どらくまっ! 追放された怪盗少女は、ガンマンとサムライから溺愛され中です

企鵝モチヲ

File 1 異世界召喚に気をつけろ!

Chapter 1

 


 天井には水晶ガラスのシャンデリア、壁にかかるのは雅な絵画、廊下に敷かれるのはくるぶしまで沈む赤い絨毯。

 贅をこらしたきらびやかな内装は、フランスのヴェルサイユ宮殿を思わせる。

 そんな中を、二人は全力疾走していた。


「だああああああっ! しつけぇんだよっ! てめぇらッ!」


 銃声!


「いい加減にしろよ、もう!」


 斬撃!


 狂奔する、物騒な音。

 二人が駆け抜けた後には、死体が累々と残されていく。

 それを乗り越えて、追っ手が迫ってくる。猿のような、牛のような、トカゲのような、豚のような、異形の生き物たちが。

 そいつらは鎧をまとい、剣や槍を手に振り回し、二人を執拗に追いかけてくる。

 二人をこの世界に召喚した連中は、確か、ゴブリンと呼んでいた。


「やばいやばいやばいやばい! このままじゃやばい! なあ、どうにかなんないの、拳銃屋!? 浦賀に黒船で突撃ドッカン! な、すごい手はないの!?」

「あるわけねぇだろ! 無駄口叩くくらいなら手ェ動かせ、サムライ!  今の俺たちゃ、弾切れのウィンチェスター一丁で騎兵隊と抗争起こしてるようなもんだぞ!」

「そんなこと言われたってさ……ぎゃああああ来た来た来た来た!」


 銃声! 銃声! 銃声!


 斬撃! 斬撃! 斬撃!



 倒せども倒せども、追っ手の数は減るどころか増える一方。

 異形どもの殺意が、雨あられとぶつけられる。

 何が悲しくて、死んでまでこんな目に遭わねばいけないのだ。

 流れ落ちる汗は、きっと萎えてしぼみかけている心が流す涙だ。

 どのくらい走っただろう。



 異変は、唐突だった。



「げっ、ほっ!?」

「拳銃屋!?」


 拳銃屋と呼ばれた男は、反射的に口元を抑えた。

 銃が、手から落ちる。

 乾いた咳が、断続的に漏れる。


「そんな、どうして!?」


 この感覚を、拳銃屋は嫌というほど知っていた。

 サムライと呼ばれた男も、また同じく。

 咳は激しさを増す。耐えきれず、とうとう拳銃屋は身体を折った。

 ぱたり、ぱたり、と微かな音。

 絨毯に滴り落ちたのは、丸い染み。

 どす赤いそれは、拳銃屋の口端から流れ出たもの。

 それは、かつての自分たちを蝕んだ病の烙印。

 筆舌しがたい苦しみの果て、死に至らしめる。


「おバカさんねぇ、あなたたち」 

「……!?」


 降ってきた冷たい嘲りの声に、サムライは反射的に構えた。

 視線の先、なにもないはずの空間が、ぐにゃりと歪む。


「まさか、五体満足で生き返らせてもらえるとでも思った?」


 その中心から、一人の女性が姿を現す。

 身にまとうのは、真珠を散りばめた真紅のドレス。

 襟元から覗く肌は病的なまでに白く、ウェーブがかかった長い髪は白金の色。

 ゴブリンたちの動揺が伝わってくる。

 ただそれだけで、こいつは格上の存在であると分かった。


七天魔将しちてんましょう吸血悪姫きゅうけつあっきイーディス……!!」


 サムライの言葉に、女は唇の両端を上げる。

 エメラルドグリーンの目が、怪しく煌めく。血のように鮮やかな紅の唇から覗くのは、異様に長い犬歯。


「その物騒なものを捨てなさいな。ラボへお戻りなさい、新撰組随一の剣豪坊や。いい子にしてくれたら、楽になれる薬をあげることを考えてあげてもいいわ」

「黙れよ、吸血鬼ヴァンパイアが! 人の命を弄びやがって!」

「人間でありながら闇の眷属ノスフェラトゥの最高位魔族の一員であるこのわたくしに怖気づかないとは。流石、魔王様に選ばれた存在なだけあるわ」

「黙れよっ!」


 サムライは、叫んだ。

 生まれた国や信念は違えど、二人がかつて生きた世界は同じだった。

 だが、あの忌まわしい病で死んだ二人を、この女はあろうことか蘇らせ――


「ますます気に入ったわ。勇者討伐のための捨て駒にするなんて、勿体ないくらい。【異世界】からわざわざ、呼び寄せた甲斐が……」


 言葉は、それ以上続かなかった。

 稲妻の速さで振るわれたサムライの刀は、女を一刀両断していた。

 ゴブリンたちが、怒りの叫びを放つ。

 じりじりと、距離を狭めてきた。

 拳銃屋はまだ、咳き込んでいる。

 サムライは、得物を握り直す。追っ手は、まだまだいる。

 まずは、なんとしてでもここから脱出しなければいけない。

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