんだよ」

「いや・・・そういうの苦手だから・・・何回もは」

私は子供たちを半ば振り切るように応接室の掃除に向かった。

学校は休学となり、愛生院で掃除や先生方の補佐、と言う形で子供たちとの交流を行うようになって半月が過ぎた。

施設ではもうすぐ迎えるクリスマスの準備に忙しい。

私も何だかんだとお手伝いをしており、目の回るような日々。

カンナの頃は何も考えず催し物を過ごす立場だったが、こうして準備に関わってみるといかに先生方が多大な労力を使って行事を行ってくれていたか身にしみる。

「無知は罪なり」と言った所か。

でも、この忙しさに染み渡るような幸せを感じている自分がいた。

掃除をして、行事の手伝いをして、学校から帰ってきた子供たちにお話をしたり、公園で遊んだりする。

こんな取るに足らないことにこんなにワクワクするなんて。

それもあの時の先生のおかげだ。


あの日。

朝尾先生にボイスレコーダーを聞かせた後、先生は小さく一人で頷いた後、私の携帯を使って一樹さんをこの施設に呼び出した。

当初私は強く拒否した。

この施設や先生を巻き込みたくなったし、顔を合わせるのも怖かったからだ。

だが「大丈夫。僕に任せて」と言う先生の笑顔に不思議な力強さを感じ、まるで暗示にかかったように携帯を渡した。

一樹さんは40分ほどして施設にやってきたが、すでに仮面が剥がれていた。

先生に対して、傲岸不遜とでも言うべきあからさまに見下した表情を浮かべ、私に対しても怒りに歪んだ表情を隠そうともしていなかった。

そんな一樹さんに私は心底怯え、足が震えてきたためソファから動けず、伏し目がちに先生をチラチラ見るしか出来なかった。

カンナの頃を通しても誰かにこんなに怯えたことは無かった。

だが、先生はそんな一樹さんに対して、平然とボイスレコーダーを見せ、中の音声を流した。怖くて表情は分からなかったが、応接室の空気が張り詰めているのはハッキリ感じた。

録音している音声が終わった後、しばらく続いた沈黙の後今まで聞いたことの無い低く静かな一樹さんの声が聞こえた。

「なぜそんな物を」

先生は同じく聞いたことの無い、冷ややかな口調で言った。

「なぜか?はどうでもいいと思います。その返答が内容を認める物だと思って良いですね?」

「僕を警察に突き出すのか?それを使って」

「あなた次第です。率直に言うと彼女に関わるのを止めて頂きたい。そして彼女はここで預かります」

え・・・

私は信じられない気持ちで聞いていた。

ここに・・・居られる。

「意味が分からない。彼女は僕の妹だ」

「でも、この内容が真実ならあなたは恐らく彼女の兄では居られない。間違いなく法的に引き離されるでしょう。それどころかしかるべき処罰を受ける。ただ、僕の要望を聞いて頂けるなら、警察には届け出ません・・・あなたが彼女に近づかなければ」

先生・・・なんて事を。

これは脅迫では無いのか!?

「戸籍上はあなたの妹です。でも、今後は彼女はこの施設の人間として生きる。学校も本人が行きたいならここから通わせます」

「無茶苦茶だな」

「もちろん。それは百も承知です。でも、あなたが彼女に与えた傷もそれ以上に無茶苦茶なのではないですか」

 何とか顔を上げて一樹さんを見ると、能面のように無表情だった。

ただ、目だけは・・・深い・・・憎悪の光を感じた。

だが、その光は一瞬で消え、驚いたことに一樹さんは笑顔になった。

「オーケー、了解しました。彼女の事はあなたにお任せします。ふつつかな妹ですがよろしくお願いします」

「こちらこそ。責任を持ってお預かりします」

深く頭を下げる先生に向かって一樹さんは笑顔を崩さず続けた。

「お願いしますね。可愛い妹なので。・・・あなたは人の心という物を甘く見ている節があるので、いささか心配だ。何かあったとき、妹を巻き込まないよう切に願ってますよ」

「ご心配、痛み入ります」

一樹さんは笑顔で頷くと、軽く頭を下げて立ち上がった。

「じゃあな美空。・・・また」

また?

心臓がドキリと跳ね上がり、慌てて一樹さんの姿を追ったがすでに部屋を出た後だった。

ややあって、車のエンジン音が聞こえると朝尾先生は大きく息をついた。

「ああ・・・怖かった。凄い圧だったね~あの人」

「何言ってるんですか!!じゃああんな無茶をしないでください!もし何かあったらどうするんです。こんな・・・私なんかのために」

「でも、ああしないとあなたを助けられなかった」

そのキッパリとした口調に何も返せなかった。

「彼を見て確信しました。確かにあなたの言っていたことは正しかった。あなたを彼の元に返しちゃいけない。だったらあの時やることはあれしかなかった。だからそうしたまでです」

「でも・・・でも」

「はい。もう過ぎたこと。終わったことは気にしない。」

朝尾先生はニコニコ笑いながら席を立った。

「後は未来の僕が何とかしてくれますよ。それに・・・」

先生は私に少し顔を近づけて言った。

「ほら。今のあなたは今日見てから一番良い顔をしてる。それでいいですよ。じゃあ、これからよろしく」

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