第12話 泉の底

「ナダ、見つけたよ。探してるもの」

 帰り道に仕留めた獲物を数匹持ち帰り、ナダに渡しながら難しい顔でそう告げる。


「そうか。どうだった?」

 ナダはさして驚きもせず、返す。


「泉の底にいて、結界みたいなのが張ってある。俺は魔導士じゃないからどうすればいいかわからない。少なくともアディの火球ではどうにもならなかったよ」

「だろうね」

 ナダが肩をすくめる。

「なぁ、あれって……」


 水底にいるのは、男。人間のように見えるが、実際どうかはわからない。ナダと同じように、人間離れした美しい容姿だった。


「結界を張った張本人はもういないんだ。ある魔物に術を掛けて結界を持続させている。そいつを捕まえてほしいんだ。結界を解けばあいつは勝手に目覚めるはず」

 昔を懐かしむような眼で、ナダ。


「ナダは強いだろ? なのにその魔物を捕まえることは出来ないのか?」

 リオンが問うと、

「結界は一つじゃないのさ」

 肩をすくめ、ナダ。

「え?」

「私はあそこまで行けない。残念ながら」

「ええっ?」

「色々話していないこともある。これから話すよ」

 少し悲しげな眼でそう言うと、持ち帰った獲物をひょいと担ぎ上げ、中に入っていった。


*****


 三日前、ナダが話した『頼みたいこと』は、ある男の捜索だった。なんでも、ナダの相棒のような人物で、森のどこかにいるはずだと。実際、今日リオンが見つけた男は湖の底にいた。結界が張ってあり、泉の中に入ることはかなわなかった。


「結界を解くにはあの鳥を捕まえなくてはならないだろうな」

 腕を組みそう告げるナダ。

「その鳥っていうのは?」

 リオンが訊ねる。


「イルミナルク。そう呼ばれている古の鳥だ。強い力で守られている。だから二人の力が必要になる」

「つまりそれって、鳥を守っている力を何とかするのが私で、鳥を捕まえるのがリオン様、ということですか?」

 じっと話を聞いていたエルフィが質問を被せる。

「そういうことだね」


「テイムしろってことなのか?」

「そうだよ。殺してしまったらそこで終わりだ。あくまでもイルミナルクを支配下に置くことが目的だから」

「鳥を守ってるものっていうのは?」

 不安げに、エルフィ。

「おそらくアンデッド。でも魔剣があるから物理攻撃も大丈夫なはずだよ」

「なるほど……」

 エルフィがグッと拳を握る。

「そいつもこの森に?」

 リオンが眉をしかめた。そんな危険なものがいるのだとしたら、もっと用心して歩かなければならない。


「いや、それが分からないんだ」

「へ?」

「は?」

 エルフィとリオンが同時に声を上げる。

「わからない、って」

「エルフィ、そんな顔しないで。……って、そりゃそんな顔になっちゃうよな。実はどこにいるかわからないんだ。今は、ね」

 含みのある言い方で、ナダ。

「意味深な」

「ふふ、ごめん。さっきも言ったけど、結界はこの小屋の周りにも張ってある。私の行動範囲、実はとても狭いんだよ。で、試したかったいくつかのことを二人に託したい」

「試したかったことって、なんです?」

「魔剣を持って、森を出てほしいのさ」


 ナダが言うには、魔剣は強い相手を見つける能力があるらしい。結界の外に出れば、あとは魔剣が導いてくれる、もしくは向こうからやってくるのではないか、という事だった。


「そいつは、見た目は人間のように見えるはずだ。そして必ず鳥を連れている。手のひらサイズの黄金の鳥だよ。イルミナルクは尾が長くてとても美しい鳥なんだ」

「なるほど、手がかりはそれだけか」

 魔剣が導いてくれる……かどうかは、ハッキリ言って疑わしいところだ。どこにいるかわからない相手が、向こうからやってきてくれるのを願うしかない。


「リオン様、とにかくやってみましょう!」

 グッと拳を握り締め、エルフィが強い口調で言う。使命感に燃えている感じだ。

「そうだな、いくら頭で考えたところで、答えが出るわけじゃないしな」

 リオンが頭の後ろで手を組み、天を仰いだ。

「二人とも、感謝するよ」

 ナダが笑顔で礼を述べる。


「ところで」

 エルフィがコホン、と咳払いをして、ナダに向き直る。

「聞いておきたいのですが」

「ん? なに?」

「その男性というのは……その、ナダ様の恋人……ですか?」

「ゴフッ」

 咽たのはナダではなく、リオンである。


「あの男かい? 恋人だなんて言うと、ちょっと居心地が悪い。腐れ縁って言った方がしっくりくるな」

「そうですか」

「エルフィはそういう話に興味があるの?」

 にまにましながらエルフィを見るナダ。

「あ、いえ、その……」

 モジモジするエルフィと、そんなエルフィを見てドキドキするリオン。

「剣だけじゃなく、男女間のことも教えた方がいいのかなぁ?」

 チラ、とリオンを見遣る。

「変なことは吹き込まないでくれよっ」

 ガタン、と席を立ち客間に戻って行くリオン。その後ろ姿を見、ナダが

「あいつ、年齢の割に経験浅いんだな」

 と呟いた。


「あの、私も……その、男性とお付き合いとかしたことがなくて、ですね。なにしろ仮面を付けている時は男としてやってましたし」

 モジモジしながら、エルフィ。

「うん、それで?」

 にまにましたまま、先を促す。

「リオン様と……その、どうしたら夫婦っぽくなるのかが、わからなくて」

「そうだなぁ、リオンも女性の扱いに慣れてないみたいだしなぁ」

 頬杖を突き、客間のドアを見る。


「でも、お互いをきちんと尊重し合って一緒にいるみたいだし、焦らなくてもいいんじゃないか? というか、エルフィよりリオンの方が焦っているのかな?」

「えっ?」

 エルフィが驚く。

「あのむっつりスケベ、ここ数日、エルフィと仲良くしたくて仕方ない、って感じじゃない?」

「そ、そうですかぁぁ?」


 顔を真っ赤に染め、俯くエルフィであった。


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