第一章

宝石に導かれ

 首が重い。


 疲労も相まって、長い銀髪に隠れた背がほんのりと曲がり、歩く速度も落ちていく。

 休んだとしても、また少し経てば同じことの繰り返し。これまでの旅程で学んだこと。

 町を出て、海を越え、草原を渡り、街に着き、そこから離れて、森の中。

 木々に囲まれているけれど、馬車の往来があるのか道はならしてあり、緩やかな坂道をひたすら登っている。

 今は昼時、頭上から注がれる日光を、繁る葉はあまり遮ってはくれない。帽子か傘が欲しいけれど、調達する余裕はない。


『お兄様と兄さんは、やっぱり責任を取らされたみたい。お屋敷にはいないようね』


 魔法を用いて遠見した、わけではないようで、紐に真っ青な宝石を縛り付けて垂らし、魔力を注ぐ。どの方角に彼らがいるのか、それで探ったらしい。


『遠見もできなくはないけれど、うっかり見つかるリスクもあるでしょうから』


 そして紐を私の首に回し、何もない先端を宝石が縛り付けられている部分にどうにか結び付け、即席のネックレスとした。

 宝石は、身に纏う灰色のワンピースの胸元ら辺にてぼんやりと光を帯び、重さを主張してくる。


『いいことミス・ホバート。貴女が私を裏切れば、貴女が酷いことになってしまうような仕掛けをその宝石にしておいたから、必ずやり遂げて。それだけしてくれたら、うん、私から貴女と関わることはないから』

『はい……えっと、アシュ』

『ミス・シラーと呼んで。お揃いにしたいの』

『は、い』


 重い。

 胸元の宝石がとかく重い。

 これでも一応吸血鬼、体力腕力はそれなりにあるけれど、この宝石の重さには何故か耐えられない。ミス・シラーが何か怖いことを言っていたけれど、それと関係があるのか。

 吐き出した吐息も重く、無駄と分かっても身体の求めに応じて砂利道に座り込めば、批判するように宝石が動き出した。

 跳ねたと思えば真っ直ぐにピンと伸び、また跳ねる。その繰り返し。最初の頃はもう少し控えめな動きをしていたけれど、今やかなり激しくなった。

 目的の人物が近いからだろうけれど、疲弊している所にこれはきつい。


『きっと道中きつくなるだろうから、行く前にたっぷり休んでおいてね』


 確かに言われていた。四日前だったか。

 最初の一日目はまだ休める余裕があったけれど、草原に着いた辺りからだんだん……。

 彼女の兄達の様子を見に行くだけなのに、何でこんな目に。

 口から溢れそうになった弱音をどうにか飲み込んで、立ち上がる。

 何でこんな目に? ──私がホバートの吸血鬼であることを話してしまったから。


『ホバート』は、存在しないはずの子供。


 フルネームで名乗らず、可能な限りよく似ているシェフィールドの振りをして逃げる。いつもやっていることなのに、あの時はどうして名乗ってしまったのか。同胞にして正真正銘のシェフィールドたるスピカさんが傍にいたからか、ただ単に気が緩んでいただけか。

 動きを止めて大人しくなった宝石に安堵し、脚を前に一歩踏み出せば──微かな音が耳に届く。

 後ろから、動物の呼吸音と車輪の音。小気味の良いあれは、蹄?

 音は徐々に近付いてくる。

「……っ」

 身を隠さないと。

 私のことを知る人物は少ない方がいい。ほんの一瞬のすれ違いでも、記憶に残る人は残るみたいだから。その人物がシェフィールドのことを知っていて、本人や協力者が私を捕まえに追い掛けてくる、なんてこともこれまで何度もあった。

 そうならない為に、身を。

 すぐ傍にある樹まで走ろうとしたけれど、急く気持ちとは裏腹に、疲労の溜まった脚は思うように動いてくれない。

 あ、もう……。


「どうかされました?」


 疲労とは怖いもので、吸血鬼の脚力を馬車にも劣るものにしてしまった。

 無視して進むことも、この速度ではきっと叶わない。

「あの……」

 いかにも心配そうな声でまた問い掛けられ、仕方なく、振り返る。

 馬車、いや屋根はない。小振りな荷車を黒毛の馬に引かせている。荷台には何も載せていないようだった。

 無駄だと分かってはいるけれど、ほんのり身構えながら、御者台に腰掛け手綱を握る人物へと焦点を合わせ──思わず声を上げていた。


「ミス・シラー!」


 艶やかな灰色の髪を一つに束ね、爛々と宝石のように輝く青い瞳。

 身に纏う衣服はあの時と違い色鮮やかで、デザインが微妙に違うけれど、背丈含め、ミス・シラー本人だと分かる。

 彼女が何でここに。

「……えっと」

 彼女は右へ左へ目を動かし、頬を一頻り掻いた後で、一言、口にする。


「ミスター、かな」

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