第8話「おたから探しと作戦会議」


 ……魔孔に突入し、深部を目指して進む四人。


 途中、雑魚ではあるが多数の敵に囲まれ、乱戦になる。しかし、地力の差を覆せるほどの量ではなく、四人は撃退に成功した。


 この程度の魔物ではジュリアスの実力は測れない──


 父からの頼みごとを果たす為にも、まだ彼の観察を続ける必要はありそうだった。


*


「……やれやれ。少してこずったが、無事撃退には成功したな」


 「おつかれ」とねぎらいながら、ジュリアスはディディーの背中を軽くはたく。


「ん? ……あれ、なんかしました?」

「? 何もしてないが……」

「えっ! じゃあ、ただの気休めですか!?」

「……? そうだが?」


「そこは普通にがっつりと回復魔法でもかけて下さいよ……!」


 そんな二人のやり取りを尻目に、ゴートは路上に残った土くれが気になったので、一部を漁ってみていた。


 しかし、真砂まさつちのような土をどれだけ漁っても石のようなものすら出てこない。

 土と砂の塊のようなものは出てくるが、それだけだった。


「……目ぼしい物は何かありました?」


 エルナも少し気になったので、彼に声をかけて聞いてみる。


「いや、無いですね……今のところは、何も。全て漁ってみれば……いや、漁っても望み薄かな、これは」


「そうですか……」


 その結果は予想出来たので、エルナにも特に落胆の色はない。


「──本当だ! でも、いつの間に!?」


 その時、向こうでディディーが騒々しく声を上げたので、そちらを見遣る。

 すると、彼が何故叫んだのか、エルナにもすぐ理由は分かった。狼煙のろしのような煙が立ち上っていたのだ、先程までは確かに見えていなかったのに……


 おそらく、あの煙の正体は瘴気しょうき──本能がそう告げている。

 そう遠くない先に、それだけの瘴気を吹き上げている場所がある。

 其処はつまり──


「あそこに魔孔がある、という事ですね」

「……そうみたいですね」


 ゴートは立ち上がり、ジュリアス達の方へ近付いていく。


「……さっきまで見えていなかったのは感知の範囲外か、本能的に見ないようにしてたか、或いは神様の悪戯いたずらってとこかな。色々推量すいりょうは出来ても断言は出来ない。ま、好きな説を選んで自分を納得させればいいさ」


「──ジュリアス」


「おう。……なんかいい物でも見つかったか?」


「いいや、全然。徒労に終わったよ。やっぱり、この程度の魔物から得られるものはなかったね……」


「そうか……ま、しょうがない。だが、あそこまで行けば手ぶらで帰るって事はないと思うぜ?」


 ジュリアスは瘴気の中心地──魔孔を親指で指差して、そう言った。

 彼は続けて、


「──ただし、相応の危険があるから此処で引き返すと言う選択もある」


 ジュリアスがエルナを、それに合わせてゴートとディディーも彼女を見つめ、その返答を待った。


「……いいわ。行きましょう。あらためて確認しますが魔孔のボスは倒してしまっても魔孔そのものは消滅しないんでしょう?」


「ああ、消滅はしない。ボスを倒すのと魔孔を閉じるのは別作業だ。例え魔物モンスターを全滅させても魔孔が無事なら魔物はいずれ復活するし、逆に魔物を無視して魔孔を潰せば勢力も衰弱する。尤も、そのまま放置していれば魔孔はまた開いてしまうだろうが」


「なら、結構です。注意して進みましょう」


 エルナが号令をかけた。

 ジュリアス達はそれに従い、隊列を組んで彼女の先を歩いていく──


*


 ……この地に開いた『魔孔の原点』は雑木林のそば、道から少し外れた所に出現したらしかった。


 それが今や馬車はおろか、人の通行すら不可能なまでに巨大化して周辺を浸食し、林の一角を飲み込むほど深く地面を陥没させた後、広がりきった大穴は道を横断して土手の間際まぎわまで達している。


 魔孔を有効活用する──と、世論に向かって為政者いせいしゃらは唱えるが、これが順調に?成長していけば治水にまで悪影響が出るのは必至だろう。


 彼らは果たして、場所にった危険性もちゃんと認識しているのだろうか……?


(ま、今はいいか……下手に口にすれば角も立つしな……)


 「生来、気が強い上にさとい子だから裏表無くても裏を察しようとする」──とは、依頼主である彼女の父親の評。加えて「我慢強いが感情的になり易い。納得いかない事には誰であろうが詰め寄ってしまう為、下手に言いくるめようとしてはいけない」──とも、ギルドの職員を介してジュリアスに伝えられている。


 仮に雑談だとしても彼女の肉親を揄揶やゆするような事を言えば、間違いなく感情的になって突っかかってくるだろう。何故だか、そんな気がしている。


「危うきに近寄らず──っと、」


 何気なく呟いてしまった言葉をエルナに聞かれて、ジュリアスは内心焦りながらも平静を装って取り繕う。


「……ま、そういう訳にはいかないよな。だよ」


 ジュリアスが前方を指差す。

 彼女の視線を誘導し、上手くごまかす事が出来たと心の中で自画自賛した。


 その指差した先には彫像のように動かない人影が──密集まではいかないが彼らの行く手を塞いでいたのだった。しかも面倒な事に屍鬼リビングデッドだけではなく、そのそばには何匹か、犬のようなものも伏せて座っている。


 は土手の上にもいる。明らかにこちらを意識して、様子をうかがっているようだ。


「"泥犬マッドドッグ"だ。見えるだろ?」

「……ええ」


 泥犬マッドドッグ──屍鬼リビングデッドを時に泥人形と形容するが、それにならっての命名である。

 ……また、マッドとは"どろ"という意味だけではなく、同音異語で"くるい"という二重の意味合いもあった。


「あれには気を付けろよ。その危険度は屍鬼リビングデッドなんかと雲泥の差だ。噛み付かれたら怪我するからな」


 その尖った小石のような歯は人の柔肌など軽々と引き裂いてしまうだろう。

 しかし、顎の力はそこまで強くはないので振り払う事は可能だが──


屍鬼リビングデッドは置いといて、まずは犬の方から始末した方がいいね」

「──だな。あれとじゃ足の速さが全然違うから、わざと縄張りに踏み込んでから、少し下がっておびき寄せるか」


「そうだね。そうすれば、混合で戦うことなく集中できる」


「……作戦は決まったようだな」


 後ろからジュリアスが話しかける。


「まずは、あの泥犬マッドドッグの方からおびき寄せようと思うんだ」

「戦力を分断して各個撃破しようってんだな? いい考えだと思うぜ」


「それじゃ、ひとっ走り行ってきて釣り上げるとしますか」

「下手に手は出すなよ? あいつらの前まで行って、全速力で戻って来いよ」

「はいはい、任せて!」


「……最初から全力で行くなよ!? バテるからな!」


「いやいや、分かってますって……信用ないのかなぁ……」


 尚も遠くから呼び掛けてくる仲間の声に、ディディーは思わず苦笑する。

 だが、気を引き締めよう。敵はもう目前だ──




*****


<続く>

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