光源

夜景は元々好きだった。

暗闇の中に優しい色合いの光が浮かぶその姿は、この世界と別の入り口が開いているように感じられ、不思議でワクワクしてくる。

特に高層ビル群やお洒落なディスプレイのあるブランドの路面店が立ち並ぶ駅前は、昼間は無機質にも感じられるのに、夜になり灯りがともると幽玄ささえも感じるくらいの不思議な美しさを振りまく。

だが、今まではその美しさに浸るより先に道行くカップルや家族連れが目に入ってしまい、陰鬱な気分になっていた。

この美しさを分け合える人が居るとどんな気分なんだろう。

そう思いながら夜の光の海を見ていると、まるで自分が無価値であるように感じられて辛くなっていた。

でも、今は違う。

山浅美空の魅力は想像以上だった。

あの葬儀に参列した翌日の夜。快気祝いと言うことで、一樹さんが予約してくれたという駅前の有名なレストランへ向かう途中。

道行く人たちがほとんど私を二度見していく。

それだけでなく、ヒソヒソ声で私の容姿を話しているのだ。

もちろん良い意味で。

スカートとコートを上下共に赤いチェックで統一し、同じく赤いベレー帽をかぶっていた私はまさに有頂天だった。

まるで世界の中心に居るようだ。

愛する人と手をつないで、ずっと憧れていた赤い可愛い服を着る。

そして、今まで目をそらしてた光の世界とその住人たちに対し、胸を張って主役は私だ、と言わんばかりに歩いて行く。

ああ、夢のようだ。

駅前の複合施設の壁に映るイルミネーションはクリスマスツリーを写していたが、それも私を祝福するオブジェではないか、とさえ思える。

そんな気持ちに浸っていたとき、そのイルミネーションの前に家族連れが居るのを見た。

父親と母親とまだ6歳くらいだろうか、女の子の三人。

女の子は両親それぞれと手をつないで、笑顔で二人の顔とイルミネーションの光を交互に見上げている。

無邪気な笑みだ。

自分へ向けられる愛情が絶対的な物で、決して裏切られることはないと確信している笑顔。

自分が見ている夢の世界がこれからもずっと続くと信じ切っている笑顔。

そして、その笑顔を守りたいと願っているであろう両親の笑顔。

いくら美空の美貌を手に入れても、まだああいう光景は心臓の奥がジクジクとトゲでも刺さったかと思うほどうずく。

今でも慣れない。

家族・・・

私は母・・・あの屑と手をつないだ事があっただろうか。

あの屑と微笑みあった事があっただろうか。

一緒に夢のような光を共有した事が・・・あったのか?

脳裏にクリスマスの時期に母に見捨てられ一人、ボロアパートの壁を削って食べていた時の苦い味が浮かんだ。

舌が痺れるかと思うくらいだったし、胃が受け付けず嘔吐しようとするのを必死に飲み込まないと行けなかった。

でも・・・忌々しい事に、その苦さと気持ち悪さに喜びを感じたのだ。

母が触れて、ある時はもたれていた壁。

それをお腹に入れることで、母と繋がった様な喜びを感じたのだ。

あれが私のクリスマスプレゼントだった。

あの子と同じくらいの年だった。

私の中に今までに無いほど母への憎悪が湧き上がってきた。

この身体。美空の身体と顔であの女に会いたい。

会って・・・殺してやりたい。

「・・・く。美空!」

突然耳元に飛び込んできた声に私は、驚いて声の主・・・一樹さんを見た。

「大丈夫か?さっきから凄く険しい顔でイルミネーションを見てるけど」

「あ、ううん。大丈夫。ちょっと・・・考え事をしてただけ。ゴメンね」

「いや、謝らなくて良いよ。って言うか、もしキツかったらディナーはキャンセル・・・」

「嫌!」

思わず口から出た声の大きさと鋭さに私自身驚いたが、一樹さんもポカンとしていた。

しまった。

私は慌てて笑顔を作る。

「嫌だよ。だって、せっかくお兄ちゃんが頑張って作ってくれた時間なんだもん。だから、絶対行きたい。お兄ちゃんと一緒に楽しみたい」

一樹さんはその言葉ホッとしたような笑顔を見せた。

「そうか。有り難う。美空が大丈夫ならぜひ行きたいな。きっと喜んでくれると思ったから」

「もちろん。お兄ちゃんの好きな物は何でも好きだもん」

何が「もん」だ。

私は自分のカマトトぶりに内心苦笑した。

しかし・・・さっきの憎悪の溢れ方は驚いた。

今まであんな光景は何度も見て、その都度母への怒りは沸いていたが、あそこまでの奔流のような憎悪は無かった。

考えてみれば、意識は正真正銘私、進藤カンナだがこの脳自体は山浅美空のものなのだ。

何せ脳細胞まで入れ替わった訳ではないから。

だとすれば、多少なりとも思考の流れに変化があっても不思議ではない。

とは言っても、それがどの程度の物でどれくらい影響を与えるのか分からないので、何ともならない。

まぁ、そのうち分かるしその頃にはコントロールも出来るようになるだろう。

なにせ、これからは目の前の連中を羨ましがる必要は無い。

これからは何でも手に入る。

周囲からの羨望も愛情も。

恐らく簡単に友達も恋人も、そして・・・家族も手に入る。

そうだ。

これから私はこの美貌で、優しく格好良くて私だけを見てくれる男性と幸せな家庭を作り、容姿に恵まれた可愛い子供と共に、幸せに暮らすのだ。

そこにはお金や愛に飢えることのない生活がある。

私はアイツらよりも勝つんだ。

そして母に、あの屑に見せつけてやる。

私は自分がいつの間にかにんまりとしているのに気付いた。

レストランがあるビルのエレベーターホールに入ったとき、私はその照明のもたらすあの世とこの世の境のような不思議な光景に目を奪われた。

 ・・・綺麗。

その時、一樹さんがお手洗いに行ったので周囲に誰も居ないのを確認し、その場で両手を広げてクルクル回った。

そして、そのままダンスでも踊るかのようにホール内を動いた。

何て美しい光。

それは私の全てを祝福しているかのようだった。

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