絶叫

◆◆◆


「ぼっちゃ……坊っちゃん……」

「何故、お前が泣く」

「こんなことってあるんだ、なんて」

「同意してないぞ」

「したに入ると思う。その指が証拠だよ」

「不意打ちだ」


 青年達の声がする。

 一人は元気がなく、一人は泣いている。何か、悲しいことがあったのか。

 悲しいことは、危険なことか。

 このまま、瞼を閉じて話を聞こう。

「アシュリーのことで迷惑掛けて、そういう願望とかなくなったかなって、少し心配してたんだよ。でも……不意打ちでも、たとえ不意打ちでも、坊っちゃんに奥さんができたのがさ……嬉しくないわけないじゃんか」

「俺、お前の妹と婚約していたはず」

「ご当主様の命令だったし、同じく命令で既に破棄されているし、問題ない。そもそも婚約したのが間違いだったんじゃない?」

「えぇ……」

「考えてもみてよ。たった一人の血を分けた妹が、自分の仕える主に嫁ぐとかさ、ちょっと複雑よ、兄。双子だから余計にね」

「そういう、ものか」

「そういうもの。だからこれで良かったんだよ。ありがたい!」

「……ありがたい、か」

 泣きながら喜んでいる変な人がアッシュさん。もう一人は……あの人。

 よく分からないけれど、あの人に結婚相手が見つかった話をしているみたい。おめでたい話だけど、乗り気じゃなさそう。


「初めて会ったと添うことは、果たしてありがたいことか」


 ……ん? 吸血鬼?

 吸血鬼といえば私もだけど、まさか私ではないはず。私だって初対面の人間、それも魔法使いに嫁ぐなんて到底受け入れられない。

 そんな暇はないのだから。

 話しぶりからして、相手の吸血鬼は承諾したみたいだし、うん、絶対に私のことじゃない、うん。

「坊っちゃん好みの可愛らしい方だからいいじゃん」

「お前の好みだろ」

「坊っちゃんだって、なんだかんだで可愛い娘さんが好きなはず」

「何で退かないんだ? たくっ……そんなことよりもだな、俺は次男で家督にも興味がない、本家では既に代わりのシェフィールドが見つかっている、吸血鬼はもう間に合っているのに、こんな形で来られても困る。……ただの吸血鬼でないなら尚更」

「あぁ、本家の方々にバレたら、邪推されそうだね。アレイスター様は何も言わなくても、奥方が荒れ狂いそう。スピカ様達がいなくなった後のこととか、思い出したくないね」

義姉上あねうえのことは思い出すな」

 そして二人は揃って、重い溜め息を溢した。それくらい強烈な方らしい。

「……なぁ、アッシュ」

「何かな坊っちゃん」


「ホバートとは何だ?」


「ぎゃあああああああああああ!」

 絶叫が上がる。

 どこからなんて考えるまでもなく、私の喉から。

 身体を起こし、瞼が開く。ぼんやりとした視界は徐々に鮮明になり──左にアッシュさん、右にあの人が腰掛けているのが見えた。

「あああ……あ……ぁ」

 声が出なくなると、沈黙が降りた。

 二人とも驚きに固まり、私を凝視する。

 なんだか恥ずかしくなってきて、両手で顔を隠し、一応私から言わなくてはと口を開いた。

「と、取り、取り乱し、ました。ももも申し訳、ありま、せん……」

「……いや、驚かせたみたいで悪かった。調子は、その、どうだ?」

「……眠れたので、体力は戻ってきましたが、その……」

「あ、お腹空いている? ある物になっちゃうけど何か作ってくるよ」

 お構いなくと返事をしたかったけれど、言うやいなやアッシュさんは立ち上がり、早々と行ってしまった。

 一瞬、空間に橙色の光が差し込み、風が頬を撫でる。少し気持ち良かったけど、そういえばここは、どこなのか。

「アッシュの料理は旨いから、楽しみにしてくれ」

「は、はい」

 本当に、お構いなく……。

 顔から手を外し、乱れた息を調えていると、身に纏っていたワンピースが洗われたみたいに綺麗になっていたことと、胸元の宝石がなくなっていることに気付いた。

「あ、ありがとうございます、色々と」

「……礼を言われるようなことは、何も」

 力ない返答に、はてと視線を向ければ、スカーフェイスは暗く沈んでいる。

「……」

 改めて近くで見ると、日頃からあまり日に当たっていない、睡眠も不足しているのではないかと推察できてしまう、不健康そうな青年だ。

 細い眉に切れ長の黄金色の瞳。

 ボサボサの黒髪をちゃんと梳かせば、振り向く女性が何人もいるのでは。あ、でも鼻の辺りの傷痕を怖がるかもしれない。

 これはこれで……良いと思うのだけど。

 失礼ながらじっと見ていると、彼が突然頭を下げてきた。

「え、ちょっと」

「うちの身内がすまない! 取り返しの付かないことを!」

 え?

「何のことを」

「左手を見てほしい」

 戸惑いつつ、言われた通り左手に目をやれば──覚えのない指輪が、薬指にはめられている。

「何ですこれ」

「アシュリーがやらかした」

 ミス・シラーが?

 指輪にはよく見ると、宝石が埋め込まれている。

 彼女が用意したのと同じ、青い宝石が。

「俺の左手の薬指にも、同じものがある」

 言いながら見せてきた彼の指には、確かに同じ指輪がはめられている。

 嫌な胸騒ぎを覚えながら、口を開いた。

「夫婦みたいですねこれでは」

「……その通りなんだ」

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