第5話

「なんか、はじめて話すみたいだね」


 ベッドに寝ているお婆さんの横のパイプ椅子に僕は座った。二人きり。


 お婆さんと話すと言っておきながら、僕はずっと俯いて、また、何を話せばいいのか分からなくなってしまった。


「そんな怖い顔しないで、もっと力を抜いたら」

「え」

「アンタに何か話してほしいなんて思ってないから。話す事が浮かばないなら、黙ってそこにいなよ」


 窓の外は雨が降り出していた。

 お婆さんと二人の時はいつも雨が降っている気がする。


「こういうの嫌いかい?」

「え?」

「雨の音、静かで落ち着かないかい?」

「あ……はい」

「私も好きなのよ、こう言う静かなの。でも、静かでも誰かが側にいないと寂しいのよ」


 お婆さんが僕に微笑んだ。


「アナタみたいな人が居てくれて良かったわ。ありがとう。数ヶ月だったけど、心地良い時間だったわ」


 膝に置いていた僕の手に力が勝手に入ってきて、握り拳に変わった。気付いたら、僕は涙を流していた。


 気付いたら僕は自分のこれまでの生い立ちをお婆さんに話していた。


「そうかい」

 

 お婆さんの返事はそれだけだった。


 その後、お婆さんが自分の人生のことを話し始めた。

 旦那さんの事、息子さんの事、二人とも病気と事故で既に亡くなったそうだ。だから、死ぬのは怖くないのだそうだ。


「最後にお願いを一ついいかい」


 僕は小虫を追い払うように涙を拭いた。


「私が死ぬまで、そこにいてちょうだい」

「はい」


 お婆さんが死ぬまで、雨が降り続ければ良いと思った。

 お婆さんが苦しまずに死んでくれて良かったと思った。



 リーダーの人達とお婆さんのお葬式をする事になった。


「アンタが居候さんかい」


 知らないお婆さんやお爺さんが僕に話しかけてきた。お婆さんが僕のことを話していたそうだ。


「ほんと、物静かだね。あの人、『お花みたい』って、アンタを言ってたのよ」


 そう言って、お婆さんの友達は僕を見て笑った。


 お婆さんの煙が天に昇って行った。ちゃんと天国に辿り着けると良いなと思った。


 お葬式が終わると、僕は自宅へ帰ると決めた。

 家と土地は他の人に売る事にした。

 リーダーの人に言うと、荷物を運ぶ算段と土地と家を売る手配をしてくれた。


 帰る前に、日課だった散歩コースを回ろうと思った。


 川まできて、咲いている花を確認して、しばらくボーッとした。花は綺麗だなと思った。ただ咲いてるだけだけど、そこで咲いてないと、きっとここでボーッとしてないだろうなと思った。


 お婆さん元気かな? と思った。


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