インスタントな全て

私は、一縷の望みをかけて一樹さんにニッコリと笑いかけた。

「ただいま、お兄ちゃん。昨日はごめんね」

だが、私にむけられたのは一樹さんの冷ややかな目だった。

私はたちまち先ほどの空元気を失い、わかりやすく動揺した。

「ご、ごめん・・・なさい」

私はまるで悪さを見つかった子供のようだった。

(なんでこんなに怒ってるの?)

(大変なことをしてしまった)

(いったいどうなるの?)

(でも、なんだかんだ言って最後は(しょうがない奴だ)と言う感じの柔らかい口調になって許してくれるはず)

(だって私は美空なんだから)

(誰より可愛い顔なんだから)

(一樹さんにとって最愛の妹)

(カンナだったら許してくれなかったはずだけど、美空なら笑って許してくれる。ちょっと怒られるのを我慢してれば)

だが・・・答えはどれでもなかった。

一樹さんは私に近づくと、いきなり・・・そう、本当にいきなりだった。

私の顔の位置にかがむと、キスをしたのだ。

え・・・

私は脳内が真っ白になった。

どういうこと?

わたし・・・妹?だよね?

言葉は山ほど浮かぶがどれも形をなさない。

だが、突然真っ白の意識の中に色が・・・真っ赤な色が浮かんだ。

そして、気がつくと私は一樹さんを勢いよく突き飛ばしていた。

「何・・・やってるの!」

自分でも驚くくらいの激しい拒絶だった。

一樹さんをあんなに好きだったのになんで?

彼とのキスを私は何十回想像した?

それが叶ったはずなのに、その味はまるで口腔内に嘔吐物でも入れられたかのようにひたすら、ありえないくらい不快だった。

私は何度も強く首の後ろをこすった。

美空。

あんた、一体何なの?

その時、急激にあのとき・・・美空と共に階段を転げ落ちる直前のアイツの顔が浮かんだ。

そう、アイツは笑っていた。

あの時は意味不明だったが、あれは・・・

「美空。やっと僕の気持ちを受け入れてくれたと思ったのにキス程度もダメか。病室でも、レストランでもお前は心を許してたと思ったのに。結局ダメか」

「な、何言ってるの・・・私たち兄妹なんだよ!お兄ちゃんは好きだよ!でもそれは・・・」

そうだ。私は一樹さんが本当に大好きだった。

だが、今の一樹さんは別の生き物だった。

あの目・・・そうだ。

あの目を見ると思い出す。

あれは・・・鏡の中のカンナの目だ。

一樹さんの事を考えているときのカンナ。

そうか、この人・・・

「カラオケで男を捕まえようとしてたのか?あんな青臭いガキなんてお前にふさわしくない。お前にはお兄ちゃんが居る。お前をずっと見てきた。ずっと守ってきた。お前に比べれば、他の女なんてみんなゴミだ。美しいのはお前だけだ」

「カラオケ・・・なんで、知ってるの」

「僕はお前を守らないと」

「ずっと見てたの?」

「当たり前だ。愛する妹のためだからな」

あなたは誰?

あの優しい笑顔のあなたは?

「おいで。今なら許してあげるよ。またあの時みたいに愛し合おう」

え?なにそれ?

「それって、何のこと。まさか・・・」

「そうか。あの事故で記憶が無くなってるのか。もったいないぞ、あんなに情熱的なセックスだったのに。お前も最初は嫌がってワンワン泣いてたけど、途中から泣かなくなったじゃないか。やっと分かってくれたと嬉しかったよ」

私は足が震えてきた。

一樹さんが私に向かって歩いてくる。

「嫌!」

私は一樹さんを突き飛ばすと慌てて振り返り、ドアに向かって駈けだした。

追いかけてこられたら、と思うと怖かったがそれは杞憂だったようで、そのまま外に出ることが出来たので、そのままひたすら走り続け、疲れのため足がもつれてきたのでタクシーを呼び止め乗り込んだ。

そして繁華街に向かった。

そこならビジネスホテルくらいあるだろう。

財布を見ると幸い一晩過ごすくらいはあった。

でも・・・それからどうしよう?

急に身体が寒くなったように震えを感じた。

もう一樹さんのところには帰れない。

学校にも行きたくない。

どっちも夢の世界だと思っていた。

でも、一皮剥ぐと夢は夢でも悪夢だった。

ふと、タクシーのガラスに映る自分の顔が見えた。

どこか締まりの無い表情。

それでも愁いを帯びているように見えるくらいには可愛かった。

でも・・・結局変わらなかった。

あなたは可愛いんじゃ無かったの?

可愛いから幸せになれるんじゃ無かったの?

結局、安易な・・・インスタントラーメンのように手軽に幸せを求めようとしたのが悪かったのか?

じゃあどうすれば良かったの?

ガラスの中の美空は涙を流していた。

そこにいる美空は止めどなく涙を流しているようで、そのうち声を殺して泣き始めたようだった。

私は運転手さんに行き先の変更を告げた。

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