奥座敷―4

「うん、七人ミサキだね」


 件の奥座敷にいた白装束の集団のことを報告すると、勧修寺先生は即答しました。七人ミサキ。初めて耳にする単語です。胡桃沢さんはご存知だったようで、なるほどというお顔をされています。

 颯くんは、そんな私たちのすぐ傍で昏々と眠り続けています。お屋敷から飛び出した直後に倒れ込んだのは力を消耗しすぎたせいかと思いましたが、どうやら事情が違う事が分かりました。胡桃沢さんに依れば、いま、颯くんは魂と身体のふたつに分割されたような状態、なのだそうです。


「七人ミサキというのは四国の、高知県などに伝わる怪異でね。集団で行動する怪異なんだけど、これに新たに一人が加わるともっとも古い一人が抜けられるサイクルで稼働している。だから常に新しい魂を求めていると、そういう類の怪異なんだ。自分たちが成仏する為とはいえ怪異なのに連帯性があるとかってどうなんだろうと思うんだけど、古くは吉良家の関連らしいからお侍さんの気質があるのかもねぇ」


 先生の解説はいつも素晴らしい切れ味があるものですが、今回ばかりはどこか投げやりで、気もそぞろと言ったところです。状況が状況ですから仕方ありません。


「それで、……颯くんは」

「そうだね。屋敷の中に魂だけが残っているとしたら、七人ミサキに取り込まれる前に救出が必要だろうね」


 烏丸さんを呼ぶ、かなぁ。勧修寺先生の呟く声が聞こえます。

 颯くんがミサキに取り込まれるまでの猶予はどれくらいあるのでしょうか。

 烏丸さんはご高齢でもありますし、現場仕事は負担が大きいような事を颯くんも言っていた覚えがあります。烏丸さんが来て下さったら事態は解決に進みそうではありますが、それまでの時間で、私にできる事はないでしょうか。


「あの、中にいる颯くんを連れ出せたら、解決しそうでしょうか」

「一概にそれが正解だとは言い切れないけど、可能性は高いと思うよ。でも、」

「私にやらせて下さい」


 先生の言葉を遮ってしまう形になりましたが、私はどうしても気持ちを抑える事が出来ませんでした。

 驚いた風に一瞬だけ目を見開いた勧修寺先生は、すぐにいつものアルカイックスマイルに戻ると、話の先を促すように口を閉じました。


「恐らくですが。颯くんはいま、戸の内側に貼ってある侵入禁止の札に阻害されて出て来られない状態です。だからその札の封を解くか、颯くんが札に引っかからない状態になれば良いと思うんです」

「引っかからない状態に?」

「はい。つまりは、私が通れて颯くんが通れなかった理由」


 私は、自分の両手を顔の前にかざしました。そこには颯くんから頂いた赤い革の手袋が嵌めてあります。


「これです、手袋。七人ミサキは親指を隠す事で相手の目を眩ませるまじないが有効ですが、さっきは私も颯くんもそれを忘れて走っていました。でも、思い返してみるとあの広間に居たあやかしたちも、白装束のひと達も、手を伸ばしていたのは颯くんの方です」

「そうか……手袋をしていた梅小路さんは結果としてまじないが働いていたから、彼らには認識し難かった」

「それで烏丸颯だけが身体から魂を引っ張られ、侵入禁止札が有効となり、屋敷内に取り残された、か」


 確か、事前情報で聞いていた行方不明の警察官には解体業者が一緒で、自衛官の方は複数人で訪れていたはずです。その中で屋敷に入った全ての人が行方不明になった訳ではない辺りにも、関係していそうな気がしてきました。


「侵入禁止の封を解いてしまうと、お屋敷内の他の存在まで出てきてしまうかと思います。それで……これは賭けになりますが、私に考えがあるんです」


 要するに颯くんを魂だけの状態じゃなくすれば、玄関を通過できる、はず、です。そして私は親指のまじないが有効状態になっていれば、彼らの視界には入り難いはずです。一か八かになりますが、何もしないで待つなんてこと、どうしても出来そうにありません。

 その時、胡桃沢さんがふふふ、と小さな笑い声を漏らしました。袂から取り出した扇子を音を立てて開くとその表には力強い左馬の筆文字が描かれています。


「賭けだって? そりゃあ負ける気がしないねぇ」


 そうでした。胡桃沢さんが「賭け」と名の付くもので負けた場面は見た事がありません。私だけでなく、付き合いの古い勧修寺先生ですらそうなのです。これは、行けるかも知れません。

 私は頭の中に思い描いたプランを順を追って口に出していきました。お二人からの提案や修正を受けてアイデアはブラッシュアップされていき、これはもう成功以外の結末は思い付かないものです。


「行ってきな、梅小路。こういうのは気持ちの強さが物を言うんだ」


 気持ちの強さ。技術や方法は未熟かも知れませんが、今この瞬間の私の気持ちの強さだけは、誰にも、負ける気はしません。


「行ってきます。絶対に颯くんを連れて帰ります」


 外れたままの戸をくぐり、私は再びお屋敷の玄関に足を踏み入れました。

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