第6話 新婚生活

「だからっ、私より前に出るなと言っているのですっ」


 仮面をつけたエルフィが強い口調で告げる。リオンは腰に手を当て、

「でもさぁ、それじゃエルフィが危ないだろ?」

「私は大丈夫ですっ。少なくともリオン様よりは強いのでっ」


 魔物の出る森、と言われている地に辿り着いたのは二日前。そして二人は、迷っていた。ブラックドッグのシアヴィルドの鼻をもってしても出口が見つけられずにいるのだ。


「そろそろ食料も尽きるよな。このままじゃヤバいよなぁ」

「そうですね」

 エルフィが唇をかみしめ、深刻そうに呟いた。

 何故こんなことになったのか?

 それは数日前に遡る。


*****


「新婚旅行に行きなさい」

 そう、突然の命が下る。

 下したのはリオンの父、ガルマ・メイナーである。


「新婚旅行……ですか?」

 リオンがキョトン、とした顔で聞き返す。

「お前は結婚したというのに、エルフィと別々に寝ているそうだな?」

「ああ、それは……まぁ」

 まずはお互いを知るところから始めよう、と言い出したのはリオンである。なにしろ親の勝手で決められた縁談。お互いをよく知りもしないのにいきなり夜を共にするのはどうなんだ? という配慮のつもりだった。

 それじゃなくてもエルフィとは年が離れているのだ。接し方がよくわからない。


「二人で旅行して、その距離を縮めて来い!」

「はぁ、」

 父ガルマの言うことはまんざらでもない。このまま屋敷で毎日を送っていたら、進展もなさそうだ。なにしろ自分はシアやアディの世話にばかり夢中だし、エルフィはちょこちょこ実家に帰っている。これは剣の稽古のためなのだが。


「まったく、あんなに若い嫁を貰ったのにお前は女に興味がないのかっ」

 時代錯誤のような、尤もなような意見である。

「わかりましたよ、旅行ですね。ええ、前向きに検討します」

 ということで二人は旅に出たのである。


*****


「こんな田舎で良かったのか?」

 片田舎の何もないところだ。

 大きなコテージと、広い草原。そして奥には深い森が広がっている。

 どこに行くか迷っていた時、エルフィが提案してくれたのがこの場所だった。

「ここが良かったんです。リオン様、荷物を置いたら狩りに行きません?」

 にっこりと笑うエルフィは、仮面の騎士の顔であった。



 その森には獣がたくさん出るのだそうだ。


「ここ、穴場なんですって。お兄様からの情報なのですが、色々な獣が出るそうです。シアもアディも楽しめるんじゃないかと思って」

 確かに最近のアディ……赤竜のアディリアシルは狩りをすることに興味があるようだ。食べる量も増えてきている。広くてのびのびできる上、人の目を気にしなくていいこの場所は存分に力を使える楽しい場所だろうと思う。


「優しいな、エルフィは」

 そう言うと、エルフィがポッと顔を赤らめた。

「そんな……私はただ、狩りが楽しみで」

 自分もはしゃいでいたようだ。

「あはは、そうだな。仮面の騎士も力を持て余しているということか」

「笑わないでくださいっ」


 結婚して、ギルドに顔を出すことも今はしていないのだ。実家での剣の稽古だけでは物足りなかったのだろう。


「じゃ、着替えて出かけてみるか」

 コテージに荷物を置き、着替える。森で食べる昼食用の簡単な食事と水、おやつなどを入れたバッグを背負い込むと、シアとアディを連れ、外へ。


 先に着替えを済ませていたエルフィの腰にはしっかりと長剣が下がっている。そして懐から仮面を取り出すと、装着した。


「エルフィ、俺と二人の時はそれ、いらなくない?」

 そう言うと、エルフィは

「これがないと落ち着かないので」

 と照れくさそうにこめかみを搔いた。

 亡き母からの贈り物だと聞いた。彼女にとってはお守りのようなものなのかもしれない。


「さ、出発しましょう~!」

 久しぶりの実戦(?)が楽しみで仕方ないようで、始終ニコニコである。そんなエルフィを見、思わず笑みをこぼす。

「可愛いな」

「へっ?」

 思わず漏れ出た一言に、エルフィが驚く。

「あ、いや」

 言ったリオンも、何故か照れる。

「あ、あの、」

「う、うん」

 もじもじし始める二人。


「リオン様は私より仮面の騎士がお好きなようですが、私のことも好きになっていただけるように頑張りたいと思います!」


 照れ隠しに言った言葉を鵜呑みにされているようだ。

 リオンが慌てて否定する。


「いやいやいやいや、決して仮面の騎士の方が好きってわけではなくて、エルフィのこともその、あれだ、」

 急にもごもごしてしまう。思えば、ずっとテイマーとしての仕事ばかりで女性ときちんと向き合うことなど今までなかったのだ。年齢を考えたら、奥手を通り越して天然記念物かもしれない。


 クルルルルァ~


 もじもじしている二人を他所に、赤竜アディは元気いっぱいではしゃいでいる。いつの間にか森の方へ進んでしまっているのを見、


「あ、行こうか」

「行きましょうか」

 二人は同時にそう言っていた。


*****


 森は薄暗く、深い。

 姿が見える範囲で行動しないと迷子になりそうだった。


「あ、ツノウサギ!」

 リオンが言うと同時に、赤竜アディが向かっていく。まだ手のひらサイズのアディには、自分より数倍大きい相手だが、全く怯まない。


 ボッ


 と小さな火の玉を吐き出し、ツノウサギめがけて放つ。見事命中し、倒した。


「しゅごいねぇ! 上手だよぉ、アディ~」

 動物相手だと若干赤ちゃん言葉が入るリオンである。

「やはり赤竜は炎攻撃なんですね」

 エルフィがツノウサギに食らいつくアディを見て、言った。


 冒険者としてダンジョンへ潜ってはいたが、赤竜に出会ったことはない。そもそも、赤、青、金など派手な色の竜はダンジョン内に生息しないと聞く。


「そうだね、赤竜は炎を扱う。育て方間違ったら、俺は丸焦げになるかもな」

「ええっ?」

 心配そうにリオンを見つめるエルフィに、リオンは笑って言った。

「冗談だよ。テイムされた子は主人に危害を加えたりしない。大丈夫だ」

「もぅ。ビックリするじゃないですか。……あ、でも私は丸焦げにされるかもしれないってことですね?」

 これまた真剣に思い悩む。

「大丈夫。俺が一緒だから」

 手を伸ばし、エルフィの肩を抱き寄せる。エルフィがキュッとリオンに抱きついた。


 グルルルル、


 そんな二人を現実に引き戻すかのように、シアヴィルドが唸り声を上げた。

「なんだ?」

 リオンが辺りを見渡す。さっきまではなかった霧が辺りを覆い始める。


「リオン様、アディがいません!」

 ツノウサギに夢中だったアディの姿が、忽然と消えてしまったのだ。

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