第39話 焚き火を囲んで

「霊騎士たちは幽霊と同じく消えたり現れたりします。ランシャル様の言う通り」


 コンラッドとランシャルは大きく頷いて見せた。


「幽霊に首を絞められたとかドアが勝手に開いた・・・・・・というような話はよく聞きますよね」


 再びふたりがこくこくと頷く。


「でも、ナイフや剣で人を切り殺したなんて話は・・・・・・ほとんど聞いたことがありません。たいていは呪い殺すか怖がらせて終わり」


 合いの手をいれるように焚き火がはぜた。


「霊騎士は彼らの持つ剣で人を切り殺します。人の胸ぐらをつかんで投げたと書かれた王の手記もあります。しかし、振りほどこうとしても彼らの体には触れられない」


 ランシャルは息を飲んで小声で言った。


「僕、霊騎士に腰のベルトを掴まえられてぶら下げられて、とっても不安定で」


 拾い上げるようにランシャルを救った者が霊騎士だとはあの時思いもしなかった。


「振り落とされるのが怖くて手をつかもうとしたんだけど・・・・・・」


 彼らの放つ冷気が肌に触れた。そんな気がしてランシャルは自分の体を抱きしめた。


「触れることはできなかった」


 途切れた言葉をルークスが閉じる。


「目撃例の多くが道を馬で走る姿なのは人口分布・・・・・・人目が多いからとしても、建物を避けて走るのは不自然だと思いませんか?」


 この場にいる誰もが霊騎士が家を突っ切って走っていったという話を聞いたことがなかった。


「王の代替わりの日まで霊騎士たちはレイラーンで眠りについていると言われています」


 ランシャルとコンラッドだけでなく、騎士の面々も興味深そうに耳を傾けていた。


「歴代王の手記によると、通常レイラーンから馬を走らせて都までかかる日数は約2週間。その距離を彼らは10日ほどで駆け抜けます」


「速いな」


 ラウルが相づちを打つ。


「ええ、速いです。けれど、彼らの馬も馬の霊。瞬間移動できそうなのにそうしない」


 確かに、と言うように皆が頷いた。


「彼らは霊でありながらこの世のものに触れることができる。逆に言えばこの世の影響を彼らも受けていると考えられる」


 間を空けてルークスはランシャルの表情をうかがう。言葉選びが適切かと。


「彼らが宙に浮いている姿を見た者はいない。馬を走らせればマントがたなびき、雨が降れば濡れる」


 霊でありながらまるで人の様だ。


「ランシャル様たちは魔法でウルブの森へ飛ばされました。その距離を追うのに時間がかかったと考えられますが、でも・・・・・・」


 ランシャルはそっと問いかけた。


「でも?」

「ランシャル様を、試していたのかもしれません」

「試して・・・・・・いた」


 ぞくりとした。

 焚き火を前にしながら心が冷えてランシャルは胸の前でマントをかき寄せた。



『いっそこの場で』



 霊騎士の声が甦って心が震えた。

 焚き火の光が届かない森の中。その闇の向こうから彼らがこちらを見つめている。そう思うと見えもしないのに怖かった。


 不安そうなランシャルをよそにルークスは続ける。


「ある時から彼らが新王を試していたのではないかと読み取れる記述が見受けられるようになります」


 ロンダルがぽつりと言った。


「8歳で王になった方の後?」

「ええ」


 深く頷くロンダルの表情を、その陰影を焚き火の光が濃くする。


「まだ幼い王の周りで大人たちが好き勝手に政治を行った。そして、急激に腐敗が進んでいったようです」


 役人たちがいまのように金にまみれ始めた事の始まり。そうルークスは付け加えた。


 少し間が空いたその時、静かな声が割り込んだ。


「王の心がいかに澄んでいようとも」


 焚き火を囲む輪の外から聞こえた声に皆の視線が集まる。その声の主はシリウスだった。


「従わせる力がなければ国をより良く治めることはできない」


 夜風に似た静かな声はランシャルの心に染み入った。


「いつまで起きているつもりだ? もう寝ろ」


 鶴の一声で騎士たちはすぐ体を横たえる。

 言ったシリウスは目を閉じたまま木に体を預けた像のように動かなかった。


(なんだか、刃物のような冴えた声)


 怒っているようではなかった。いつもの落ち着いた声。それでもどこか鋭さを感じた。


 見張りのダリル以外の全員が目を閉じて横になっている。


「ルークスさん」


 ランシャルは小声で彼の名を呼んでみた。

 呼びかけに目を開けることはなかったが、ルークスの瞼が動くのがわかった。


「霊騎士はいつからいるの? 僕は試されたの? 霊騎士じゃ頼りにならないから皆が迎えにきたの?」


 ぼそぼそと問い続けるランシャルにたまらずルークスが目を開けた。


「はぁ・・・・・・」


 諦めたようなため息のあと、後方を気にしてルークスの目がちらりと動いた。


「あと少しだけですよ」


 その言葉にランシャルは笑顔を向け、手招くルークスへとにじり寄る。額がつきそうなくらい頭を近づけたランシャルは話の続きを待った。


「彼らは勇者と共にドラゴンと闘った仲間で、この国を作る手助けをした人たちです」


 驚き顔のランシャルを見て「吟遊詩人は語ってくれませんでしたか?」とルークスは聞いた。強く頭を振るランシャルにルークスは苦笑う。


ドラゴンの力を得て天候の安定した年が長く続いたある年、疫病で多くの人が亡くなりました」


 吟遊詩人のような派手ではない密やかな声。それがかえってランシャルを引き込んでいった。


「癒しの力で治すことはできるけれど病人は広範囲に多くいて手が回らない」


 ルークスの瞳に揺らぐ焚き火が写っている。


ドラゴンは言ったそうです」



  わたしなら

  この大地で苦しむ全ての病人を

  一度に治すことができる



「しかし、いまは力が足りない。力を発揮するには王か4騎士の命が必要だと」


 生け贄。

 そんな言葉がランシャルの頭をかすめた。


「人の体に宿った力を自分の体に戻すことすら今はできないから、と」


 死によって人の体から力が解き放たれる。そしてドラゴンに力は戻っていく。


「4人の騎士は命をかけてくれた」

「そうです」


 焚き火がまたはぜた。騎士たちを代弁するように。

 疫病は即座に消えたと記されている。と、ルークスは言った。


「国の行く末を見守りたいと彼らは願い、ドラゴンはそれを聞き入れた。────いまの形が彼らの納得いくものなのかは、彼らに聞くしかありませんが」


 ルークスのひそやかな声を焚き火のはぜる音が途切れさせる。


「我々の部隊は霊騎士が到着するまでの間、新王を守るためにできました。いまでは王宮でもお側でお守りしております」


(王宮でも側にいてくれる)


 ほっと表情をゆるめたランシャルを見てルークスも口角を上げた。


「さぁ、寝てください。私が怒られます」



 眠りにつくランシャルたちを瞬く星々が見下ろしていた。




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